悔やんでも悔やみきれない、あのレースからはや〇日。
そう、おいらは舐めくさっていた。相手がノコノコ野郎だからってな。
油断して、バカにして、最後はおいらが涙を飲むはめになった。
今度という今度ばかりは、失敗しねえぜ。
・・・
「第138回・生き物トライアスロン大会」
地球上のあらゆる生き物たちが登場する、総合型かけっこレースだ。今年の会場は南米ブラジルのジャングル地帯。森あり沼地あり広っぱらありの、なんでもござれ。
東の果て・はるばる日本からやってきた一匹のうさぎは、戦いの幕がまさに切って落とされんとする中、大きく武者震いをした。
「それではよいですかな、よーい」
ダァァン
一体のアフリカゾウが、巨大な前脚を大地にたたきつけた。スタートの合図だ。各選手、脱兎のごとく駆けだした。
その中に、日本のうさぎもいた。ただ、少しばかり息切れがしている。どうしてか。その答えは背中にあった。
「しばらくは、我慢だでよ」
のっそりした話しぶりの中にも誠実さをにじませるのは、甲羅がかわいらしい亀。そう、かつてのライバル同士は、今や一心同体の仲間となっていた。
ハアハアハア
呼吸を荒くしながらも、うさぎは亀に励まされるままに四つ脚を回転させる。俺みたいな気まぐれ野郎は、亀さんみたいに沈着冷静な奴からいろいろ教わったほうがいい。何でも一人で、いや、一匹で成し遂げてしまおうなんて欲張らないほうがいいんだ。
脚は早いのに道草をくいまくり、最後はノロノロ足の亀に追い抜かれてしまった前回のガチンコ対決で、うさぎはいろいろと学んだ。自分にないものを持ち合わせている者を素直にたたえ、教えを乞う姿勢を身に着けた。
と、いうわけで、うさぎは三顧の礼で亀を味方に迎え入れ、晴れの舞台に臨んだという次第。
スタート地点からしばらくはだだっ広い野原が続いていたが、ところどころぬかるみが増え、やがて先の見えない沼地が行く手を遮った。
あちこちで、意気消沈気味の大型動物がたたずんでいた。うさぎたちの遥か先をいっていた、ライオンやチーター、ハイエナが、情けない顔で湖面を見つめていた。彼ら、平地には強いが、水には弱い。泳ぐなんてそんなそんな。「犬かきもできないよ」とたてがみの勇ましい雄ライオンがメソメソと泣いた。
と、うさがの背中にいた亀がのっそり降りた。「今度は、交代だで」
亀が短い前脚で自分の背中を指した。乗れという合図だ。うさぎはおっかなびっくり、背中にしがみついた。「おいら、水が苦手なんだ、頼んだよ、亀さん」
「ああ、大丈夫だ。おいらは、水陸両用だでな」
小さくも頼もしい甲羅につかまり、スーイスイと沼地を一直線に進む。おお、これは気持ちいいなあ。うさぎはこれまで見たことのない水上風景にしばし心を奪われた。
沼地が終わると、小山が立ちはだかった。よし、ここはひと踏ん張り見せ所だ。うさぎは再び亀を背中に乗せ、よっさあよっさあと掛け声を上げながらてっぺんまで登りつめた。
おお、おれたち、トップじゃねえか・・
小山から見下ろすと、ほとんどが沼地の向こうで降参している。かろうじて犬やワニが泳いでくるのが見えるが、犬は疲れきったのか、湖面に浮く丸太にしがみつくと動くのをやめた。ワニは、陸に上がるとすぐさまスピードダウンするから敵にもなるまい。
ここまで、二匹の連携プレーで中盤までやってこれた。いいぞ、いけるぞ、おれたちは、勝てる!
心の中にわずか芽生えた余裕が、うさぎに堕落心を芽生えさせた。
「亀さんよお、俺たちダントツで一番だしよお、ここらでちょっと、休憩しねえか?大丈夫大丈夫、誰にも追い抜かれたりしねえから」
亀は、いつもの落ち着いた表情で答えた。「気がのらんだども、しかたないべや」
大空のてっぺんにまで上がったお天道様が、暖かな光のシャワーを浴びせてくれていた。ああ、たまらん。
ぐー、すー
レム睡眠からいよいよ本格睡眠に入り込もうかというころ、傍らの亀に揺り起こされた。「あんさん、いくっぺよ」
亀は冷静だった。油断大敵。勝って兜の緒を締めよー。昔から、気が緩むことの弊を古代の知恵者たちは警告してきた。亀は、うさぎが熟睡してしまう一歩手前で現実に引き戻した。
「亀さん、ありがとう!おいら、一匹だったら絶対ここで追い抜かれてたよ」
亀を乗せ、一気に小山を駆け下りた。
振り返ると、さっきの疲れ切った犬が小山のてっぺんまできているのが見えた。うさぎ・亀コンビに気づくや、ぜいぜいと息を切らしながら最後の力を振り絞って追いかけてきていた。
最後は、犬との一騎打ちだ。
ゴールの手前で、ゾウさんの背丈ほどもありそうな蟻塔が隙間なくそびえていた。これをよじ登るのは、うさぎでも難しそうだ。
「上がダメなら、下でいくしか、ないべさな」
亀がつぶやいた。たしかに、そうだ。ダメもとで、二匹して目を皿のようにして地面を見回した。
あった。モグラが空けたであろう小さなトンネルが、見えた。
「これだ!ここを広げれば、アリの塔の向こうまで、いけるぞう!」
うさぎはがむしゃらにモグラのトンネルを掘った。幅を広げれば、うさぎも亀も通れる。そこへ先ほどの犬も追いついてきた。二匹のしていることに気づくと、犬も別のモグラトンネルを見つけ、シャカシャカと両の前脚で土を掘りだした。
体力、体格に勝る犬のほうが有利かとおもわれたが、小柄な分掘り上げる量も少なくて済む二匹のほうに運命の女神は微笑んだ。
暗闇の中をもがきにもがき、もう汗も出てこないほど力を出し尽くしたとき、うさぎの視界がパッと開けた。
ゴールだ!
穴を抜け、再び亀を背中に乗せ、ゴールテープに向かって夢中で駆けた。
勝った。おれたち、勝った。
「やったべな、あんさん」
背中の亀が、穏やかな口調で語りかけた。
トップ賞は、二匹の大好物。うさぎは山盛りのニンジンを、亀はザリガニなどの水生昆虫を、それぞれ1年分もらいうけ、リムジンよろしくアフリカゾウの背中に乗ってふるさとへ帰っていった。
「ありがとな、亀さん。亀さんがいなかったら、おら、小山の上で半べそ書いてたよ」
「なに言ってるだ、うさぎさん。あんたのモーレツかけっこと穴掘り根性があったから、ゴールまでこれたんだべさ」
お互いが称え合い、勝利の喜びをかみしめ合った。
かつてのライバル関係から脱し、お互いを助け合う強力関係に変わったうさぎと亀。お互いにないものを補い合うことで、二匹の持っている以上の力を発揮することができたのだった。
VS(対立)から、×(協力)へ。
うさぎと亀の物語には、実はこんな第二幕が展開しているのかもしれない。
~お読みくださり、ありがとうございました~