おじさん少年の記

いつまでも少年ではない。老いもしない。

【サラリーマン・妄想SHOW】1・宴

これは、しがないサラリーマンが抱いた、妄想・ファンタジーの記録である。

 

・・・

 

「殿、仰せの通り、臣下の者を皆集めましてござりまする」

 

うむうむ。大儀であったな。じゃ、大広間に行くとするか。

 

「はっ。して、今日は何事で」

 

せっかちじゃのう、じぃは。まあまあ、わしが口を開くまで待っておれ。

 

(そうも言うておられんわい。この若殿様、跡を継いでからまだ1か月。変なことでも言い出して早速家臣のひんしゅくでも買ったりしたら、大事じゃて)

 

パアーン(襖を勢いよく開ける)

 

(畳に額をこすりつける家臣団。緊張感がはりつめる)

 

者ども、表をあげ~い!

 

「は、はぁ~ッ!」(おずおずと若殿を見上げる)

 

今日はの、ちと、提案がある。春も近づいてきよったしの、宴を開こうと思うのじゃ。

 

(家臣1:ほー、良かった。説教だったら面倒だった。それにしても酒盛りですか。なんとものんきな殿様じゃ)

 

酒好き老中「それはよき発案でござりまするな。たまには気晴らしも大切でござる。家臣の者どもも、見てくだされ、もうウキウキソワソワしておりまするぞ」

 

うむ。それなんじゃがな。わしが思っとる宴は、ちと趣が違うのじゃ。

 

酒好き老中「と、いいますと」

 

主役がな、違うのじゃ。そちたちは、接待するほう。酒肴を堪能してもらうのはな、そちどもの奥方じゃ。

 

酒好き老中「な、なんですと?」

 

まあまあ、そちどもも呑んで構わんから心配するな。ただな、あくまで主役は奥方連中じゃ。日ごろの疲れをとってもらって、このときばかりはしっかとした「主」(あるじ)になってもらうんじゃ。どうじゃ、おもしろかろう。

 

(家臣2:嫁さんにお酌をするってか。いやー、なんか緊張してきた。最近夫婦らしい会話もしてないし)

 

・・当日・・

 

司会進行役の若年寄「奥様方、お待たせいたしました!このたびは第1回・奥方ニコニコ慰労の会ということで、旦那一同、心して馳走させていただきまぁす!」

 

パチパチパチ(男連中、緊張気味に拍手)

 

奥方1「いやまあ、馳走だなんて。申し訳ないわ」

 

奥方2「でもちょっと、お酒の匂いがたまらないわよね」(舌ペロ)

 

(男連中、台所の仕込み班から渡されたお膳を持ち、しずしずと奥方の元へ。うやうやしくお酌をする)

 

奥方3「もう、あんた。そんなかいがいしくしなくってもいいのよ。あたしはお酒が飲めれば充分なんだから。それにしてもこの鯛、最高ね」

 

(宴が始まり小半時。奥さん連中は早速できあがりはじめている。あちこちで甲高い笑い声が響く。男連中はかいがいしく追加の熱燗を猪口に注ぐ)

 

司会進行役の若年寄「えーそれではこれよりしばし、『癒しの時間』と相なりまする。者ども、準備!」

 

(男連中、腕をたくしあげて奥方の元へ)

 

若年寄「はじめ!」

 

(男連中、一斉に奥方のマッサージをはじめる。肩もみ、指圧、腰のケア。奥方連中、恍惚の表情。ときおり「あんた、もっと強く押して」と催促する声が聞こえる)

 

(家臣3:奥方がうっとり瞳を閉じている間に、猪口の熱燗をペロリといただく。ついでに焼き魚も一口。「こりゃうめえ」とニンマリ。奥方の僕(しもべ)稼業にハマりかけている)

 

司会進行役の若年寄「さてさて奥方連中、今宵はどうぞこの大広間で心ゆくまでくつろいでくださいませ。者ども、これへ!」

 

パンパーンと小気味よい手拍子とともに、蒲団を抱えた男連中が廊下からスーと入ってくる。奥方のお膳の隣に敷くと、「いつでも横になって」とささやく。

 

奥方4「あらまあ、至れり尽くせりじゃないの!こりゃまた最高だわ」(布団に潜り込み、大の字になる)

 

(はじけた空気のまま、朝を迎える。飲み明かす酒豪あり、ぺちゃくちゃおしゃべりする若妻あり、結構ないびきをひびかせる熟年奥方あり。その隣で男連中はコックリコックリ。奥方の蒲団に体を滑り込ませ、快眠にあずかるちゃっかり者も)

 

(若殿も畳の上でゴロリ横たわり、静かに寝息を立てている)

 

(やがて朝日が大広間に差し込む)

 

司会進行役の若年寄「みなさま、おはようございます。くつろいでいただけましたでしょうか。ささ、朝餉を召し上がって、酒の疲れをほぐしてくださいませ」

 

奥方5「まあなんて気配りのきいた。今度の若殿様、女心が分かってるじゃないの。すっかりファンになっちゃったわ」

 

奥方6「ほんとねえ。もう、恒例行事にしてくださらないかしら」

 

ワーワーキャーキャー

 

(ハイテンションのまま宴は大団円を迎える)

 

・・・1年後・・・

 

者ども、また春がきたのう。

 

じぃ「はっ。殿、あれでござろう、また宴をやろうといわれるのでございますな!家臣どもも意外とワクワク楽しみにしておるようですぞ」

 

そうかそうか。今回はのう、さらに新しい試みもしようかと思うぞ。

 

じぃ「と、いいますと!」(この若殿、ほんと変わってるなあ)

 

むっふっふ、城下全域で展開するんじゃ。町という町、村という村で、奥方に主になってもらうのじゃ。

 

じぃ「うひょー!」(すごい一日になりそうだ!ドキドキ)

 

(城下一斉・奥方ニコニコ慰労の宴が開かれる。あちこちでにぎやかな笑い声がこだまする。男連中も、こっそり猪口に手を伸ばして宴の恩恵にあずかる)

 

・・・

 

家族が、集落が、身を寄せ合って暮らしていた時代。これといった楽しみもない時代に、家庭を「縁の下」として支える女性たちに光を当て、主客逆転する催しを考え付いた殿様がいた。その城下は貧しくはあったものの、どの家庭も和やかな空気が満ち、人々は生き生きと暮らしたという。

 

そんな殿様が、実際にいたら楽しかっただろうなあ。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

【サラリーマンの第2外国語挑戦】9・市井の人々の視点で見る

簡単な自己紹介です↓

ojisanboy.hatenablog.com

 

第二外国語に手を伸ばすと、英語圏のニュースからは知ることのできなかった視点に気づくことができる。

 

最近はユーチューブで市井の人々が数えきれないほど登場し、現地の言葉で日々感じていることなどを話している。これがものすごく面白い。

 

最近見つけた動画に、胸がホッコリきた。

www.youtube.com

 

中国・北京で暮らすことうん十年になる、日本の元ビジネスマン。政治の世界はガチャガチャやりあっている両国だが、庶民レベルとなると見える世界が違うことに気づかされた。

 

動画の中でこの方は、若いころに暮らしていた田舎の集落を訪ねた。そこで出会う懐かしい顔ぶれ。お互いが慈しみの表情で過去の楽しかった思い出を語り合った。

 

インタビュアー(中国人)が、ややデリケートな質問を投げかけた。「当時(40年前)、日本人がここで暮らしていたことについてどういう感情を持っていたか」と。

 

問われた白髪の男性は、戸惑うふうもなくさらりと答えた。「中日友好の象徴だね」と。

 

国と国の緊張した関係、過去のいきさつ、それとはまた別に、目の前の人間同士が心の絆をはぐくみ合う。世の中はミクロレベルでみれば、どこもこうした温かみのあるコミュニティに支えられているのではないか。そう思った。

 

上記の動画は日本語字幕がついているが、言語は中国語。やはり現地の言語が理解できなければ、細かなニュアンスはつかめない。

 

やはり、現地の言語を少しでも学んでおくことは大切だ。ベトナム語であれスペイン語であれ広東語であれ、もう一つの言葉を知っておき、人生に深みと面白みをもたらしたいものだ。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

【英語ニュース探訪】5・これぞoptimism

アメリカといえば、アメリカン・ドリーム。プラス思考。前向き。ハッピーエンド。

 

何に対しても積極的で明るい側面を見ようとする姿勢を感じる。

 

これを地でゆく人物を見つけた。

 

www.yahoo.com

 

80~90年代にかけてヒットした、エクササイズの指導者らしい。ちょうど2000年代のビリーズブートキャンプの女性版、といったところか。

 

その方が、娘さんと一緒に公の場に登場していた。どっちも若い。片方が60代のお母さんだとは思えない。

 

健康的なスタイルは、日ごろのエクササイズのたまもののようだ。

 

それ自体もちろん素晴らしいが、上の記事で出てくる彼女のコメントが唸らせる。

 

"First, love the body you’re in," Austin said. "Do the best that you can. I truly believe in having a good attitude. It truly comes from within. I love what I do, and I feel like I can help women out there feel better about themselves. Exercise, eating right, having a good attitude, a good night’s rest – all of it helps with that healthy lifestyle. I want women to truly try their very best to eat healthily and to move more. That’s my message. I have always said that for all these 40 years, just do the best that you can. That is the key."

 

心身の健康を保つためには、よい生活をすること。それは適度に食べ、よい姿勢を保ち、夜しっかりと眠ること。何も特別なことをする必要はなく、よい姿勢(体の姿勢、という意味だけでなく、生き方に対する姿勢、という意味か)を保つことが健康をもたらす。そのようなことを指摘している。

 

もう一つ、ためになる指摘があった。

 

Austin said that the most common mistake people tend to make in the New Year is overwhelming themselves with "too much too soon."

"I think it’s a lot easier to start small and do little things like walk," Austin said. "I think people try to do too much sometimes. It then becomes so complicated that it doesn’t stick; you won’t stay consistent, and you won’t see a difference. Start three days a week and build yourself up to four days. Make your workouts fun, something to look forward to. That way you will stick with it."

 

エクササイズ関連で多くの人が長続きしない理由は、掲げる目標やノルマが最初から高すぎるからだ、という。start small(小さなことから始めること)の大切さを強調している。うん、たしかに。エクササイズも勉強も同じだろう。

 

上のサイトで、ご本人がトークしている動画が見られる。身振り手振りからして、実に朗らかで明るく、エネルギーに満ち溢れている。人生に前向きな人なんだなあと感じる。素晴らしい。

 

アメリカという国についてはさまざまな見方があると思うが、この前向き思考には学ぶべきことがあるように感じる。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

【歩き旅と思索】 42・つないだルート全記録

~簡単な自己紹介はこちらです~

 

歩いてつなぐ旅を始めて20年になる。この間、一筆書きのようなかたちでいろいろつなげた。自分の記憶・記録の整理にもなると思い、ここに記載したい。

 

※記載する土地名は、その日ごとのゴールであり、次の日のスタート地点でもある。()内は、別途歩いたコース。

 

【関東以西】

日本橋(スタート!)

・川崎

・横浜

・藤沢(ここから小田原にかけてずっと湘南の海を眺めて歩く。最高だった)

・小田原

・箱根(トレッキング客多数。すれ違うときは誰もが「こんにちは」とあいさつした。とても気持ちよかった)

・沼津(~大瀬崎~土肥~松崎~下田)

・由比(~田子の浦朝霧高原精進湖~河口湖)

・焼津(ここに入る手前のトンネルが長かった~)

掛川

・浜松(新居の関所は不思議な存在感を放っていた)

・二川(このへんだったか、岡崎城の紅葉に一目ぼれした)

・本宿

知立

・名古屋(圧巻!名古屋城

・岐阜(金華山の城はよくあそこに建てられたものだ)

関ヶ原(英霊が眠る。静かな平原に厳粛な気持ちになった)

彦根(絶景・彦根城。まるではしごを上るかのように急な階段が印象的)

近江八幡(道端のラーメン屋がうまかった)

・大津

・京(~城陽平城京。奈良の都まで2日でいけたので驚いた)

・高槻

・大阪

・伊丹

・須磨(~岩屋~北淡~慶野松原~鳴門~徳島。明石海峡大橋は徒歩で渡れず、少し残念だった)

加古川

網干(お寺で寄宿させてもらった。貴重な体験)

・赤穂(赤穂神社を参拝。四十七士の魂を弔う)

香登

・岡山

・金光(信仰のまちか)

・福山

尾道(絶品!尾道ラーメン)

・本郷

・竹原

・東広島

・瀬野

・広島

・大竹

・岩国

・周東

・徳山

防府(このあたりは同じ旅のおじさんと1週間を旅をしていて記憶がはっきりしない)

・小郡

・山陽

・北九州(~下関~深坂~川棚温泉

・小倉

・行橋

・三光(~下郷~毛谷村。三光は八面山の山頂で一泊。最高の眺めだった)

・本耶馬渓

・別府(~湯布院~玖珠~日田~浮羽~久留米~佐賀~鹿島~太良~長崎)

 ※湯布院~豊後中村~長者原~坊がつる

 ※佐賀~肥前山口~武雄~松浦~平戸

 ※別府~大分~佐賀関~臼杵津久見~佐伯~蒲江高平~波当津~下阿蘇~延     岡

 ※暘谷~宇佐~国見~黒津崎~暘谷

 ※久留米~宮の陣~大宰府~博多~雁ノ巣志賀島

 ※博多~糸島波多江~伊都国史料館経由糸島深江~唐津市福崎

・野津原

・竹田

阿蘇(~高森~高千穂)

・大津

・熊本(宇土~大矢野~松島~本渡~苓北。苓北で地元のおじさんが観光案内してくださった。感謝感謝)

・八代

・球磨

・人吉

・えびの(赤松の生い茂る森が圧巻)

・霧島

・国分(~重富~鹿児島)

・垂水

桜島

 

【関東・関東以北】

・品川(スタート!)

 ※新宿~立川~相模湖

・浅草

草加

・春日部

・古河

・小金井

・宇都宮

鹿沼

・日光今市

・日光(地元の人にすすめられ、奥の滝尾神社に参拝。心洗われた)

・塩谷(キャンプ場から見上げた星空が圧巻だった)

・大田原

那須塩原

白河の関(ようやく東北に入る。感無量)

 

【海外】

・釜山~ウォルネ~イルグァン

 

ざっとこんな感じだ。いろいろ行った。時間が許せばやはり東国を歩きたい。松島を見たい。

 

語学学習が進めば、韓国も歩きつなぎ、方言の変化なども体感したい。できれば中国大陸に入り、黒竜江省から南下し広東省までつなげられれば最高なのだが。まずは語学力を高めねば。

 

体力は衰える一方、仕事も忙しくなる一方だが、夢だけは抱えながら、一歩ずつ進めるときに楽しみながら進んでいきたい。

 

お互い、趣味に仕事に家庭に一歩ずつ進んでまいりましょう。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

【短編12】新・うさぎと亀

悔やんでも悔やみきれない、あのレースからはや〇日。

 

そう、おいらは舐めくさっていた。相手がノコノコ野郎だからってな。

 

油断して、バカにして、最後はおいらが涙を飲むはめになった。

 

今度という今度ばかりは、失敗しねえぜ。

 

・・・

 

「第138回・生き物トライアスロン大会」

 

地球上のあらゆる生き物たちが登場する、総合型かけっこレースだ。今年の会場は南米ブラジルのジャングル地帯。森あり沼地あり広っぱらありの、なんでもござれ。

 

東の果て・はるばる日本からやってきた一匹のうさぎは、戦いの幕がまさに切って落とされんとする中、大きく武者震いをした。

 

「それではよいですかな、よーい」

 

ダァァン

 

一体のアフリカゾウが、巨大な前脚を大地にたたきつけた。スタートの合図だ。各選手、脱兎のごとく駆けだした。

 

その中に、日本のうさぎもいた。ただ、少しばかり息切れがしている。どうしてか。その答えは背中にあった。

 

「しばらくは、我慢だでよ」

 

のっそりした話しぶりの中にも誠実さをにじませるのは、甲羅がかわいらしい亀。そう、かつてのライバル同士は、今や一心同体の仲間となっていた。

 

ハアハアハア

 

呼吸を荒くしながらも、うさぎは亀に励まされるままに四つ脚を回転させる。俺みたいな気まぐれ野郎は、亀さんみたいに沈着冷静な奴からいろいろ教わったほうがいい。何でも一人で、いや、一匹で成し遂げてしまおうなんて欲張らないほうがいいんだ。

 

脚は早いのに道草をくいまくり、最後はノロノロ足の亀に追い抜かれてしまった前回のガチンコ対決で、うさぎはいろいろと学んだ。自分にないものを持ち合わせている者を素直にたたえ、教えを乞う姿勢を身に着けた。

 

と、いうわけで、うさぎは三顧の礼で亀を味方に迎え入れ、晴れの舞台に臨んだという次第。

 

スタート地点からしばらくはだだっ広い野原が続いていたが、ところどころぬかるみが増え、やがて先の見えない沼地が行く手を遮った。

 

あちこちで、意気消沈気味の大型動物がたたずんでいた。うさぎたちの遥か先をいっていた、ライオンやチーター、ハイエナが、情けない顔で湖面を見つめていた。彼ら、平地には強いが、水には弱い。泳ぐなんてそんなそんな。「犬かきもできないよ」とたてがみの勇ましい雄ライオンがメソメソと泣いた。

 

と、うさがの背中にいた亀がのっそり降りた。「今度は、交代だで」

 

亀が短い前脚で自分の背中を指した。乗れという合図だ。うさぎはおっかなびっくり、背中にしがみついた。「おいら、水が苦手なんだ、頼んだよ、亀さん」

 

「ああ、大丈夫だ。おいらは、水陸両用だでな」

 

小さくも頼もしい甲羅につかまり、スーイスイと沼地を一直線に進む。おお、これは気持ちいいなあ。うさぎはこれまで見たことのない水上風景にしばし心を奪われた。

 

沼地が終わると、小山が立ちはだかった。よし、ここはひと踏ん張り見せ所だ。うさぎは再び亀を背中に乗せ、よっさあよっさあと掛け声を上げながらてっぺんまで登りつめた。

 

おお、おれたち、トップじゃねえか・・

 

小山から見下ろすと、ほとんどが沼地の向こうで降参している。かろうじて犬やワニが泳いでくるのが見えるが、犬は疲れきったのか、湖面に浮く丸太にしがみつくと動くのをやめた。ワニは、陸に上がるとすぐさまスピードダウンするから敵にもなるまい。

 

ここまで、二匹の連携プレーで中盤までやってこれた。いいぞ、いけるぞ、おれたちは、勝てる!

 

心の中にわずか芽生えた余裕が、うさぎに堕落心を芽生えさせた。

 

「亀さんよお、俺たちダントツで一番だしよお、ここらでちょっと、休憩しねえか?大丈夫大丈夫、誰にも追い抜かれたりしねえから」

 

亀は、いつもの落ち着いた表情で答えた。「気がのらんだども、しかたないべや」

 

大空のてっぺんにまで上がったお天道様が、暖かな光のシャワーを浴びせてくれていた。ああ、たまらん。

 

ぐー、すー

 

レム睡眠からいよいよ本格睡眠に入り込もうかというころ、傍らの亀に揺り起こされた。「あんさん、いくっぺよ」

 

亀は冷静だった。油断大敵。勝って兜の緒を締めよー。昔から、気が緩むことの弊を古代の知恵者たちは警告してきた。亀は、うさぎが熟睡してしまう一歩手前で現実に引き戻した。

 

「亀さん、ありがとう!おいら、一匹だったら絶対ここで追い抜かれてたよ」

 

亀を乗せ、一気に小山を駆け下りた。

 

振り返ると、さっきの疲れ切った犬が小山のてっぺんまできているのが見えた。うさぎ・亀コンビに気づくや、ぜいぜいと息を切らしながら最後の力を振り絞って追いかけてきていた。

 

最後は、犬との一騎打ちだ。

 

ゴールの手前で、ゾウさんの背丈ほどもありそうな蟻塔が隙間なくそびえていた。これをよじ登るのは、うさぎでも難しそうだ。

 

「上がダメなら、下でいくしか、ないべさな」

 

亀がつぶやいた。たしかに、そうだ。ダメもとで、二匹して目を皿のようにして地面を見回した。

 

あった。モグラが空けたであろう小さなトンネルが、見えた。

 

「これだ!ここを広げれば、アリの塔の向こうまで、いけるぞう!」

 

うさぎはがむしゃらにモグラのトンネルを掘った。幅を広げれば、うさぎも亀も通れる。そこへ先ほどの犬も追いついてきた。二匹のしていることに気づくと、犬も別のモグラトンネルを見つけ、シャカシャカと両の前脚で土を掘りだした。

 

体力、体格に勝る犬のほうが有利かとおもわれたが、小柄な分掘り上げる量も少なくて済む二匹のほうに運命の女神は微笑んだ。

 

暗闇の中をもがきにもがき、もう汗も出てこないほど力を出し尽くしたとき、うさぎの視界がパッと開けた。

 

ゴールだ!

 

穴を抜け、再び亀を背中に乗せ、ゴールテープに向かって夢中で駆けた。

 

勝った。おれたち、勝った。

 

「やったべな、あんさん」

 

背中の亀が、穏やかな口調で語りかけた。

 

トップ賞は、二匹の大好物。うさぎは山盛りのニンジンを、亀はザリガニなどの水生昆虫を、それぞれ1年分もらいうけ、リムジンよろしくアフリカゾウの背中に乗ってふるさとへ帰っていった。

 

「ありがとな、亀さん。亀さんがいなかったら、おら、小山の上で半べそ書いてたよ」

 

「なに言ってるだ、うさぎさん。あんたのモーレツかけっこと穴掘り根性があったから、ゴールまでこれたんだべさ」

 

お互いが称え合い、勝利の喜びをかみしめ合った。

 

かつてのライバル関係から脱し、お互いを助け合う強力関係に変わったうさぎと亀。お互いにないものを補い合うことで、二匹の持っている以上の力を発揮することができたのだった。

 

VS(対立)から、×(協力)へ。

 

うさぎと亀の物語には、実はこんな第二幕が展開しているのかもしれない。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

 

 

 

 

 

 

 

【ざんねんマンと行く】 年神様もたまにはたそがれる

年々、わしの出番も少なくなりよるのう。

 

東洋の島国の人々が昔から信じてきた存在、年神(としがみ)様は少し寂しげにつぶやいた。

 

一年がまさに始まらんとするときに地上に降り立ち、それぞれの家々を訪ね、幸をふりまいてきた。姿形は見えずとも、神聖なる存在を感じ、敬う人々は実に多く、それはそれは丁重にもてなされてきた。

 

だが、現代に至り、特に21世紀に入ると、その慣習はあれよという間に姿を消そうとしている。科学技術の進歩がそうさせるのか、それは分からない。少なくともいえるのは、年神様が家々を訪ねる際の目印である門松を飾る家も今ではほとんどないということだ。玄関に門松を、屋内には鏡餅を飾り、年神様をもてなそうという人々は、現代ではもはや少数派になろうとしている。

 

わしのような古くさい存在は、もはやお呼びでないのかのう。誰かこの悩み、聞いてくれんもんかのう。

 

神様のささやかな願いを、島国で一人暮らしをしている男がしっかと受け止めた。人助けのヒーロー・ざんねんマン。神様をお助けするのは初めてだが、果たして役目を果たせるか。

 

黄泉(よみ)の国にいる年神様と、早速テレパシーでつながった。オンラインのチャットに似ている。相手は神様だけど、結構身近に感じるぞ。

 

そうですかあ、最近お呼ばれする先が減っていると。なるほど。それはちょっと、寂しいですねえ。

 

ざんねんマン、ひたすら耳を傾けるが、妙案が出てこない。人の好い年神様、「いいのじゃ、いいのじゃ。話を聞いてくれただけで充分嬉しいぞよ。ありがとうのう」と愛情たっぷりの言葉でヒーローをねぎらう。それはそうと、今のご時世に神様じゃとか、心を洗い清めるじゃとかいったことを信じる者は、いなくなってしまったのかのう。おぬしは、どう考えるか。

 

「わ、わたしですか?」

 

ざんねんマン、ここ数年の行動を振り返ってみた。たしかに僕も、住んでいるアパートで門松や鏡餅を飾ったりはしていない。でも、年末年始はなぜか分からないけど自分の心が澄みあらたまるような気がする。最近の若い子たちもそうなんじゃないかと思う。スマホのSNSを見たら、「あけおめ!」「ことよろ!」とおめでたいメッセージばかりだ。形こそ変わっても、一年の始まりをみんなで尊び、心を洗い清めるという点では今も昔も変わらない。年神様は、決してお呼ばれされなくなったのではない。慣習が形を変えただけなのだ。

 

「そうか、わしはまだお役に立てるのか」

 

年神様の言葉に力がみなぎった。わしも、時代に合わせて変わっていけばよいということか。

 

よし、まずは門松へのこだわりを捨てよう。鏡餅も、ほしいけど、なけりゃないで構わん。わしは、年の始まりを祝いたい者の家ならどこへでも参るぞ。一緒に新年のお笑い番組を見て、みなと笑うて、幸を振りまくぞ。SNSで「ことよろ」投稿をした者に、心の中で「いいね!」ボタンを連打するぞ。

 

この際、神様神様した格好からもおさらばしよう。

 

えいやっ

 

天を貫かんばかりの気合とともに、年神様は姿を一瞬、消した。再び現れたとき、白髪の老人は紅顔の美少年に変わっていた。それはまるで、世界中の若い衆を熱狂させる、Kポップシンガーのようであった。

 

ひらめきのきっかけをくれたざんねんマンに、年神様はお礼とばかりに姿を現した。イメージからかけ離れた格好に、ざんねんマンは一瞬言葉を失った。が、嬉しそうに“家庭訪問”の身支度を始める年神様に、「似合ってますよ」と盛り気味の賛辞を贈らずにいられなかった。

 

ざんねんマン、今回こそ本当にたいした仕事をしなかった。ほぼ年神様の独壇場となった。「こういう回もありますけん」とつぶやくのみであった。

 

年の暮れは、年神様の一大仕事が始まるタイミングでもある。世の中の弥栄(いやさか)を祈るすべての家庭に足を運ばれ、幸をもたらしてくれることだろう。

 

世界中の人々にとって、この年がよき1年となりますことを。ともに幸せを祈りましょう。

【短編】貯金

ある人は、近ごろ物覚えが悪くなった。

 

行動も落ち着かない。発言も時折脈絡のない方向へと飛んでいく。

 

周りの人々は、面食らうことが増えていった。

 

その人との近さに比例するように、縁の薄い人々から離れていった。

 

はた目に見る限りでは、行動に異常がみられる。離れて当然だ。

 

それでも、一部の人々はその人から離れなかった。

 

「あなたのせいじゃないんだよね。きっと病気か何かのせいなんだよね」

 

行状が進行しても、幾ばくかの人々はその人から離れなかった。むしろ、温かく、支えてくれた。

 

はた目には異常と思える状況に至っても、理解し見守り支える人たちがいた。

 

感謝してもし尽くせない環境をもたらした背景には、その人が若かりし頃から積み重ねてきた、一つ一つのふるまいがあった。

 

生まれてから、意識するとせざるとに関わらず実践してきた、気遣いと優しさという目に見えない“貯金”が、今になってその人にありあまる“利子”をもたらしていた。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

【歩き旅と思索】 41・リアルにものを見る

~簡単な自己紹介はこちらです~

 

そこそこ重いザックを背負い、ひいこらひいこら歩みを進める。ところどころで荷を下ろし、足腰を伸ばし、大空をぼおと眺める。疲れがほぐれたら、また荷を背負い、歩き始める。

 

土地から土地へ歩いてつなぐシンプルな旅だが、これはこれで価値が増しているのではないかと感じ始めている。

 

この10年でスマホがすっかり世の中に浸透した。画面をささっと触れば、ほしい情報がなんでも手に入る。世界中の誰とでも交流できる。ゲームは魔的に面白い。

 

気付くと、スマホの世界にどっぷりとはまっている。まるで、現実がスマホの世界そのものであるかのようだ。

 

無意識のうちに、メタバースの世界を生き始めている現代人にとって、リアルの世界に立ち戻る行為は見かけ以上に大切であるように感じる。

 

歩き旅では毎回、日ごとの仮の目的地を定める。テントや寝袋を背負って20キロ以上を歩くため、スマホをのぞく余力などない。お天道様が昇っている間はひたすら脚を動かす。息を吸い、吐き、「あと〇キロ」などと考えながら、ときどき大空の青や道端の草花に目を奪われながら、進み続ける。

 

峠を越えるときは、道の両脇から漂ってくる林のかおり、土のかおりに胸を満たしてもらう。ときどき野生の猿とまみえ、枝を揺らして威嚇される。人間とは違う生き物の世界が広がっていることに気づかされる。

 

リアルに広がっている世界に、あらためて気づく。とらえどころのないほど奥行きがある世界に、ため息が出る。

 

生き物としての本能、野性の勘のようなものを取り戻すうえで、歩き旅は結構に役立つ手段ではないかと思う。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

 

 

【ママさん探訪】7・浮き沈み、荒波

景気を物語る指標はさまざまある。

 

株価、金利、消費者物価。どれも数字で表せる。分かりやすい。

 

ただ、こうしたデータ以外にも、五感で如実につかめる指標がある。それは飲み屋街だ。ネオンきらめく通りを行き交う人々、路駐するタクシー、酔客に巧みにすり寄る客引き。彼らの活気、にぎわい具合が、そのまま日本の景気を体現している。

 

通りを歩いているだけでも空気はざっくりつかめるが、お店に入るとさらに深い。とりわけ酔客たちがとぐろを巻くスナックは、一軒一軒が濃密だ。

 

20代のころ、よくお世話になっていたスナックがあった。そこのママさんは結構に押しが強く、圧があり、それでいて愛嬌があるため、通うのをやめるにやめられない魅力があった。

 

当時はそう、50代だったか。景気のアップダウンもたっぷりと経験してきたようで、ときどき景気の良かったころの話もしてくれた。

 

「バブルのときはねえ、すごかったんよ。もうねえ、この引き出しなんか、中に札束がビッチリ!詰まってたんだから」

 

やや自慢げに、後ろのグラス棚の引き出しをバーンを空けた。

 

あっ・・

 

すがすがしいほどに、スッカラカンの空間が広がっていた。

 

見ちゃいけないものを見てしまった。そんな気がした。

 

ただ、ママさんの瞳には違うものが見えていたようだ。往時の、ビッチリ詰まった万札が、たしかに蘇っていた。ママさんはしばし、遠い目をした。

 

水商売の世界は、まさに水物なのだろう。当たるときは大きく当たるが、歯車が狂いだすとなかなかペースを取り戻すのに苦労する。なかなかにシビアな世界だ。

 

今、スナックの世界はどうだろう。景気は正直、よくはないだろう。コロナが追い打ちをかけたであろうことは言うまでもない。ただ、そういうときこそ常連客の出番があり、支えがいがある。厳しいときこそ、酔客が輝けるし、カウンターを挟んで友情をはぐくむことができる。

 

景気のいいときはいいときでワイワイ盛り上がり、キンキンに冷え切ったときは手をつないで荒波をしのぐ。スナックという、昭和の香りがたんまり漂う空間で、よいときも悪いときも一緒に過ごし、振り返れば楽しかったと笑えるような思い出を重ねていきたいものだ。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

 

 

 

【サラリーマンの第2外国語挑戦】8・現在の並行学習術

簡単な自己紹介です↓

ojisanboy.hatenablog.com

 

私の中国語力は、英語(英検1級取得済)を10とした場合、おそらく2ぐらいだ。HSKなら2級程度か。

 

ひよっこもいいところだ。とまれ、空いた時間にしこしこと表現などを覚えている。

 

思いっきり中国語の学習に時間を注ぎたいが、かといって英語をおざなりにもできず、時間配分に悩むことがたびたびあった。

 

だがここ3か月ほどは以下の要領で学習を進め、それぞれ充実している。

 

【日中】

空いた時間に中国語の勉強をする。ランチタイム。帰宅後、ふろ上がり。市販のテキストを読んだり、語学交流アプリhellotalkを通じて知り合った方々と交流したり。ユーチューブも巡り、自分にとって「分かりやすい」「面白い」と感じられるユーチューバーの中国語レッスンを視聴する。

 

【就寝時間】

枕元で、英語ニュースをスマホで読む。興味のわいた記事を、眠くなるまで延々と読む。知らない単語などは、いちいち調べない。新しい表現を覚えようとするのではなく、文章の中身を理解する方向に意識を向ける。こうすると、英語文化の理解につながり、回りまわって英語表現の学習になる。

 

この時間的な使い分けで、それぞれ効率的に勉強が進んでいるように感じる。

 

複数の外国語を学んでいらっしゃる方は少なくないと思う。私の語学水準では、上記の方法が有効なように思う。同好の士の方々の学習方法もいつか教えていただければ幸いだ。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

【英語ニュース探訪】4・声なき声が「丸見え」に

世界中の誰も望んでいない戦争が、2年目に入ろうとしている。

 

かの国の人々は一体何を考えているのか。戦争を支持しているのか。反対しているのか。うんざりしているのか。諦めているのか。報道管制が敷かれており、なかなか一般国民の「声なき声」が聴こえてこない。

 

と思っていたら、予想もしないところでそれが露わになったようだ。

 

www.reuters.com

 

作品「1984」は、世の中がきな臭くなってくるたびに注目される古典だ(古典、といっていいほど既に評価が確立している)。

 

George Orwell's dystopian novel "1984", set in an imagined future where totalitarian rulers deprive their citizens of all agency in order to maintain support for senseless wars, has topped electronic bestseller lists in Russia.

 

この本が、あの国の、2022年電子本売り上げNo.1になったというのだ。

 

なんと露骨に国民心情を示していることか。

 

作品「1984」は、架空の超大国3か国が、終わることなき戦争を繰り広げる世界を描く。「Big Brother is watching you」というセリフ、どこかで見たこと聞いたことがないだろうか。それはこの作品から生まれている。

 

読んでみると分かるが(内容はネタバレしてはいけないからなるべく伏せるが)、救いがない。国民は誰もが政府に監視され、行動を抑制されている。ひたすら恐怖と諦めの中で、民は暮らし続ける。

 

あちらの国の人々は、まさに今こうした心境にあるということなのだろう。楽観より悲観。希望ではなく絶望。誰も政府を信用してなんかいない。じゃないと、「1984」が時代を越えて再び売り上げランキング1位になったりなんかしない。

 

もういい加減、この戦争やめませんか。

 

このランキングを見て、あの人が決断を下してくれればよいが。国民は、あなたについてきていませんよ。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

【ざんねんマンと行く】 サンタのプレゼント

時計の針が「12」を回った。


12月25日、深夜。世界中の子どもたちが、翌朝枕元に添えられるプレゼントを心待ちに、楽しい夢を見ていることだろう。

高校2年生の哲郎は、窓越しに漆黒の夜空を眺めると、幼かったころを思い出した。両の頬が一瞬、緩みかけたが、やがて能面のように表情を失った。

サンタクロースを、あらゆる可能性と希望を信じて疑わなかった時代はいつしか過ぎ去った。あっという間に、大人の仲間入り一歩手前だ。進学か、就職か。人生の現実と向き合わなければいけない。もともと勉強が得意ではなく、引っ込み思案で学校でも目立たない存在の哲郎にとって、これからの人生に明るい光が差し込むようにはとても見えなかった。

何を目標に生きていったらいいんだろう。何を頼りにしていったらいいんだろう。サンタでも誰でもいい、僕に答えを示してくれよ。

心の底から沸き起こる願いを、一人の男がしかと聞き届けた。

日本の草深い田舎から生まれた人助けのヒーロー・ざんねんマン。都内のアパートで今まさに布団をかぶろうとしていたが、勢いよく手作りマントを羽織ると、ベランダから「えいや」と掛け声よろしく哲郎のいる名古屋へと飛び立った。

10分で哲郎の自宅前に到着。2階の窓越しに浮かんでいるのに哲郎が気づき、慌てて中に引き入れた。

サンタさんかと思ったのに、あの残念なヒーローか・・・

ざんねんマン、最近はテレビのワイドショーなどでちょっとは紹介されるようになっていた。哲郎も知ってはいた。ただ、お世辞にも「映(ば)える」とはいえない。青年は、どうしても落胆の色を隠すことができなかった。

哲郎の悩みは、テレパシーを通じてざんねんマンも理解していた。だが、うまいアドバイスが思いつかない。というのも、自分自身、満足するようなヒーロー仕事を果たしてきたわけではないからだ。いつも失敗をやらかしているのだ。

じゅうたんに正座し、自己紹介を兼ねて過去の出動経験を恥ずかしげに白状していくヒーローに同情の念が沸いたか、哲郎が口を開いた。

「まあ、ざんねんマンさんもよく頑張っていると思いますよ。ウル〇ラマンとか、スー〇ーマンみたいに目立ってないけど、最後は誰かを助けているじゃないですか」

見栄えは確かに、よくない。失敗も、よくする。ヒーローを目指しているのに、いつも脇役だ。でも、気づいていない間に誰かを引き立て、その人や周りの人たちの心を救っているのだ。

だから思うんです。目立たなくても、仕事がばっちりできなくても、いいじゃないですか。自分に無理をしないで、自分なりにできる仕事をこなしていたらいいじゃないですか。それに、「縁の下」っていう仕事、とっても大切だと思いますよ。

はっ

哲郎は、自分の発言に驚いた。その言葉はそのまま、自分自身の人生に当てはまると感じたからだ。

僕は人を引っ張るのも、指示したりするのも苦手。でもその分、裏方の役割ならのびのびできる。クラス会ではほとんど意見を言えないし、誰かの聞き役になってばかりだけど、実はそれが苦じゃない。相手が少しでも明るくなってくれたら、それで僕は十分うれしい。だからか分からないけど、道端でも駅でも、よくお年寄りから声を掛けられる。30分、ずっと話を聞いた後、おじいちゃんが満足した顔で去って行かれる姿を眺めるのは、僕にとっても心持ちがいいことなんだ。

社会的な評価や価値観とはいったん距離を置き、自分の性分に基づいて未来をのぞいてみた結果、哲郎には驚くほど魅力的な進路が転がっていることに気が付いた。

介護士社会福祉士精神保健福祉士・・。どれも、人が尊厳をもって生を全うするために必要で不可欠な存在だ。主役の周りには、必ずその人を支える脇役がいる。これだ。この方向を目指して、生きていこう。

過去のやらかし歴を白状し、全身が羞恥と汗にまみれたざんねんマンに向かって、哲郎は「あなたはやっぱり、人助けのヒーローだ!!」と叫んだ。窓を勢いよく開けると、「もう大丈夫だよ。今日は本当に、ありがとう!」とさりげなく帰宅を促した。

師走の寒空に再び放り出されたざんねんマン。今日もお役に立てなかった、せっかくのクリスマスなのに何のプレゼントもあげることができなかったーと肩を落とし、家路につくのであった。

だが、哲郎は確かにプレゼントを手にした。生きる力を与えてくれる、「夢」という宝だった。

 

【歩き旅と思索】 40・子供の目、親の目

~簡単な自己紹介はこちらです~

 

同じ人間を見るのでも、子供と大人とでは捉え方が全く違う。

 

純粋な目と、世間を知った上で見るいぶかし気な目。

 

見つめられるほうは、たまらん。

 

それを、歩き旅の途上で如実に感じた。

 

大分県は山中の廃線沿いを歩いていたときのことだ。

 

鉄路はほとんど道路にとって代わられていたが、一部、ささやかだが駅舎が残されていた。

 

そこを通り掛ったのが夕暮れ時。初夏だったか。近くにキャンプ場があるわけでもなく、えいやとテントを張ることにした。

 

黄色く目立つ三角錐をこしらえてから間もなく、どこからかちびっ子たちの声が聞こえてきた。

 

「うわ、すげえ、テントや」

 

田舎のちびっ子たちは純朴だ。旅人の私を警戒することもなく、張ったばかりのテントに興味津々の眼差しを向ける。

 

「すごい!おじちゃん、中に入れて」

 

い、いいけど、何もないよ。

 

私の返事などろくに聞いていない。ちびっ子たちは、そう、3,4人ぐらいいただろうか。一気に入ってきた。もう、室内はいっぱいだ。瞳はそう、

 

キラキラキラ☆彡 

 

といった感じか。

 

ワーワーキャーキャー

 

ちびっ子たち、はしゃいでいる。その声を聞いて、私も楽しく嬉しくなった。

 

と、何気なく路上側に目をやると、鋭い視線が私を刺した。

 

地元の大人たちだ。ちびっ子のお母さんだろうか。

 

「ヤバい、変なおっさんがいる」

 

険しい表情と腕を組むお姿が、心の内を物語っていた。明らかに警戒していらっしゃる。そりゃそうだ。申し訳ない。ただ、私は決して怪しい者じゃない。ちびっ子たちも、私から誘ったわけじゃない。誤解されてはたまらない。

 

わざと、お母さん方に聞こえるように声を張り上げた。

 

まー僕たち、楽しいよねえ。でもねえおじさん、みんなのお父さんお母さんが心配してると思うから、テント出たほうがいいかと思うよ。お外で遊びよ。

 

おじさん、歩いて旅をしてるんだ。ここなら地元の人にも迷惑かけないでいいかなと思ってね、テント張ったんだ。

 

すべて、鋭い視線に向けた釈明だ。ちびっ子たちは全く耳を貸さない。

 

ただ、ひとしきり室内でゴロゴロした後、再びお外へ出ていった。「おいちゃん、今日ずっとここにおるん?」

 

お嬢ちゃんだったかに尋ねられた。うん、今日はおいちゃん、夜もここにおるよ。

 

お嬢ちゃんは、不思議な旅のおっさんがしばらくはまだそこにいてくれることを嬉しく思ったのか、ニコッとした。

 

それからしばらくして、ちびっ子たちもお母さんたちも、日が沈む前の山陰に溶けていった。

 

子どもの純な好奇の目は、それを真に受けるだけで元気を分けてもらえる。一方、警戒に満ちた大人の鋭い視線は、どこか心をヒンヤリとさせる。

 

どうせなら前者の目線を持ったまま生きていきたい。ただ、後者の目線も養わなければ、世の中をしたたかに生きてはいけない。どちらの目も大切で必要なものなのだろう。

 

とはいえ、なんだか世知辛いなあ。

 

人の成長について考えさせられる一幕だった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

 

【サラリーマンの第2外国語挑戦】7・分かりやすいサイト

簡単な自己紹介です↓

ojisanboy.hatenablog.com

 

私は第二外国語として中国語を勉強している。

 

仕事が終わり、夕食と風呂を済ませた夜、少しずつだがボキャブラリーを増やしている。hellotalkという無料語学アプリで語学交流もしている。

 

これ以外にも大いにお世話になっているツールがある。ユーチューバーだ。

 

日がたつほど、分かりやすく中国語を教えてくれるユーチューバーが現れる。初心者向けに字幕付きで教えてくれるので、ありがたい。

 

メジャーどころを載せても既知かもしれないので、まだチャンネル登録者が少ないユーチューバーをご紹介する。

 

www.youtube.com

 

この方、言語学が専門らしく、めちゃくちゃ説明が分かりやすい。かゆいところに手が届くような解説だ。

 

しかもマルチリンガル。英語も韓国語もできる。脱帽。

 

これからまず間違いなくヒットしていかれるユーチューバーだと思うので、早めにチャンネル登録することをおすすめしたい。まあ、早くからフォロワーになったところでメリットがあるわけではないが、「私は前から知っていた」といばれる。かもしれない。

 

中国語組の皆様、一緒にがんばろう。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

【サラリーマンの英検1級攻略術】42・読解力が先か、リスニング力が先か

限られた時間と予算の中で、英検1級に合格したい!という社会人の方をイメージしながら書いている。

 

※簡単なプロフィルは☆こちら☆になります

 

英検1級では、読む・聞く・書く・話すのすべてが求められる。いずれも一定程度以上の水準をクリアする必要がある。

 

で、みんなあくせくしこしことリーディングやらリスニングに精を出すわけである。

 

そうはいっても、時間には限りがある。ましてや社会人ともなると、仕事や家庭の責任や心労で多くを割くことは難しいだろう。

 

選択と集中、とまではいわなくても、どれかに力を入れる必要があると私は考える。

 

で、どれに力を入れるか。私見をいわせていただくと、

 

読解力

 

これに尽きる。これがあってこそのリスニングであり、ライティングだ。

 

読む、読む。内容の伴った、起承転結の整った文章を、とにかく読みこなす。愉しんで、興味を持って、読めるものを、読む。こうする中で、いつの間にか英語圏の思考、言い回し、文章の流し方が、考えるともなく身に付いてくる。私はそう感じている。

 

リスニングは、これもてこ入れしたい分野だが、そもそも自分の頭にボキャブラリー(単語・イディオム・いいまわし)が入っていないと、音が入ってこない。あるいは、音が頭に入ってきてはいても、まったく理解できない。そこでフリーズとなる。

 

だから、まずは読むことだ。読む対象には、小説やニュースなどの書き言葉に加えて、映画などの話し言葉も含まれる。話し言葉も、字幕を見ながら身に着けてしまう。

 

読む力が増してくれば、リスニングに加えて書く力も高まる。今、世の中にはライティングの教室などもあるようだが、必ずしもそういった支援の手を借りなければ合格できないわけではない。

 

自分に合った水準の文章を読む。内容的にも自分が心から面白いと思えるものを選ぶ。楽しみながら日々、読みこなし、少しずつボキャブラリーを増やしていく。

 

これは一見遠回りのようだが、亀さんのようだが、1年もすれば怖ろしいほど力が増していることに気づくだろう。

 

愉しんで、一歩一歩、進んでいきましょう。私もひたすら匍匐前進を続けております。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~