おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【サラリーマン・癒やしの和歌】4・場面の切り替えの妙

万葉集は5・7・5・7・7の定型スタイルのほかに、5・7を繰り返す長歌というジャンルの作品も多い。

 

これがまた、リズム感あふれ、そらんじてみると自分自身の気分まで乗ってくる。いわば日本のラップだ。

 

それに加えて、場面描写の妙が際立っている(と私が感じる)作品をご紹介したい。日本人ならどなたでも知っている、あの物語だ。長い作品なので、冒頭部分と締めの部分を載せる。

 

春の日の 霞(かす)める時に 住吉(すみのえ)の 岸に出(い)で居て


釣舟(つりぶね)の とをらふ見れば いにしへの ことぞ思ほゆる 

 

水江(みずのえ)の 浦の島子が 鰹(かつを)釣り 鯛釣りほこり

 

七日まで家にも来(こ)ずて 海境(うなさか)を 過ぎて漕ぎ行くに

 

・・・・・・(中略)・・・・・

 

足ずりしつつ たちまちに 心消失(こころけう)せぬ 


若くありし 肌も皺(しわ)みぬ  黒くありし 髪も白(しら)けぬ

 

ゆなゆなは  息さへ絶(た)えて 後(のち)つひに 命死にける

 

水江(みずのえ)の 浦の島子が 家のところ見ゆ

 

万葉集巻9-1741)

 

いわずもながだが、上記は「浦島太郎」の物語だ。

 

あらすじはどなたもご存じのとおり。驚くような内容はつづられていない。

 

だが、何度か読み直してみると、シーンがあるところで一瞬にして切り替わっていることにしびれる。現実の世界から、物語の世界へ一気にいざなっているのだ。

 

冒頭の「春の日の かすめるときに・・」は、詠み手が実際に目にした光景だろう。のどかな近畿の海辺に、釣り船が漂うのが見える。その光景にしばらく浸った後に、ふと昔から伝え聞いてきたあの物語が脳裏によみがえる。

 

そのあとは急展開に次ぐ急展開の、浦の島子のストーリーだ。

 

玉手箱を開けてしまい、たちのぼる煙に驚き逃げ惑うが、たちどころに老いこみ命を失う。

 

そこまで描き切ったところで、再び冒頭ののどかな釣り船シーンに戻ってくる。

 

まるで一大SF映画を観ているかのような、ダイナミックさを感じた。

 

描写の切り替えを巧みに生かし、物語に奥行きを持たせる。万葉人の演出力、おそるべし。

 

詠み手は高橋虫麻呂という。ほかにもすばらしい作品を生み出している。またあらためて紹介していきたい。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~