これは、しがないサラリーマンが抱いた、妄想・ファンタジーの記録である。
・・・
「殿、仰せの通り、臣下の者を皆集めましてござりまする」
うむうむ。大儀であったな。じゃ、大広間に行くとするか。
「はっ。して、今日は何事で」
せっかちじゃのう、じぃは。まあまあ、わしが口を開くまで待っておれ。
(そうも言うておられんわい。この若殿様、跡を継いでからまだ1か月。変なことでも言い出して早速家臣のひんしゅくでも買ったりしたら、大事じゃて)
パアーン(襖を勢いよく開ける)
(畳に額をこすりつける家臣団。緊張感がはりつめる)
者ども、表をあげ~い!
「は、はぁ~ッ!」(おずおずと若殿を見上げる)
今日はの、ちと、提案がある。春も近づいてきよったしの、宴を開こうと思うのじゃ。
(家臣1:ほー、良かった。説教だったら面倒だった。それにしても酒盛りですか。なんとものんきな殿様じゃ)
酒好き老中「それはよき発案でござりまするな。たまには気晴らしも大切でござる。家臣の者どもも、見てくだされ、もうウキウキソワソワしておりまするぞ」
うむ。それなんじゃがな。わしが思っとる宴は、ちと趣が違うのじゃ。
酒好き老中「と、いいますと」
主役がな、違うのじゃ。そちたちは、接待するほう。酒肴を堪能してもらうのはな、そちどもの奥方じゃ。
酒好き老中「な、なんですと?」
まあまあ、そちどもも呑んで構わんから心配するな。ただな、あくまで主役は奥方連中じゃ。日ごろの疲れをとってもらって、このときばかりはしっかとした「主」(あるじ)になってもらうんじゃ。どうじゃ、おもしろかろう。
(家臣2:嫁さんにお酌をするってか。いやー、なんか緊張してきた。最近夫婦らしい会話もしてないし)
・・当日・・
司会進行役の若年寄「奥様方、お待たせいたしました!このたびは第1回・奥方ニコニコ慰労の会ということで、旦那一同、心して馳走させていただきまぁす!」
パチパチパチ(男連中、緊張気味に拍手)
奥方1「いやまあ、馳走だなんて。申し訳ないわ」
奥方2「でもちょっと、お酒の匂いがたまらないわよね」(舌ペロ)
(男連中、台所の仕込み班から渡されたお膳を持ち、しずしずと奥方の元へ。うやうやしくお酌をする)
奥方3「もう、あんた。そんなかいがいしくしなくってもいいのよ。あたしはお酒が飲めれば充分なんだから。それにしてもこの鯛、最高ね」
(宴が始まり小半時。奥さん連中は早速できあがりはじめている。あちこちで甲高い笑い声が響く。男連中はかいがいしく追加の熱燗を猪口に注ぐ)
司会進行役の若年寄「えーそれではこれよりしばし、『癒しの時間』と相なりまする。者ども、準備!」
(男連中、腕をたくしあげて奥方の元へ)
若年寄「はじめ!」
(男連中、一斉に奥方のマッサージをはじめる。肩もみ、指圧、腰のケア。奥方連中、恍惚の表情。ときおり「あんた、もっと強く押して」と催促する声が聞こえる)
(家臣3:奥方がうっとり瞳を閉じている間に、猪口の熱燗をペロリといただく。ついでに焼き魚も一口。「こりゃうめえ」とニンマリ。奥方の僕(しもべ)稼業にハマりかけている)
司会進行役の若年寄「さてさて奥方連中、今宵はどうぞこの大広間で心ゆくまでくつろいでくださいませ。者ども、これへ!」
パンパーンと小気味よい手拍子とともに、蒲団を抱えた男連中が廊下からスーと入ってくる。奥方のお膳の隣に敷くと、「いつでも横になって」とささやく。
奥方4「あらまあ、至れり尽くせりじゃないの!こりゃまた最高だわ」(布団に潜り込み、大の字になる)
(はじけた空気のまま、朝を迎える。飲み明かす酒豪あり、ぺちゃくちゃおしゃべりする若妻あり、結構ないびきをひびかせる熟年奥方あり。その隣で男連中はコックリコックリ。奥方の蒲団に体を滑り込ませ、快眠にあずかるちゃっかり者も)
(若殿も畳の上でゴロリ横たわり、静かに寝息を立てている)
(やがて朝日が大広間に差し込む)
司会進行役の若年寄「みなさま、おはようございます。くつろいでいただけましたでしょうか。ささ、朝餉を召し上がって、酒の疲れをほぐしてくださいませ」
奥方5「まあなんて気配りのきいた。今度の若殿様、女心が分かってるじゃないの。すっかりファンになっちゃったわ」
奥方6「ほんとねえ。もう、恒例行事にしてくださらないかしら」
ワーワーキャーキャー
(ハイテンションのまま宴は大団円を迎える)
・・・1年後・・・
者ども、また春がきたのう。
じぃ「はっ。殿、あれでござろう、また宴をやろうといわれるのでございますな!家臣どもも意外とワクワク楽しみにしておるようですぞ」
そうかそうか。今回はのう、さらに新しい試みもしようかと思うぞ。
じぃ「と、いいますと!」(この若殿、ほんと変わってるなあ)
むっふっふ、城下全域で展開するんじゃ。町という町、村という村で、奥方に主になってもらうのじゃ。
じぃ「うひょー!」(すごい一日になりそうだ!ドキドキ)
(城下一斉・奥方ニコニコ慰労の宴が開かれる。あちこちでにぎやかな笑い声がこだまする。男連中も、こっそり猪口に手を伸ばして宴の恩恵にあずかる)
・・・
家族が、集落が、身を寄せ合って暮らしていた時代。これといった楽しみもない時代に、家庭を「縁の下」として支える女性たちに光を当て、主客逆転する催しを考え付いた殿様がいた。その城下は貧しくはあったものの、どの家庭も和やかな空気が満ち、人々は生き生きと暮らしたという。
そんな殿様が、実際にいたら楽しかっただろうなあ。
~お読みくださり、ありがとうございました~