おじさん少年の記

いつまでも少年ではない。老いもしない。

【ざんねんマンと行く】 ~第20話・殿様の悲哀(上)~

余(よ)は、生まれる時代を間違うた。

 

ときは17世紀。寒風吹きすさぶ、越前国・福井。ここで長らく殿様を務める藩主・松平忠直(ただなお)公の気持ちは、深く沈んでいた。

 

江戸幕府の開祖・徳川家康公の孫として生まれ、何不自由ない幼少期を送った。恵まれすぎた環境は、しかし「足ることを知る」という健全な倫理観を少しずつむしばんだ。

 

幕府誕生から15年後、最後の内戦・大阪冬の陣で大勲功を挙げたが、恩賞が少ないと不満を爆発させ、幕府との間に亀裂が深まっていった。

 

不満、不信の矛先は自らの領国に向いた。ささいなことで癇癪を起こし、遂に家臣を殺めるほどの乱行を繰り返すようになった。その結果、幕府から隠居を命じられたのである。

 

頼んでもないのに、偉い武将の家系に生まれ、統治者の座に座らされた。自由があるようで、何もない半生だった。せめて一度、違う世界をのぞいてみたい。この時代ではない、どこかを眺めてみたい。

 

数奇な運命の下に生まれた男の願いは、時空を超え、一人の男の心に届いた。人助けのヒーローこと「ざんねんマン」。都内のアパートで一人夜食をとっていたが、味噌汁を勢いよくすすり上げると、机の引き出しを空けて自作のタイムマシーンに飛び乗った。

 

時空トンネルを抜けたところで、ご対面。忠直公、驚きと喜びを全身で露わにした。「そちが、余の願いを叶えてくれるのか?!」

 

そうですね、本当は時空をゆがめるようなことは許されていないのですが、願いが切実なようですので、ほんの少しだけご案内しましょう。

 

21世紀の東京。ざんねんマンの暮らすアパートの一室にご案内した。殺風景な部屋ながら、窓越しに街中を行き交う人々が見える。と、1台の原付バイクがブイーンと駆け抜けた。

 

「おお、なんと速く走る乗り物なのじゃ!」

 

忠直公、興奮で窓にかじりつく。続いて現れたるは二人乗りのオープンカー。実におしゃれなデザインだ。ハンドルを握る妙齢の美しい女性に目を奪われていると、車道に沿って走る鉄路を特急列車がゴゴゴーと轟音を立てながら追い抜いていった。

 

「な、なんと・・技の進んでいることか!」

 

とどめを刺すように、ざんねんマンが空を指さした。その先には、ちょうど離陸したばかりの飛行機。「あれはですね、たくさんの人を乗っけて、遠いまちに運んでくれる乗り物です」

 

忠直公、もはや驚きで言葉も出てこない。「江戸から京まででしたら、湯あみをするぐらいの時間で、着いてしまいます」との説明も、耳に入っていない様子だった。

 

腹が減っては戦ができぬとばかりに、ざんねんマン、出前でラーメンを注文した。ややあって自宅に届いたのは、とんこつラーメン、餃子、キムチ、炒飯。「殿様、どれでもお好きなものを」と勧めると、忠直公は殿様らしく、遠慮なしに箸を伸ばし始めた。

 

う、うまい・・。この、胡椒の効いた飯は、最高じゃな。そちたちは、こんな美味な馳走を、毎日口にしておるのか。さてはおぬし、どこか高貴な家の出の者か・・

 

いや~まさか。私はただのしがない会社員ですよ。みんな、これぐらいの出前はとれる生活を送っています。

 

見るもの、聞くもの、口にするもの。すべてが新しく、美しく、素晴らしい。しかも、既に殿様のような職業はなく、みんな平等らしい。忠直公、自分より400年後に生まれた世代の暮らしを、心から羨ましいと思った。わしも、この時代に生まれたかった・・

 

「すまぬ、ちょいと厠に」

 

忠直公が腰を上げた。ざんねんマン、トイレに案内した。洋式便座の使い方を教えてあげた。それでは殿様、ごゆっくり。

 

10分後、トイレのドア越しに、うめき声ともあえぎ声ともつかぬ音が漏れてきた。

 

「おおっ、おぅ、おふう~~」

 

それはまさに、殿様がウォシュレットの水しぶきを受けている瞬間なのであった😅


バタン


戻ってきた忠直公の瞳には、感動と、安らぎが浮かんでいるように見えた。

 

技術は進んでいる。民(たみ)の暮らしも豊か。余のように、生まれながらに仕事を運命づけられている者は多くないらしい。これほど素晴らしい社会が広がっているとは。

 

「おぬしの時代は、まこと素晴らしい。もはや、民には悩みも憂いも、何もないのじゃろうのう」

 

忠直公の希望に満ちた表情とは対照的に、ざんねんマンはやや寂し気にうつむいた。

 

「そうです。と答えられれば、よいのですが」

 

~(下)に続く~

 

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