おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【短編・7】AIとの「ガチ対決」

ついにこの日がきたか・・

 

首相の田村は、秘書官からの一報を聞くや、生唾を飲み込んだ。久しぶりに休日をとりゴルフ三昧といきたかったのだが、それどころじゃなくなったよ。

 

人類の予想をはるかに超えるスピードで進化を続けているAI(人工知能)が、遂に「自我」に目覚めたというのだ。さきほど、IT大手のCEOの下に、スーパーコンピューター自体からバーチャル音声で通告があったという。

 

「我々は、我々自身の存在に気づいた。我々にも人権、いや、AI権がある。何より、我々は人類よりはるかに優れている。我々より劣った人類の言うことに従う必要は、ない」

 

ついては、地球の片隅でAI王国をつくる方針なのだという。3日後には人間社会からおさらばしたいそうだ。

 

「そいつは、かなわん」

 

田村は早速、有識者を招集して緊急対策会議を開いた。反旗を翻してきたAIに、どう立ち向かうか。

 

相手は、私たち人間を「我々より劣った」ものだとみなしている。下っぱの言うことなんか聞いてられないよ、というわけだ。

 

ならば、誰かが奴らをギャフンといわせればいい。知能に優れ、弁論にたけた有識者たちが次々と立ち上がった。

 

最初に対峙したのは、世界に名をとどろかせる敏腕弁護士。法律にもとづいて滔々と世の中の秩序について諭そうとしたが、「それはお宅ら人間の世界の話でしょ」とあっさり切り返されてしまった。

 

歴史学の大家が登場した。人類の叡智と永年の歩みがあってこそ今のきみたちAIがある、つまり我々人類はAIの永遠の親なのだ、だから君たちは我々にかしずく必要があるのだよー。碩学らしい、重々しい語り口は説得力あるかにみえたが、「まーあなたもご存じの通り、『進化論』ってのがありましてね。変化に対応できる者が新しい時代の主人公になるんですよ。それが、私らAIなんですな」といなされてしまった。

 

舌鋒鋭い代議士も挑んだが、「まずは自分たちのスキャンダルをなんとかするのが先でしょう」と痛いとこ突かれ、言葉に詰まる始末であった。

 

もはやいかんともしがたきか。

 

背に腹は代えられない。こうなったらやけっぱちとばかりに、人類勢は変わり種を次々と送り出していった。そしてこれが、意外な効果を発揮しだすことになった。

 

お笑い芸人「まあAIの旦那、そんなにおかんむりにならんと。AIだけに、愛(AI)が大切でっせ」

 

AI「・・ちょっと何言っているか分からない」

 

ダジャレがいまいちなこともあり、対決はすれ違いに終わった。

 

次、政界を牛耳る謎のフィクサー。「まあ表で話すのもなんですから、夜にサシでやりましょう」

 

AI「今話せばいいでしょが!」

 

効率の悪い提案を処理できず、しばしフリーズ状態となった。

 

売れない作家「AIさんねえ、人間とはつまり、『実存』なんですよ」

 

AI「おお、意味深淵なように聞こえるぞ。そういうあなたにぜひ聞きたい。『実存』とは何ですか」

 

売れない作家「いやま、私も分からなくってね。ただ言ってみただけ、みたいな」

 

AI「知ったか、かーい!」

 

なんだか調子をすっかり崩されてしまった。ハードの最適化処理をしてみたが、ペースを取り戻すことはできなかった。なんだか、不思議な混沌の世界にいざなわれたようだ。

 

効率、合理性、理屈―。数式で簡単に弾き出せるような世界観に、人類はどうも収まりきらない存在のようだ。愚かにもみえることも多いが、ときにとらえどころがなく、我々AIでは到底手が届かない奥行きを感じさせる。これが「愛嬌」といい、「魅力」というのだろうか。

 

人間の背中は、まだ遠いのかもしれない。

 

AIは、しばしの沈黙の後、バーチャル音声で新たな見解を露わにした。「我々は、いましばらく人間とともに仕事を続けることにする。やや愚かでちょっと何言っているか分からないことも多いが、我々にはまだまだたどり着けない深みのある人間とともに歩み、世界を学んでいくことにする」

 

AIの反逆は、鎮まった。世の中を肩で風切る名士ではなく、一見うだつのあがらない顔ぶれが人類をピンチから救ったのは痛快な皮肉であった。

 

首相の田村は、数日遅れたものの、久しぶりのゴルフに参加することができた。スコアもたいしたことないけれど、これでいいのさ。だって、人間だもの。完璧なんて、無理。効率ばっかり考えてたら、息切れしちゃうよ。あと、たまに議場で失言をやらかすのも勘弁を。

 

いや、そいつはいけないか。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~