振り返ると挫折ばかりの人生だった。
進学では3つほど選択肢があったが、親のいうがままに補欠合格した進学校を選んだ結果、予想に違わず落ちこぼれとなった。もとより自信のある人間ではなかったが、輪をかけて自己不信、自己否定の塊となり、卒業後は同級生の誰も知らないような遠方の大学へと逃げた。
社交的ではなく、大学時代はどちらかというと苦痛の4年間だった。集団の中で、誰に意識されることもなくたたずんでいるのは、無人島に一人取り残されている以上に孤独だった。
そういうことで就職先もパッとせず、そのころには親からも見放された。正確に言うと、諦められた。世の親であれば誰しも我が子に期待を寄せるものだ。だが、私の場合はそれに応えられなかった。体ばかりは世間一般の男子と同じように成長していったが、それと反比例するように私の能力の現実が中から中から現れてきた。
昆虫は脱皮を繰り返して成長する。皮の内側から現れるのは瑞々しい生命であり、いつもそこには力がみなぎっている。だが、私の場合は逆であり、皮を脱ぐたびに能足りんの小心者がますます形見狭そうに肢体を晒した。
それでもたしかに出会いはあり、家庭を構え、一家の主としてそれなりの務めを果たした。家族からはどう思われているか分からない。まあこういうとみもふたもないが、あまり頼りがいのないお父さん、といったところが正解だろう。
私は実の親からも、そして家族からも、たいして期待されることはなかった。親は既に鬼籍に入っているが、雲の上からいまだに私に対してため息をついているかもしれない。「うちの子は、結局何事も成し遂げられなかった」と。
語るべきことの少ない人生も、あっという間に終盤に差し掛かろうとしている。後戻りのできない、一回こっきりの旅路で、私は見苦しくも今更ながら「たられば」に思いを巡らせている。恥ずかしいことだが、これが正直なところだ。
もし、少年時代に違う学校を選んでいたとしたら。自分の進みたかった実業系高校で技術を学んでいたとしたら。おつむの出来を職人の技でカバーし、どこか製造業の工場に就職することができたとしたら。
人付き合いの苦手な自分でも、会社という組織の中でそこそこの居場所を確保することができていたかもしれない。ひょっとしたらある程度の評価と尊敬を得ることができていたかもしれない。そして、これまた違った出会いにめぐり合わせていたかもしれない。
実際に就職した先でも、もっと活躍できるチャンスはあったように思う。恥も外聞もなく、社内の力ある人にすりよっていけばまた違った未来が開けていたかもしれない。事業でも私なりにアイデアはあったが、提言するのはおこがましく感じられて遂に言い出さずじまいに終わったことは何度もある。
そうしてこうして、後悔ばかりで塗りたくられた私の人生キャンバスはもうほとんど描き込む余白がなくなろうとしている。
と、スマホがブルルと震えた。ショートメッセージだ。送信者は馴染みのXさんだ。「週末、飲まんかい」
Xさんは、私がY支店に配属されていたときに出会った。もともとは仕事の取引先のカウンターパートだったが、お互い押しの強くない性格が共鳴したこともあり、いつしか飲み仲間へと発展した。
私より一回り上だが、いばらず、人の話に耳を傾ける包容力にあふれ、一緒にときを過ごさせてもらうだけで癒やされた。二人で飲む酒は、その中に何か隠れた滋養強壮剤でも入っているのかとでも思わせるほどエネルギーに溢れていた。
私の「たられば」頭に、雷が落ちたように感じた。
もし、私が違う学校に進んでいたとしたら。おそらく違う就職先を選び、違う人と家庭をつくることになっていただろう。そうしたら、私はXさんと出逢うことはなかったはずだ。
それでいいか。
いや、よくない。私の人生に幅を与えてくれた、Xさんとの出会いをなくして、私の半生はない。
よくよく考えた。親に言われて選んだ進学校では、ほとんど楽しい思い出はなかったが、自分の能力の限界を人生の早い段階で思い知らされることができた。おかげで私は図に乗った人間になることなく、人様を見下したり蹴落としたりしようとする人間にならずにすんだ。
数こそ少ないが、思いやりのある同級生ともそれなりの関係を築くことができた。
結婚相手は、正直にいって、私なんぞのような人間にはもったいない人だ。容姿という面でいえば必ずしもモテるタイプの女性ではなかったが、彼女の人柄や機転に心がほだされた。そして2人の命を授かった。
私が人生で違う道を選んでいたら、この妻に出逢うことなく、2人の子に生を与えてあげることはできなかった。
それでいいか。
嫌だ。絶対、嫌だ。私は、仮に時間をさかのぼる機会を与えられたとしても、やはり同じ道を進みたい。
人生は後悔の連続だが、一つ一つの選択に、かけがえのない意味があるのかもしれない。
Xさんからのショートメッセージに、こう返した。
「もちの、ろんですよ」
週末の酒は、いつもに増して美味いものになりそうだと思った。
完