ある人は、近ごろ物覚えが悪くなった。
行動も落ち着かない。発言も時折脈絡のない方向へと飛んでいく。
周りの人々は、面食らうことが増えていった。
その人との近さに比例するように、縁の薄い人々から離れていった。
はた目に見る限りでは、行動に異常がみられる。離れて当然だ。
それでも、一部の人々はその人から離れなかった。
「あなたのせいじゃないんだよね。きっと病気か何かのせいなんだよね」
行状が進行しても、幾ばくかの人々はその人から離れなかった。むしろ、温かく、支えてくれた。
はた目には異常と思える状況に至っても、理解し見守り支える人たちがいた。
感謝してもし尽くせない環境をもたらした背景には、その人が若かりし頃から積み重ねてきた、一つ一つのふるまいがあった。
生まれてから、意識するとせざるとに関わらず実践してきた、気遣いと優しさという目に見えない“貯金”が、今になってその人にありあまる“利子”をもたらしていた。
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