おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 ~第22話・押しの弱さもときには魅力になるかもしれない~

「お待たせしました、ただいまからチケットを拝見します」

 

都内のとあるシネマコンプレックス。SFの最新作品が封切りとあり、映画館は若者を中心に大勢の人でごった返していた。スタッフが声を張り上げると、カップルや家族連れが流れるようにゲートへと吸い込まれていった。

 

その中に、今年で50になる誠もいた。週末の貴重な息抜きタイムだ。仕事を忘れて、大好きな宇宙ものの世界に浸るのだ。

 

いったん化粧室に立ち寄り、2時間のめくるめくワンダフルな旅への準備を整える。さあ、いよいよ入場だ。

 

シアタールームのドアを開けた。人の熱気でムンムンしているけど、心配はいらない。ネットで席を抑えているから。中央側は人気で取れなかったけれど、後ろの端っこからじっくり眺めるつもりだ。

 

抑えた席の並ぶ列まできたところで、うなった。もう人がずらり並び、膝にかばんやポップコーンの箱を置いて座っている。

 

ひとりひとり、足を引っ込めてもらいながら、進まないといけないのか。

 

普段から押しが弱く、引っ込み思案なところがある誠は、ひるんだ。「迷惑かけられない」

 

せっかく抑えた席を、諦めた。ちょうど、シアタールームの後方にちょっとしたスペースがあり、そこから眺めることにした。ああ、今から2時間、立ち見かあ。きっついなあ。でも、仕方ない。すっかり映画鑑賞モードに入っている人たちを邪魔したくないし。

 

映画自体は、最高だった。とある惑星を舞台にした友情物語。星は違えど、やっぱり、大切にするものは同じなんだな。見てよかった。

 

エンドロールがきた。かちこちに固まったひざをほぐす。「今日はちょっと疲れちゃったかな」と苦笑しながら、群衆に紛れルームを後にした。

 

その少し後ろを歩いていた、一人の少女が隣の母親にささやいた。

 

「あのおじちゃん、席に入れなかったね」

 

少女は最後列の席から映画を眺めていた。誠が、ずっと立ちんぼをしていたのに、途中で気づいた。きっと、人を押しのけるのができなかったんだろうなあ。温かい性格の少女には、誠の気持ちが不思議と分かった。

 

「おじちゃん、優しい人なんだろうね」

 

少女のつぶやきに、若い母親はまなじりを下げた。「ほんとだね。おじちゃんの気持ちが分かるあなたも、優しいわ」

 

2人のさらに後ろで、一人の男がうつむき加減に歩いていた。人助けのヒーロー・ざんねんマン。実は母子と同じく最後列に座っていた。しかも中央の通路側。終始立ちんぼをしている誠に、結構はじめの方から気づいていた。

 

本当のことをいうと、席を譲りたかった。いたたまれなかった。でも、誠と同じく引っ込み思案で、ついに言い出せなかった。「あのおじさん、きつかっただろうな。かわいそうだったなあ」

 

押しの弱い、一人の男性の存在が、人知れず誰かのこころに優しさの種をまき、花開かせていた。

 

内気も、引っ込み思案も、必ずしもマイナスに考えるものではないのかもしれない。人を押しのけてまで、自分の権利を主張したくはない。そんなことを考えられる、人の気持ちを推し量れる性格は、それ自体が宝だといえるかもしれない。

 

帰り道、ざんねんマンはつぶやいた。「次、もし映画館の後ろで立ちんぼをしている人がいたら、最初から席を譲ろう」

 

まあほとんど目にすることのない場面に思いを巡らしながら、ヒーロー魂を燃やすのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

☆これまでの出動記録!いろんなことやった、やらかした☆

 

 

【サラリーマン・宇宙感動記】7・宇宙観が広がる瞬間

学校で、宇宙にはさまざまな銀河があることを教わった。

 

私たちの天の川銀河をはじめ、最近つとに有名な「M87」(楕円銀河)、冬空に浮かぶオリオン座に浮かぶ大小の「マゼラン雲」(伴銀河)など、挙げるときりがない。

 

そういうものだと私たちは思っている。

 

だが、つい100年ほど前まではそうでなかった。

 

私たちの宇宙は、肉眼で見える星々の集まり(天の川銀河)しかないーという認識だった。

 

それだけでも充分に壮大な空間(直系約10万光年)だが、この宇宙観を、ある人がある晩、突如として破ってのけた。

 

アメリカの天文学者エドウィン・ハッブル

 

1923年秋。望遠鏡で夜空を観察していたとき、我々の天の川銀河から大きく離れた天体の存在に気づいたという。それが、今でいう「アンドロメダ銀河」だ。

 

私たちの銀河は「唯一」ではなく、限りなくある銀河「の一つ」にすぎない。

 

世紀の大発見が、私たち人類の宇宙観を格段に押し広げた。

 

これまでも、大小かかわらず、洋の東西を問わず、誰かの気づきや発見が私たちの世界観を押し広げてきた。

 

これからも、こうした発見は続いていくのではないだろうか。

 

まだまだ、ワクワクする出来事・発見はありそうだ。

 

長生きしたいものだ。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

 

【サラリーマン処世術・もどき☆】話題がそれたときの対処

こんにちは。初級者ブロガーのおっさんです。

 

仕事してると、商談やら何やらで話をすることが多いものです。

 

自分自身もそうですが、話題が徐々にそれていくことがあります。

 

先方が忙しいときはご迷惑をおかけしてしまう。

 

一方、こちらが忙しいときは気持ちが浮ついてしまって相手様の言葉が耳に入ってこない。

 

それた話題をもとに戻さないといけない。

 

どうするか。

 

私は実践していることがあります。

 

枕詞をつけずに、元の話題にふる

 

これ、意外と即効性あります。一見、強引な印象がありますが、ストレートに振りなおすことで、相手さんも「あ、その話題だったな」とすんなり戻ってきてくれます。

 

これが「大変すいませんが、◎◎の件につきましてなんですが・・」などと枕詞をつけてしまうと、「俺の雑談が面白くなかったんだな」などと邪推されかねない。

 

リスクをしょわずに、ストレートに話題のど真ん中へ。

 

~先方様のお話がひとしきり続く。私は黙って小さくうなずく~

私「・・っと、○○の件についてですが、◇◇ということでしたでしょうか」

先方様「あ、ああ、その話ね、それは~だよ。云々かんぬん」

~話題がそれたら、しばし間を置いてやり直す~

 

これで多少は仕事のスピードを上げられるのではないかと思っております。

 

以上、しがない地方のサラリーマンの浅知恵でございました。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

 

【サラリーマンの英検1級攻略術】~19・「書く」練習のこつ~

限られた時間と予算の中で、英検1級に合格したい!という社会人の方をイメージしながら書いている。

 

※簡単なプロフィルはこちらになります↓

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1級にはエッセイ問題がある。あるテーマについて、自分の考えを簡潔に、筋道立てて論じることが求めれる。

 

これも配点率が高い。ここで高得点を稼げると、他の苦手分野(私の場合はボキャブラリー)で出遅れた分を巻き返すことができる。

 

世の中には1級対策の教室がたくさんある。お金や時間がある方はそちらを利用されることが近道かもしれない。ただ、お金も時間もない私のような地方のサラリーマンにとって、その選択肢はなかった。

 

どうしたか。私の場合は

 

「書く」前にひたすら「読む」

 

英文を書くにしても、そのリズムや表現の仕方を体で覚えておかなければ満足な内容のものは書けないと考えた。そこで、ひたすら英文ニュースサイトを読みまくった。時間があれば小説(カズオイシグロなど)にも目を通した(カズオイシグロは比較的平易な言葉で深い世界を表現するので語学勉強にも大変役立つ)。

 

書く訓練は、ほとんどしていない。なにせ、添削してくれる人がいない。与えられたテキストではなく、実際に使われた文章(リポート、文学、エッセイ)を読み込みまくる中でつかんだ感覚を生かすことにした。

 

これで結果的にエッセイで高スコアをとることができた。

 

書く前に、読む。たっぷり読む。これが鍵だと私は考える。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

【歩き旅と思索】 ~14・意味づけられた空間からの解放(続)

両脚を交互に前に出し続けるだけの旅を通して、日ごろ無意識に受け入れている現代社会の枠組みから自由になる。これも、歩き旅の醍醐味だ。

 

熊本県阿蘇を出発し、熊本市を経由して天草を目指したことがある。

 

熊本の市街地に入る手前、たしか水前寺公園という公園があり、そこで一休みすることにした。会社員になって5か月目、久しぶりの旅ということもあり、結構疲れていた。私は公園にあるベンチに横たわった。仰向けになった。

 

頭上に、大きな樹木があり、木漏れ日から差し込む日の光がチラチラとして実に気持ちよく感じた。

 

このとき、旅をしていることも、会社員であることも、水前寺公園という公園にいることも、ほとんど頭の中から抜け落ちていた。ただ、この光を味わった。

 

樹木は、現代社会が用意した「公園」という特殊な空間における公共物だ。勝手に手を加えてはいけない。こうした、現代人として当然とらえるべき視点から、自由になった。

 

その瞬間の自分の体験内容を、言葉で実況するとしたら、

 

「私が公園の木を眺めている」ではなく、主語のない「緑」だった。

 

見たものを、見たままに感じる。社会的背景や規範といったものにからめとられず、出逢ったままに風景を感じ、受けとる。日がな一日歩き続けていると、ふとそんな瞬間に浸ることがある。

 

狙ってその瞬間をつかまえることはできない。時々、やってくるタイミングを、味わうのみ。だが、それだからこそ深みも楽しみもある。

【サラリーマン・癒やしの和歌】4・場面の切り替えの妙

万葉集は5・7・5・7・7の定型スタイルのほかに、5・7を繰り返す長歌というジャンルの作品も多い。

 

これがまた、リズム感あふれ、そらんじてみると自分自身の気分まで乗ってくる。いわば日本のラップだ。

 

それに加えて、場面描写の妙が際立っている(と私が感じる)作品をご紹介したい。日本人ならどなたでも知っている、あの物語だ。長い作品なので、冒頭部分と締めの部分を載せる。

 

春の日の 霞(かす)める時に 住吉(すみのえ)の 岸に出(い)で居て


釣舟(つりぶね)の とをらふ見れば いにしへの ことぞ思ほゆる 

 

水江(みずのえ)の 浦の島子が 鰹(かつを)釣り 鯛釣りほこり

 

七日まで家にも来(こ)ずて 海境(うなさか)を 過ぎて漕ぎ行くに

 

・・・・・・(中略)・・・・・

 

足ずりしつつ たちまちに 心消失(こころけう)せぬ 


若くありし 肌も皺(しわ)みぬ  黒くありし 髪も白(しら)けぬ

 

ゆなゆなは  息さへ絶(た)えて 後(のち)つひに 命死にける

 

水江(みずのえ)の 浦の島子が 家のところ見ゆ

 

万葉集巻9-1741)

 

いわずもながだが、上記は「浦島太郎」の物語だ。

 

あらすじはどなたもご存じのとおり。驚くような内容はつづられていない。

 

だが、何度か読み直してみると、シーンがあるところで一瞬にして切り替わっていることにしびれる。現実の世界から、物語の世界へ一気にいざなっているのだ。

 

冒頭の「春の日の かすめるときに・・」は、詠み手が実際に目にした光景だろう。のどかな近畿の海辺に、釣り船が漂うのが見える。その光景にしばらく浸った後に、ふと昔から伝え聞いてきたあの物語が脳裏によみがえる。

 

そのあとは急展開に次ぐ急展開の、浦の島子のストーリーだ。

 

玉手箱を開けてしまい、たちのぼる煙に驚き逃げ惑うが、たちどころに老いこみ命を失う。

 

そこまで描き切ったところで、再び冒頭ののどかな釣り船シーンに戻ってくる。

 

まるで一大SF映画を観ているかのような、ダイナミックさを感じた。

 

描写の切り替えを巧みに生かし、物語に奥行きを持たせる。万葉人の演出力、おそるべし。

 

詠み手は高橋虫麻呂という。ほかにもすばらしい作品を生み出している。またあらためて紹介していきたい。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

【サラリーマン、家系図をつくる】10・史談会の底力

~簡単な自己紹介はこちらです~

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家系図づくりに取り組む上で、お世話になった一連の文献がある。

 

地元の歴史愛好家の皆さんでつくる、史談会の冊子だ。

 

おそらくどの市町村でもこうした人々の組織がある。その多くは毎月、何らかの冊子を発行している。それは市町村が図書館に保存している。

 

地域の歴史ファンの実力を侮るなかれ。地元のほこら、仏閣、古墳、言い伝え、ありとあらゆる歴史的なもの(有形・無形)を自ら調べ、分かりやすくまとめてくださっている。

 

こうした文献は、執筆者の方が書かなければ永久に知られることはなかっただろうと思われるストーリーが少なくない。

 

私も家系図づくりの参考になるものはないかと思い、過去30年分ほどを調べてみた。

 

その中に、先祖の名を見つけることができた。かいつまんでいうと寺への寄進関係(地元住民の義務のようなものだったようだ)だった。

 

驚くような事実、とまではいかなかったが、先祖の足跡の一端に触れることができ、少しうれしかった。

 

地元の史談会、恐るべし。その力を借りない手はない。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

【ざんねんマンと行く】 ~第21話・一度は「主役」になりたいと妄想膨らませる男~

僕だって、主役になりたい!


大学生の航(わたる)は、ふつふつと沸き起こる思いをどうにも抑えられなかった。

 

幼いころから、教育熱心な親の下で学習塾に通い詰めてきた。だが、生来の勉強嫌いで、成績は一向に伸びず。受験で挫折を繰り返し、今は滑り止めの大学で失意の学生生活を送るのであった。

 

これといった特技もない。サークル活動でも目立たない存在だ。親からは半ば見放され、バイトで食いつなぐ日々。これからも、日陰暮らしの一生が続いていくのかー。そう思うと、気が滅入るばかりだ。

 

せめて一度ぐらいは、僕も人からあがめられる立場の人間になりたい。神様がいるか分からないけど、一度でいいからこの願い、叶えてほしい!

 

ほとばしる魂の叫びは、一人の男にしかと届いた。人助けのヒーローこと、ざんねんマン。都内のアパートのベランダをあらよっと勢いよく飛び立ち、航の暮らす九州へと向かった。

 

まもなく航の暮らす福岡市内のアパートに到着。ベルを押し、中から出てきた航の瞳には、期待とも哀願ともつかぬ熱情が満ちていた。

 

「あなたが僕の神様なんですね!ありがとう、本当に、ありがとう!僕を、主役にしてください!」

 

あまりの熱のこもりように、さすがのヒーローも若干興が覚める。お兄さんね、主役にするって、劇団じゃあるまいし。簡単にできるもんじゃ、ありませんよ。

 

「ええー?!んな、アホなー!」

 

悲痛な叫びが、狭い室内にこだまする。甘い、甘いよ青年!

 

ざんねんマン、口角泡を飛ばした。「主役になるったって、努力とか運とか、いろいろなものがいるんですよ!私もね、ヒーロー業界の末席に座らせてもらってますけどね、はたして主役といえるかどうか、微妙なもんですよ。ほかの登場人物の方のほうが、キャラ立ってることのほうが多いくらいですよ」

 

自らの悲哀をさらけだしながらも、ざんねんマンは続けた。「でもね、主役の雰囲気を味わうことはできますよ。主役の間近にいるからだろうなあ」

 

主役になれなくても、誰かを主役にすることはできる。その人のそばにいて、しっかり支えることで、その余韻に浸ることは、できるはずだ。

 

うーむ、と腕を組んだ航、一つひらめいたようだった。「よし、どうせうだつの上がらん人生だ。いっちょ、挑戦してみるか」。ざんねんマンを送り出した航の瞳には、これまでにない活力があふれていた。

 

2週間後。福岡髄一の繁華街・中州で一軒の飲み屋がオープンした。その名も「殿様バー」。


名前に引かれたサラリーマンがのれんをくぐると、戦国時代さながらの肩衣(かたぎぬ)をまとった航が片膝をついて迎える。「殿!城下の見回り、お疲れ様でござりまする」

 

ニヤリとするサラリーマンに、航はたたみかける。「城下の平和、みな殿のご人徳のおかげなりと市井の者どもは話をしておりまする」

 

用意した熱燗を、トクトクとお猪口についでいく。恍惚とした表情を浮かべる客に、航はさりげなく耳打ちをする。「して、殿、こたびの四国征伐の件にござりまするが・・・。討ち入りは、いつごろに」

 

客、ほろ酔い気分も混じり、すっかり殿様気分だ。「うむ、そうじゃの、梅の花が咲き始めるまでに」

 

日ごろは口にできない、くさいセリフが、あふれるように出てくる。ああ、俺は今、殿様になっているんだ!俺、かっくいい!!俺、シビれる!!

 

サラリーマンの深層心理に潜むヒーロー願望に応えたか、「殿様バー」は見る間に繁盛。口コミで人気が広がり、従業員を10人ほども抱える人気店となった。

 

店員の肩書きも増えた。創業者の航は「大老」。従業員は年齢の高い方から「老中」「侍大将」「槍持ち」といった具合だ。

 

ついには小倉にもチェーン店を出店。店長は「城代」として新領地の統治、もとい、ファン開拓にいそしむのであった。

 

いまや、文字通り一国一城の主となった航。「経営者の仕事も、楽ではないよのう」と語る姿には、押しも押されぬ「主役」としての風格が漂っていた。

 

人を立て、自らも立った。

 

航の夢をかなえたざんねんマン。「恩人として、殿様バーでしっかり接待してもらおう」とペロリ舌を出すのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

 

【サラリーマン・宇宙感動記】6・宇宙の地平線

私たちが立っている地点から、地球上のあらゆるものを見ることはできない。

 

地球が丸いからだ。

 

ある地点からぐるり360度を見渡したとき、何かの対象が見える限界が「地平線」だ。

 

実は、宇宙にもそれに当てはまるゾーンがあるという。

 

イベント・ホライゾン(事象の地平面)

 

私は文系人間なもので詳しいことは分からないが、かみくだけば地球の地平線と同じようなもので、そこから先は見ることができないのだという。

 

宇宙空間は、光を上回るはやさで膨張を続けている。地球から離れれば離れるほど、その速さが増していく。光よりも空間の膨張スピードが速くなったゾーンでは、発した光が地球に永遠に届かない。そのゾーンにあるものを、我々が目にすることはない。

 

このため、私たちから離れたもののうち、遠いものからだんだんと見えなくなる。

 

今、130何億光年先の天体が見えた、といわれるようなものも、はるか未来のことだが、永遠に目にすることはなくなる。

 

私たちが目にできるものは、重力的につながりあっている「局部銀河群」(私たちの天の川銀河や、周辺のアンドロメダ銀河など数十の銀河の集まり)しかなくなる。

 

とってもさみしい。が、これが現実なのだそうだ。

 

今眺めることのできている、はるか遠方の銀河を、まぶたに焼き付けておきたいものだ。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

【サラリーマンの英検1級攻略術】~18・準1級との開き~

限られた時間と予算の中で、英検1級に合格したい!という社会人の方をイメージしながら書いている。

 

※簡単なプロフィルはこちらになります↓

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1級を目指している、あるいは関心のある方の多くが、既に準1級を取得されているのではないかと思う。

 

果たして準1級と1級との間には、どれぐらいのレベル差があるのか。誰もが関心のあるところだろう。

 

私自身の感覚・イメージは、合格前後で大きく変わった。

 

【1級受験前】1級>>>>>準1級

【1級合格後】1級>>>準1級

 

振り返ると、1級は実態よりも高いハードルのように「見えていた」。

 

だが、実際はそれほど違いはなかったと感じる。明らかな違いを強いていうなら、求められるボキャブラリーのスケールが格段に大きくなる、ということと、リスニングの難易度が上がること、ぐらいか。

 

ボキャブラリーについては、これはこつこつと覚えていくしかない。ただ、昔ほど正答率が高くなくても他でカバーすればいい(エッセイなど)形になっているようで、その面でもチャレンジの価値はあると考える。

 

リスニングについては、確かに難しい。日常会話に近い形のやりとりがベースになるので、日ごろからニュースだけでなくバラエティ番組などを見こなしておくことが大切になる。それでも、全く歯が立たないというようなレベルではない。

 

私は確か高校2年生のころに準1級に合格したが、当時は「1級なんて雲の上」と思って受験することすら考えなかった。自分には無理、という思い込みが強かった。そのまま20年近くたってしまった。30代後半でふと思い出したようにチャレンジしたところ、合格したのはうれしかったが、もうちょっと早く挑戦してもよかったかもしれないと思っている。

 

準1級に合格された方は、1級のゴールテープが思ったよりも近いところで待っている。頭の運動の意味でも、トライをおススメしたい。なんといっても、1級取れるとうれしいものだ。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

 

 

【歩き旅と思索】 ~13・意味づけられた空間からの解放

大学生のころに歩き旅を始め、20年近くが過ぎた。

 

ただ歩くというスタイルの旅に、なぜこうも惹かれるのか、自分でもよく分からない。考えて動いているというよりも、体が喜んでいるからそのように歩を進めている、といったほうが正直なところかもしれない。

 

少なくともいえるのは、歩く旅をすることで、自分が普段見聞きし、過ごしている日常空間から解き放たれる、ということだ。

 

私は日々、起き、通勤し、屋根のあるオフィスでパソコンを打ち、やがて退社し、人の行き交う街路を少し歩き、時折寄り道もしながら、家路に就く。どの行程も、周囲はすべて現代社会人を取り巻く環境として、ある程度限定された意味を伴って瞳に映る。

 

街路の両脇に連なるのは、なにがしかのビジネスを手掛ける企業が入る「商業ビル」であり、夜道を照らし現代人の安全を守る「街灯」である、といった具合だ。

 

こうした、ある程度絞られた形で意味づけられた空間から、少しばかりでも、距離を置くことができる。

 

歩を進め、ただ空間を空間として感じ、見るともなく見る。瞳に映る、といったほうが的確か。こうしていると、実に自由で奥行きのある、空間そのものが現れてくるように感じる。

 

会社員となって最初に迎えた夏の日。熊本の阿蘇近くを出発点に、久々となる歩き旅に出た。慣れない仕事で抱えていたストレスから解放されたこともあるが、久々に歩き旅という自分自身に戻れる行為を再び始めたことで、自分の心も、周りの景色も一変に活力を取り戻したように感じた。意味づけられた日常空間から、ものの三歩で解き放たれた。そう記憶している。

 

人それぞれに、ぴったり合った旅の形があると思う。私の場合は、それが歩き旅だった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

【サラリーマン・癒やしの和歌】3・素朴な表現だからこそ胸に響く

いろいろと複雑な人間関係にホトホト疲れる現代人にとって、素朴で純粋な心情を詠う古代の人々の言葉は、直球ドストライクで胸に響く。

 

癒しとエナジーを、分け与えてくれる。

 

私自身がジーンときた作品の一つをご紹介したい。

 

父母が

頭かきなで

幸(さ)くあれと

言いしことばぞ

忘れかねつる

 

万葉集巻20・4346)

 

訳の必要すらない。そのままの意味だ。

 

(僕の)お父さん、お母さんが

頭をかきなでてくれて

「幸せであってくれ」と

言ったことばが

忘れられない

 

これは古代日本で国境警備に当たる防人(さきもり)の任に当たった人物による歌らしい。詠み人知らずだ。

 

関東の人らしい。上記の作品を細かくいうと「幸くあれと」→「幸くあれて」、「言いしことばぞ」→「言いしけとばぜ」、というように、語尾に当時の関東弁が入っている。

 

はるか関東の地方から、北部九州まで国の守りにつくため旅立たねばならない読み手を、両親がやさしく、やさしく抱きしめる。そのシーンが目に浮かぶ。

 

交通手段もろくにない当時、遠出の旅は死と隣り合わせだった。言いようのない寂しさといとしさが、詠み手の心を占めたことだろう。

 

技巧に頼らず、ただ自らの体験したこと、感じたことを素直に言葉にしたことで、かえってその思いの深さを表すことになった。

 

関東のどこかの地で起きた、真心のこもった別れの場面が、千年以上のときを経た今も人々のこころを揺るがす。すばらしく、また有難いことだと感じる。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【サラリーマン、家系図をつくる】9・公的史料にも目を通す

~簡単な自己紹介はこちらです~

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家系図づくりの基本は、亡き先祖の除籍謄本やお墓の名前といった、一族由来のソースを当たることだと考える。

 

これで少なくとも明治初期、うまくいけば江戸中期ごろまでさかのぼれる。ここからさらに上にいくのは簡単ではないが、方法はある。

 

一つが、公的史料の調査だ。

 

自治体の図書館や公文書館には、地域の古文書がわんさと保管されている。土地の領主、例えば◎◎藩なら藩政史、といった具合だ。寺社がまとめた史料もあれば、土地の人々がしたためたメモのようなものもある。こうしたものにも目を通すと、一族の由来につながるヒントが見つかったりする。

 

私の場合、自分の苗字+地域に関する情報を上記の史料から探してみた。いくつか直接関連する記述を見つけ、多少胸が高鳴った。

 

また、直接ではないが、私の苗字に関する由来についても知ることができた。戦国以前に、特定地域から移り住んできたらしい。どの時期にきたのかについては記載がなかったが、さらに上に向かってさかのぼる上で手がかりをつかむことができた。

 

古文書などの史料は、現代文に訳されているものは非常に少ないと考える。私はその少ない現代語訳版だけを頼りに調べたが、残りの古文書もくまなく調べればまだまだ新たな発見ができるのではないかと考えている。

 

皆さまも、騙されたと思って一度公文書館などに足を運ばれてみることをおすすめする。意外な発見や感動があるかもしれない。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

 

【サラリーマン・宇宙感動記】5・地球の歴史は意外と古くない

地球が生まれて約50億年がたつという。

想像もできないような歳月のように聞こえる。

だが、一つの事実を聞くと、意外に短く感じられる。

地球を含む私たちの太陽系は、光の速さで約2万5千年離れた先にある巨大ブラックホールの周りをまわっている。

1周するのに約2億年。

つまり、地球が誕生してからまだ25周程度しかしていない。

陸上競技場に置き換えて考えると、どうだろうか、長距離走ともいえない感覚ではないだろうか。

不思議なものだ。

宇宙の歩みが、少しだけ身近に感じられてくる。

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

 

【ざんねんマンと行く】 ~第20話・殿様の悲哀(下)~

~(上)はこちらです~

【ざんねんマンと行く】 ~第22話・殿様の悲哀(上)~ - おじさん少年の記

 

「そうです。と答えられれば、よいのですが」

 

ざんねんマンの一言には、どこか哀しい響きがこもっていた。

 

たしかに、私の暮らす21世紀の日本では、衣・食・住の問題はほぼ解決されております。生活が立ち行かない人に対しては、国が面倒をみる仕組みもできているんです。その点でいいますなら、殿様の時代に比べてはるかに世の中は良くなっている、といえるのでしょう。

 

「ならば何の問題もないではないか」

 

合点がいかぬ表情の忠直公に、ざんねんマンは困惑した。どうやって説明したらいいものか。

 

「衣食足りて礼節を知る」、といいますよね。21世紀の日本は、ようやくその段階に入ったといっていいと思います。礼節をわきまえる余裕ができたわけです。ですがその先に、殿様の時代の人々からは想像もできないような問題が現れてきたんです。

 

暮らしが安定した先に、目指すべきものが、ない。

 

生きていくのが必死だった時代は、生きること自体が目的だったと思います。ところが私たちの時代では、それは問題でなくなった。その代わりに、次に据えるべき、はっきりした目標が見当たらなくなってしまった。そう感じている現代人は少なくないと、私は思います。

 

ものは満たされても、心は満たされない。そこに拠って立つべき羅針盤が、見つからない。これはこれで、辛いものだと思いますよ。

 

引きこもり、不登校うつ病自死。どれも、現代に至って顕著になっている心の問題ばかりだ。

 

「うむう・・・そちの時代も、なかなか息苦しい世のようじゃなあ」

 

忠直公、思わずため息をついた。

 

いつの世も、悩みがあり、喜びがある。桃源郷のような時代は、現れないのかもしれない。人はその時代時代で、苦しみを抱え、打開策を見つけようと模索するものなのかもしれない。21世紀の現代人も、3歩進んで2歩下がりながら、何か新たな価値観や指標を見出していくことになるのだろう。

 

「余は決めたぞ。余の時代に、帰る」

 

自ら選んで生まれた時代ではない.。が、そこで生を受けたことに、何かの意味があるのかもしれない。余は縁あって生まれた江戸の世で、残された生を悔いなく生きつくそう。

 

忠直公、決然と立ち上がった。「最後に、もう一回だけ、厠を借りるぞ」

 

15分間、殿様はトイレから出てこなかった。中からは、先ほどよりも音程が高いあえぎ声。どうも、ウォシュレットのボタンを最高の「5」にしたようだ。最強水圧で体も心もスッキリした後、従容(しょうよう)とした表情でタイムマシーンへと向かった。

 

・・その後。忠直公はさらに数奇な人生を歩むこととなった。

 

領国である福井を追われ、遠く九州・豊後国に配流となった。城下町から離れた、ひなびた集落で、終生、蟄居生活を強いられることになった。

 

だが、そこでの忠直公の心持ちは、かつてと全く違っていた。対人不信の塊だった心に、凝りがほぐれた肩のように柔軟性を取り戻した。現状を嘆くでもなく従容と受け入れたことで、不遇とみられる環境の中で心の余裕を見出した。

 

かつて苛政で家臣や住民を苦しめた暴君が、民を慈しみ、寺社への寄進を惜しまぬ信心深き存在に変わった。民に愛された忠直公は、天寿を全うした後も「一伯公」との尊称で慕われ、現在に至るまで公廟が大切に守られている。

 

21世紀。忠直公の「その後」を図書館で調べたざんねんマンは、人生の後半で本来の輝きを取り戻した殿様に心の中で賛辞を贈った。

 

僕も、せいいっぱい、今の時代を生きていこう。

 

華はないけど、目立った仕事もできないけど、自分なりに、できる範囲で、人助けをしていこう。

 

ヒーロー稼業にますます意欲を強めたざんねんマン、次に出逢うタイムトラベル業務に向け、「演出としてウォシュレットの水圧をもうちょっと強めとこう」と本筋から外れたとこで芸磨きに腐心するのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~