おじさん少年の記

いつまでも少年ではない。老いもしない。

【ざんねんマンと行く】 ~第22話・押しの弱さもときには魅力になるかもしれない~

「お待たせしました、ただいまからチケットを拝見します」

 

都内のとあるシネマコンプレックス。SFの最新作品が封切りとあり、映画館は若者を中心に大勢の人でごった返していた。スタッフが声を張り上げると、カップルや家族連れが流れるようにゲートへと吸い込まれていった。

 

その中に、今年で50になる誠もいた。週末の貴重な息抜きタイムだ。仕事を忘れて、大好きな宇宙ものの世界に浸るのだ。

 

いったん化粧室に立ち寄り、2時間のめくるめくワンダフルな旅への準備を整える。さあ、いよいよ入場だ。

 

シアタールームのドアを開けた。人の熱気でムンムンしているけど、心配はいらない。ネットで席を抑えているから。中央側は人気で取れなかったけれど、後ろの端っこからじっくり眺めるつもりだ。

 

抑えた席の並ぶ列まできたところで、うなった。もう人がずらり並び、膝にかばんやポップコーンの箱を置いて座っている。

 

ひとりひとり、足を引っ込めてもらいながら、進まないといけないのか。

 

普段から押しが弱く、引っ込み思案なところがある誠は、ひるんだ。「迷惑かけられない」

 

せっかく抑えた席を、諦めた。ちょうど、シアタールームの後方にちょっとしたスペースがあり、そこから眺めることにした。ああ、今から2時間、立ち見かあ。きっついなあ。でも、仕方ない。すっかり映画鑑賞モードに入っている人たちを邪魔したくないし。

 

映画自体は、最高だった。とある惑星を舞台にした友情物語。星は違えど、やっぱり、大切にするものは同じなんだな。見てよかった。

 

エンドロールがきた。かちこちに固まったひざをほぐす。「今日はちょっと疲れちゃったかな」と苦笑しながら、群衆に紛れルームを後にした。

 

その少し後ろを歩いていた、一人の少女が隣の母親にささやいた。

 

「あのおじちゃん、席に入れなかったね」

 

少女は最後列の席から映画を眺めていた。誠が、ずっと立ちんぼをしていたのに、途中で気づいた。きっと、人を押しのけるのができなかったんだろうなあ。温かい性格の少女には、誠の気持ちが不思議と分かった。

 

「おじちゃん、優しい人なんだろうね」

 

少女のつぶやきに、若い母親はまなじりを下げた。「ほんとだね。おじちゃんの気持ちが分かるあなたも、優しいわ」

 

2人のさらに後ろで、一人の男がうつむき加減に歩いていた。人助けのヒーロー・ざんねんマン。実は母子と同じく最後列に座っていた。しかも中央の通路側。終始立ちんぼをしている誠に、結構はじめの方から気づいていた。

 

本当のことをいうと、席を譲りたかった。いたたまれなかった。でも、誠と同じく引っ込み思案で、ついに言い出せなかった。「あのおじさん、きつかっただろうな。かわいそうだったなあ」

 

押しの弱い、一人の男性の存在が、人知れず誰かのこころに優しさの種をまき、花開かせていた。

 

内気も、引っ込み思案も、必ずしもマイナスに考えるものではないのかもしれない。人を押しのけてまで、自分の権利を主張したくはない。そんなことを考えられる、人の気持ちを推し量れる性格は、それ自体が宝だといえるかもしれない。

 

帰り道、ざんねんマンはつぶやいた。「次、もし映画館の後ろで立ちんぼをしている人がいたら、最初から席を譲ろう」

 

まあほとんど目にすることのない場面に思いを巡らしながら、ヒーロー魂を燃やすのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

☆これまでの出動記録!いろんなことやった、やらかした☆