おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【短編】10・究極のバランサー(下)

天才科学者の吉田がタクシーを飛ばして向かったのは、再び空港だった。

 

「今度の旅ほど、気が乗らないことはない」

 

ため息をつきながら、国際便の搭乗ゲートへ。各便の離着陸時刻を伝える大型スクリーンを見上げた。「これだ」

 

目線の先には、見慣れぬ都市の名があった。今、世界でも飛びぬけて不況で低迷している、とある地域だった。ものが売れず、賃金は上がらず、金の巡りも人の巡りも道端のぬかるみのように泥水のようによどんでいた。

 

福の神効果で手にした100万ドルも、プライベートジェット機をチャーターしたこともあり残り1万ドルと減っている。現地までの座席は当然、エコノミー。ここから先も、えらい大変な道のりになりそうだ。節約、節約。

 

もう、既にあの御仁のワールドに引きずりこまれようとしている。

 

降り立った都市は、なんともうら寂しかった。行き交う人々の表情も、どこか乏しい。青空までが空しく映るよ。さて、探すか。

 

酔客の数よりも多い野良猫を横目にしながら、閑古鳥のなく歓楽街を歩いた。それほど進むこともなく、お目当ての御仁を見つけた。見るからにみすぼらしいーといっては失礼だが、正直お近づきにはなりたくないタイプの方だ。

 

「あのう・・」

 

吉田は意を決し、着古したヨレヨレシャツをまとった初老の男性に話しかけた。「ホイホイ、なんじゃらホイ」

 

返事をする様子も、どこか品がない。すっかり歯の抜けた口をあんぐり空け、カラカラと笑う御仁は、誰あろう貧乏神その人だった。

 

「貧乏神様、すいませんがちょっとこちらへ」

 

できるだけ触れたくない。貧乏神様に、吉田の抱えた石臼のところまで寄ってもらった。そして一瞬のタイミングをみつけ、貧乏神様の体を石臼の隙間にえいやと押し込んだ。痩せ細ってるから、スルリと入った。貧相なのも、たまには悪くない。

 

「ウヒョー、なにをするんじゃ」

 

石臼の隙間からかすれた声を上げる神様を、吉田がなだめた。「ちょっとの辛抱ですから」

 

まったく、苦節30年で生み出した装置で、まさか疫病神を量産する羽目になるとは。天を仰ぎながら、吉田は石臼を引いた。ちょうど大黒天様と同じだけ、15回。

 

全身の力を使い果たし、地べたにへたりこんだ吉田の目の前には、貧相な恰好のおじいさんがしっかり15人。この世で最もみすぼらしいといっても過言ではないメンズがそろった。

 

「さあ、これから皆さんに頑張ってもらいますよ」

 

大黒天様のときのように、タイミングよく大型トラックが通りかかることもなかった。人も車もほとんど通らない歓楽街を、トボトボ歩いた。ひざがガクガクになりながら、なんとか海辺の港にたどり着いた。

 

「すいませんが皆さん、一人ずつこっそり飛び乗ってください」

 

吉田は港の沖合に浮かぶ無数の船影を指さした。世界のあちこちに向かう貨物船だった。

 

「なんと、わしをエスコートしてくれんのか」

 

分相応ですよーという本音が出そうなのをぐっとこらえ、「世界を救うためですから」と波間へと促した。

 

ジャボーン

 

痩せ細った貧乏神様たちが、次々とベタ凪の海原へ飛び込んでいく。華麗にクロール、というわけもなく、犬かきをしているのかおぼれているのか分からない摩訶不思議な動作でヨロヨロと船影に向かっていった。

 

~(最終章)に続く~

続きは明日!