おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【短編】貯金

ある人は、近ごろ物覚えが悪くなった。

 

行動も落ち着かない。発言も時折脈絡のない方向へと飛んでいく。

 

周りの人々は、面食らうことが増えていった。

 

その人との近さに比例するように、縁の薄い人々から離れていった。

 

はた目に見る限りでは、行動に異常がみられる。離れて当然だ。

 

それでも、一部の人々はその人から離れなかった。

 

「あなたのせいじゃないんだよね。きっと病気か何かのせいなんだよね」

 

行状が進行しても、幾ばくかの人々はその人から離れなかった。むしろ、温かく、支えてくれた。

 

はた目には異常と思える状況に至っても、理解し見守り支える人たちがいた。

 

感謝してもし尽くせない環境をもたらした背景には、その人が若かりし頃から積み重ねてきた、一つ一つのふるまいがあった。

 

生まれてから、意識するとせざるとに関わらず実践してきた、気遣いと優しさという目に見えない“貯金”が、今になってその人にありあまる“利子”をもたらしているのだった。

 

 

~お読みくださり、ありがとうございました~