僕だって、主役になりたい!
大学生の航(わたる)は、ふつふつと沸き起こる思いをどうにも抑えられなかった。
幼いころから、教育熱心な親の下で学習塾に通い詰めてきた。だが、生来の勉強嫌いで、成績は一向に伸びず。受験で挫折を繰り返し、今は滑り止めの大学で失意の学生生活を送るのであった。
これといった特技もない。サークル活動でも目立たない存在だ。親からは半ば見放され、バイトで食いつなぐ日々。これからも、日陰暮らしの一生が続いていくのかー。そう思うと、気が滅入るばかりだ。
せめて一度ぐらいは、僕も人からあがめられる立場の人間になりたい。神様がいるか分からないけど、一度でいいからこの願い、叶えてほしい!
ほとばしる魂の叫びは、一人の男にしかと届いた。人助けのヒーローこと、ざんねんマン。都内のアパートのベランダをあらよっと勢いよく飛び立ち、航の暮らす九州へと向かった。
まもなく航の暮らす福岡市内のアパートに到着。ベルを押し、中から出てきた航の瞳には、期待とも哀願ともつかぬ熱情が満ちていた。
「あなたが僕の神様なんですね!ありがとう、本当に、ありがとう!僕を、主役にしてください!」
あまりの熱のこもりように、さすがのヒーローも若干興が覚める。お兄さんね、主役にするって、劇団じゃあるまいし。簡単にできるもんじゃ、ありませんよ。
「ええー?!んな、アホなー!」
悲痛な叫びが、狭い室内にこだまする。甘い、甘いよ青年!
ざんねんマン、口角泡を飛ばした。「主役になるったって、努力とか運とか、いろいろなものがいるんですよ!私もね、ヒーロー業界の末席に座らせてもらってますけどね、はたして主役といえるかどうか、微妙なもんですよ。ほかの登場人物の方のほうが、キャラ立ってることのほうが多いくらいですよ」
自らの悲哀をさらけだしながらも、ざんねんマンは続けた。「でもね、主役の雰囲気を味わうことはできますよ。主役の間近にいるからだろうなあ」
主役になれなくても、誰かを主役にすることはできる。その人のそばにいて、しっかり支えることで、その余韻に浸ることは、できるはずだ。
うーむ、と腕を組んだ航、一つひらめいたようだった。「よし、どうせうだつの上がらん人生だ。いっちょ、挑戦してみるか」。ざんねんマンを送り出した航の瞳には、これまでにない活力があふれていた。
2週間後。福岡髄一の繁華街・中州で一軒の飲み屋がオープンした。その名も「殿様バー」。
名前に引かれたサラリーマンがのれんをくぐると、戦国時代さながらの肩衣(かたぎぬ)をまとった航が片膝をついて迎える。「殿!城下の見回り、お疲れ様でござりまする」
ニヤリとするサラリーマンに、航はたたみかける。「城下の平和、みな殿のご人徳のおかげなりと市井の者どもは話をしておりまする」
用意した熱燗を、トクトクとお猪口についでいく。恍惚とした表情を浮かべる客に、航はさりげなく耳打ちをする。「して、殿、こたびの四国征伐の件にござりまするが・・・。討ち入りは、いつごろに」
客、ほろ酔い気分も混じり、すっかり殿様気分だ。「うむ、そうじゃの、梅の花が咲き始めるまでに」
日ごろは口にできない、くさいセリフが、あふれるように出てくる。ああ、俺は今、殿様になっているんだ!俺、かっくいい!!俺、シビれる!!
サラリーマンの深層心理に潜むヒーロー願望に応えたか、「殿様バー」は見る間に繁盛。口コミで人気が広がり、従業員を10人ほども抱える人気店となった。
店員の肩書きも増えた。創業者の航は「大老」。従業員は年齢の高い方から「老中」「侍大将」「槍持ち」といった具合だ。
ついには小倉にもチェーン店を出店。店長は「城代」として新領地の統治、もとい、ファン開拓にいそしむのであった。
いまや、文字通り一国一城の主となった航。「経営者の仕事も、楽ではないよのう」と語る姿には、押しも押されぬ「主役」としての風格が漂っていた。
人を立て、自らも立った。
航の夢をかなえたざんねんマン。「恩人として、殿様バーでしっかり接待してもらおう」とペロリ舌を出すのであった。
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