おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

短編

【ショートショート】「倍返し」の世界

21☓☓年。時の内閣が一つの法案を提出した。 俗称「倍返し法」 国も会社も地域も、争い諍いが絶えない。 技術が進んでも、人のこころまで進歩するわけではない。それが悲しい現実だ。 弱い者はいつまでたっても弱いまま。ジャイアン、もとい、強者はどこま…

【短編】異次元居酒屋

長らく呑兵衛をやっているが、こんな面白い居酒屋があるとは知らなんだ。 あれは先日の週末だ、私は郊外の自宅に直帰するのももったいなく、いつものように新橋SL広場に向かった。 これから酔いどれていくであろう背広姿の中年連中を眺めているだけで、寂し…

【ショートショート】しあわせメーター

IT系のスタートアップが斬新な商品を売り出した。 「しあわせメーター」 ぱっと見はメガネだが、縁についているボタンを押すと、目の前にいる人の幸せレベルを数値化してくれる。 日曜の空いた電車で、私はたまたま向かい合った初老の女性にフォーカスしてみ…

【SF短編】7色の星

宇宙は探検するほど発見がある。自分たちの常識がいとも簡単に覆されるのは、多少ショッキングではあるが、驚きと喜びがはるかに優る。 知れば知るほど、己の視野の狭さに思い至り、頭が垂れる。 ともあれ、こちらの星もまた我々地球人にとっては奇想天外な…

【SF短編】こころめがね

23××年××月××日 快晴 手記を綴りだしてからもう何年になるだろう。人生も折り返し点を過ぎると、何やら自らの足跡を残したくなるようだ。 それにしても、市場にあの商品が登場してから、世の中は一気に変わったと感じる。私の半生も、そしておそらく地球上…

【SF短編】繰り返しの未来

私は遂にタイムマシーンを発明した。 苦節50年、長かった。ああ、気づくともう喜寿だ。 感慨にふけっている暇はない。往生こいてしまう前に、見たいものを見ておくことにしよう。 ふっふ、私が見たいものは、古代の恐竜やら近未来の文明生活やら、ミーハー…

【SF短編】過去なき世界

その惑星の住民は、見た目こそ我々地球人と似ていたが、決定的に異なる特性があった。 過去がなかったのだ。 正確にいえば、彼らは過去への関心が極めて薄かった。その代わり、目の前の「今」に注意力のほぼすべてを注いでいた。未来については、あくまでそ…

【SF短編】未来の天動説

今思えば、100人を乗せた宇宙船「cosmo ship」が初めて彼の地に着陸した瞬間が、地球の我々にとって興奮と期待のピークだったのかもしれない。 西暦28XX年。人類は遂に念願の火星植民化を果たした。地球は温暖化が加速し、南北の氷河が溶け、陸地は狭ま…

【短編】再起

吉崎主水(もんど)は誰もが畏れ崇める剣士であった。 西国の大藩の剣術指南役。色褪せた木刀一本のみを携え、休むことを知らず藩士たちとの稽古に明け暮れる様は、さながら武者魂の体現者であった。 恵まれた体躯。瞬間の隙を見抜く洞察力。武者の誰もが切…

Essay: ME

What is me? My appearance? Then, just close your eyes. Im still here. I am not only the appearance. My voice? The way I talk? Then , just cover your ears. Im still here. What makes me doesnt necessarily depend on how I look, talk, everythi…

【創作】造物、被造物

東の島で生まれ育った男にとって、はるか西の大陸からやってきた女の言うことは理解に苦しんだ。 「造物主は、いらっしゃるんです」 我々の理解を超えた世界にたたずむ何者かが、目に見える限りのあらゆるものを産みだしたのだという。 試みに考えてみよ、例…

【短編】選択

振り返ると挫折ばかりの人生だった。 進学では3つほど選択肢があったが、親のいうがままに補欠合格した進学校を選んだ結果、予想に違わず落ちこぼれとなった。もとより自信のある人間ではなかったが、輪をかけて自己不信、自己否定の塊となり、卒業後は同級…

【小説】無限地下ホテル・3

客室の壁が南国の浜辺を映し出すB1360フロアを後にすると、私は再びエレベーターに乗り込んだ。 下降するほど、奴らと相まみえる可能性が高まる。なにしろ奴らは私とは反対に無限の地下層から上がってきているからだ。 これ以上降りなければ、私は気の済…

【手記】無限地下ホテル

やけに現実感があった。 私は妙な興奮とともに目を覚まし、まだあの空間に身をおいているかのような気分の高まりとともにあった。 地中に向かってどこまでも続いているのであろう、穴を私は見下ろしていた。 きれいにくり抜いたであろう円柱状の空洞に面して…

【妄想SHOW】パワー家族

粒A「もう、耐えられんわ。こんな集団生活。俺は抜ける!」 粒B「それはこっちのセリフだ!A、お前図体でかいくせに結構なスペース陣取りやがって、さっさと出ていきやがれ」 粒C「お前らみんな、出ていってけれ!せいせいするわい」 粒DEFG・・「右に同じ!…

【短編】目覚め

前触れなく、そのときは訪れた。自らを遠巻きに囲む者たちの関心を、肌がヒリヒリするほどに感じた。 黒く、こんもりと盛り上がった自らの肉体に、柵の向こうから多くのジャンパーが白い顔を向けている。ああ、今、「見られて」いる。 これまで、ただ吸い、…

【短編】現実×教育

〇✖県が、学校現場のドラスティックな改革に踏み切った。 その名も「現実教育」。 競争、対立、裏切りー。世の中の醜い実態を、早いうちから子供たちに教え込もうという試みだ。 「次代を担う子供たちに、打たれ強い人間になってもらいたいんです」 報道陣に…

【短編12】新・うさぎと亀

悔やんでも悔やみきれない、あのレースからはや〇日。 そう、おいらは舐めくさっていた。相手がノコノコ野郎だからってな。 油断して、バカにして、最後はおいらが涙を飲むはめになった。 今度という今度ばかりは、失敗しねえぜ。 ・・・ 「第138回・生き…

【短編】10・究極のバランサー(最終章)

地球上の大陸という大陸に散らばった貧乏神様たちは、喜んでいいのか悪いのか分からないが、仕事をしっかり果たした。 金周りが良くなりすぎていた地域で、物価上昇の勢いが緩やかになっていった。大黒天様の登場で続々と発見されていた金鉱山も、やがて鉱脈…

【短編】10・究極のバランサー(下)

天才科学者の吉田がタクシーを飛ばして向かったのは、再び空港だった。 「今度の旅ほど、気が乗らないことはない」 ため息をつきながら、国際便の搭乗ゲートへ。各便の離着陸時刻を伝える大型スクリーンを見上げた。「これだ」 目線の先には、見慣れぬ都市の…

【短編】10・究極のバランサー(中)

既に福の神の強運をおすそ分けしてもらった吉田、何を思ったか目の前の大通りに突如、飛び出した。そして、たまたま通りすがった大型トラックを止めた。「運転手さん、空港までヒッチハイク、お願いできませんか」 無理にもほどがあるといわれそうな相談だっ…

【短編】10・究極のバランサー(上)

「とうとう、できたぞ・・」 額ににじむ汗をぬぐうと、白衣の吉田は長く息を吐いた。 苦節30年。長かった。天才科学者の吉田といえども、世紀の装置の開発には難渋を極めた。 だが、道なき道を踏み分ける旅もこれで終わりだ。世の中が大きく変わる。みんな…

【短編・7】AIとの「ガチ対決」

ついにこの日がきたか・・ 首相の田村は、秘書官からの一報を聞くや、生唾を飲み込んだ。久しぶりに休日をとりゴルフ三昧といきたかったのだが、それどころじゃなくなったよ。 人類の予想をはるかに超えるスピードで進化を続けているAI(人工知能)が、遂に…

【小咄】コロナと酒

コロナの時代に入って、もう2年と半年。 いろいろと、変わりましたなあ。世の中は。 例えばリモートワーク。会社に行かずにして働けるってなもんで、ありがたいことです。これはコロナが落ち着いた後も続いてもらわにゃなりませんなあ。 IT時代、さまさまだ…

【随想】中心

「中心」はどこにあるのか。 個人でいうならば、肉体精神をつかさどる部分。司令塔。 脳か。脳であるなら、その中のさらにどの部分か。1点で指し示すことができるか。 かなり難しそうだ。なぜなら脳は前後左右奥表層とさまざまな部分の機能が高度に組み合わ…

【短編】5・「至高の存在」対決

西暦30××年。 人類は遂に地球外知的生命体(ET)との交流に成功した。 光の速さで×××年離れた先の恒星系で暮らすその生命体は、同じく高度な文明を擁し、お互いのワープ技術を生かした親睦が始まった。 お互い親愛の表情を浮かべる一方で、言いようのないラ…

【短編】貯金

ある人は、近ごろ物覚えが悪くなった。 行動も落ち着かない。発言も時折脈絡のない方向へと飛んでいく。 周りの人々は、面食らうことが増えていった。 その人との近さに比例するように、縁の薄い人々から離れていった。 はた目に見る限りでは、行動に異常が…

【短編・2】主人公

煤(すす)の付いた繊維の表面に、ギュイと押し付けられた。 うむをいわさぬ強い力を与えられ、表面の上を前に後ろにとこすれて動いた。 これが世界との、最初の出会いとなった。 真っ白で美しい立方体の形をしていた体躯も、繊維に押し付けられ、こすれこす…

【短編】三角・丸・四角

三角にとって、丸はなんともひ弱な存在であった。 角がない。ツンツンした、自己主張というものがない。 存在たるもの、なにがしか己の確たる個性を打ち出すべきである。三角には、そのような考えがあった。 丸は答えた。いや、つぶやいた、というべきか。 …