景気を物語る指標はさまざまある。
株価、金利、消費者物価。どれも数字で表せる。分かりやすい。
ただ、こうしたデータ以外にも、五感で如実につかめる指標がある。それは飲み屋街だ。ネオンきらめく通りを行き交う人々、路駐するタクシー、酔客に巧みにすり寄る客引き。彼らの活気、にぎわい具合が、そのまま日本の景気を体現している。
通りを歩いているだけでも空気はざっくりつかめるが、お店に入るとさらに深い。とりわけ酔客たちがとぐろを巻くスナックは、一軒一軒が濃密だ。
20代のころ、よくお世話になっていたスナックがあった。そこのママさんは結構に押しが強く、圧があり、それでいて愛嬌があるため、通うのをやめるにやめられない魅力があった。
当時はそう、50代だったか。景気のアップダウンもたっぷりと経験してきたようで、ときどき景気の良かったころの話もしてくれた。
「バブルのときはねえ、すごかったんよ。もうねえ、この引き出しなんか、中に札束がビッチリ!詰まってたんだから」
やや自慢げに、後ろのグラス棚の引き出しをバーンを空けた。
あっ・・
すがすがしいほどに、スッカラカンの空間が広がっていた。
見ちゃいけないものを見てしまった。そんな気がした。
ただ、ママさんの瞳には違うものが見えていたようだ。往時の、ビッチリ詰まった万札が、たしかに蘇っていた。ママさんはしばし、遠い目をした。
水商売の世界は、まさに水物なのだろう。当たるときは大きく当たるが、歯車が狂いだすとなかなかペースを取り戻すのに苦労する。なかなかにシビアな世界だ。
今、スナックの世界はどうだろう。景気は正直、よくはないだろう。コロナが追い打ちをかけたであろうことは言うまでもない。ただ、そういうときこそ常連客の出番があり、支えがいがある。厳しいときこそ、酔客が輝けるし、カウンターを挟んで友情をはぐくむことができる。
景気のいいときはいいときでワイワイ盛り上がり、キンキンに冷え切ったときは手をつないで荒波をしのぐ。スナックという、昭和の香りがたんまり漂う空間で、よいときも悪いときも一緒に過ごし、振り返れば楽しかったと笑えるような思い出を重ねていきたいものだ。
~お読みくださり、ありがとうございました~