おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【短編】10・究極のバランサー(中)

既に福の神の強運をおすそ分けしてもらった吉田、何を思ったか目の前の大通りに突如、飛び出した。そして、たまたま通りすがった大型トラックを止めた。「運転手さん、空港までヒッチハイク、お願いできませんか」

 

無理にもほどがあるといわれそうな相談だったが、今の吉田には幸運をぐいと引き寄せる力があった。運ちゃんは「なんだかよく分からないけれど、いいよ。おいら、何かウハウハでイケイケな気分になってきたところだし」と快諾。そりゃそうさ。なんたって今ここには、福の神が15人もいるんだから。言っても分からないであろう説明を口にするのを控え、黙って荷台に大黒天様ご一行を放り込むと、空港までぶっ飛ばしてもらった。

 

はるばる東の島からやってきたことを伝えると、運ちゃんは「そんな遠くから」と驚いた顔を見せた。と、手前の信号が赤に変わった。運ちゃんがブレーキを踏むと、助手席の収納スペースのふたが開き、3枚のチケットがハラリと落ちてきた。

 

「ここで出会ったのも何かの縁だ。これ、記念に持ってきな」

 

こないだ買った、宝くじだという。吉田は「じゃあ」と1枚だけいただいた。空港に着き、運ちゃんに深々と礼をすると、小さくつぶやいた。「私のいただいた1枚も、運ちゃんの手元に残った2枚も、たぶん大当たりしてるよ」

 

運ちゃんには見えていない大黒天様15人を荷台から降ろした。スマホで宝くじサイトをチェックすると、やっぱりそうだ。100万ドルが当たってる。空港の特殊応接室に駆け、全額換金してもらうと、そのままプライベートジェットをチャーターした。

 

運が向いてきた、向いてきたぞう!

 

空港のスタッフには見えない「チーム大黒天」で大挙、チャーター便に乗り込む。行き先は、丸い地球のあちこちだ。

 

アジア、ヨーロッパ、北米、南米。なんなら南極もいっとくか。大陸という大陸の上空で、吉田はこっそり客室のドアをこじ開け、落下傘部隊ばりに大黒天様を一体ずつ放り出していった。「あとは頼みましたよ、大黒天さま~っ!」

 

量産された大黒天様による「福の神効果」は、すさまじかった。不景気、高失業率、賃金安にあえいでいた国が、地域が、あれという間に息を吹き返した。人々は上を向くようになり、ものが売れ、お金が回り、まるで人間の血流のようにあらゆるものが巡り始めた。

 

「これだ、これが私の望んでいたものなんだ・・」

 

故郷の島国に帰り着いた吉田は、テレビ越しに伝えられる世界各地のニュースに、相好を崩した。

 

世の中を、人々を苦しみから救い上げる独自プロジェクトは、まったくの成功裏に終わったかにみえた。

 

ただ、そこから少しずつ、世界は吉田の予想もしていない様相を見せ始めた。

 

異変はまず、元から景気のそこそこよかった南の国で起きた。「ここ最近、新たな金鉱脈が続々と見つかっている関係で、金価格が下がり続けています」

 

テレビのアナウンサーが伝えるニュースは、あまりありがたくない情報が多くを占めるようになっていた。

 

どうも、福の神効果が極端に振れてしまっているようだ。世の中の富が、財宝が、給料が、あらゆるものが満たされあふれるようになったことで、かえって資産価値が目減りしはじめたのだ。

 

まさに、有難迷惑。富は、増えすぎてもあまりよろしくはなかったのか。耳にしたくないニュースが地球上のあちこちから伝えられるようになり、吉田は底知れぬ恐怖を覚えた。

 

「このままでは、みんなが奈落の底に落ち込んでしまう」

 

南極の地下深くからレアアースが大量に見つかった。もはや、レアじゃなくなろうとしている。

 

南無三!吉田は智慧という智慧を振り絞った。そして、ある打開策を思いついた。

 

「まさか、あんな御仁に力を借らないといけなくなるとは」

 

吉田は、これ以上ないというくらい顔をしかめた。しばらく、うーんと唸った後、意を決して再び研究室を飛び出した。

 

~(下)に続く~

続きは明日!