いろいろと複雑な人間関係にホトホト疲れる現代人にとって、素朴で純粋な心情を詠う古代の人々の言葉は、直球ドストライクで胸に響く。
癒しとエナジーを、分け与えてくれる。
私自身がジーンときた作品の一つをご紹介したい。
父母が
頭かきなで
幸(さ)くあれと
言いしことばぞ
忘れかねつる
(万葉集巻20・4346)
訳の必要すらない。そのままの意味だ。
(僕の)お父さん、お母さんが
頭をかきなでてくれて
「幸せであってくれ」と
言ったことばが
忘れられない
これは古代日本で国境警備に当たる防人(さきもり)の任に当たった人物による歌らしい。詠み人知らずだ。
関東の人らしい。上記の作品を細かくいうと「幸くあれと」→「幸くあれて」、「言いしことばぞ」→「言いしけとばぜ」、というように、語尾に当時の関東弁が入っている。
はるか関東の地方から、北部九州まで国の守りにつくため旅立たねばならない読み手を、両親がやさしく、やさしく抱きしめる。そのシーンが目に浮かぶ。
交通手段もろくにない当時、遠出の旅は死と隣り合わせだった。言いようのない寂しさといとしさが、詠み手の心を占めたことだろう。
技巧に頼らず、ただ自らの体験したこと、感じたことを素直に言葉にしたことで、かえってその思いの深さを表すことになった。
関東のどこかの地で起きた、真心のこもった別れの場面が、千年以上のときを経た今も人々のこころを揺るがす。すばらしく、また有難いことだと感じる。
~お読みくださり、ありがとうございました~