おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【短編】10・究極のバランサー(上)

「とうとう、できたぞ・・」

 

額ににじむ汗をぬぐうと、白衣の吉田は長く息を吐いた。

 

苦節30年。長かった。天才科学者の吉田といえども、世紀の装置の開発には難渋を極めた。

 

だが、道なき道を踏み分ける旅もこれで終わりだ。世の中が大きく変わる。みんなが、暮らしが、よくなるんだ。

 

到来する桃源郷時代をイメージするだけで、吉田のほおは緩んだ。

 

見掛けはただの石臼だ。取っ手がついている。それをえっこらしょと回すと、ちょいとしたサプライズが生まれる仕組みになっている。

 

何が起きるのかは、実際に試してからのお楽しみだ。吉田は早速、手元のボールペンを拾い上げた。「こいつを、臼の隙間に挟んで、と」

 

グリグリグリと、時計回りに転がしていく。ちょうど一周したところで、先ほどのがコロリと転げ落ちてきた。

 

しかも、2本。

 

そう。この石臼は、モノを何でもコピーすることができるのだ。3回まわせば、先ほどのペンが3本出てくる。いわば無限の量産マシーンというわけだ。

 

「よし、上出来」

 

吉田は上気した頬で石臼をそのまま抱え上げると、研究室を飛び出した。こいつを使って、はやく量産したいものがあった。

 

何が増えると、世の中が豊かになるだろうか。食糧か。たしかにそれもある。ただ、量産するにはこの石臼では物足りない。もっともっと、効率的に。知恵を使うんだ。

 

吉田は今いちばん景気のいい、とある国に空路飛んだ。ものは売れまくり、街には人々の希望と意欲が満ち溢れている。大通りの雑踏をかきわけ道を進んでいると、お待ちかねのターゲットが、いた。

 

吉田の開発した特殊ゴーグルを通した先に見えたのは、デプッとおなかの膨らんだ好々爺。片手で小槌を握っている。「ホ~ッホッホッホッ」と高く響く笑い声が、一帯に心地よくこだまする。好々爺が、小槌を上下に軽く振るだけで、黄金色に輝く財宝がポロポロポロと砂利石のようにこぼれ落ちている。

 

大黒天様。アジアの人々が古来より敬いあがめてきた至高の存在の一人だ。物理法則を越えた存在もキャッチできる吉田の特殊ゴーグルは、今成長期にあるこの国を陰で支える“縁の下”をしかと捉えていた。

 

この方に、地球のあちこちに散らばってもらうんだ。そして、金銀財宝を、「景気」という上げ潮ムードを、振りまいてもらうんだ!

 

一般の人々が気づかず通り過ぎる中、吉田は道端にたたずむ至高の存在に話しかけた。「大黒天様、どうか人類のためにお力添えを」

 

初めて面と向かって語り掛けられた大黒天様、一瞬目をギロッとさせたが、すぐまた普段のホクホク顔に戻った。「ホ~ッホッホッホッ。そのう、わしに何か、できるかのう」

 

大黒天様、ちょっと窮屈ですが、失礼!

 

小太りのおじいさまをえいやと抱え上げると、傍らの石臼の隙間にむぎゅりと押し込んだ。「ちょっとの辛抱ですから、我慢、我慢」

 

はみ出る小腹を臼に押し込み、吉田はえいやと石臼を回し始めた。よいしょ、よいしょ、よいしょ・・・この際だ、いけるとこまで、いってまえ!

 

頑張って15周ほどさせ、精魂尽きて地べたにへたり込んだ吉田の前には、でっぷりした小腹をペチペチと気持ちよさげにたたく好々爺が15人、そっくりそのまま同じ格好で並んでいた。

 

「ありがとうございます、大黒天様!さあ、これからが大仕事ですよ」

 

さきほどの疲れもどこへやら、吉田はむっくりと起き上がると、目の前の大通りへと飛び出した。

 

~(2)に続く~

続きは明日!