おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 第33話・怒りか幸せか(下)

 
「さあ、今日はまず物価問題から。最近の円安進行で輸入価格の上昇が止まりません。小麦などの食料からガソリンなどの燃料まで、いずれも値上がりで家計を圧迫しています」
 
よどみない口調でキャスターの細川が社会情勢を簡潔に説明する。「この物価高騰問題につきまして、志村首相は『現状を慎重に見極め、税の軽減なども熟慮しながら検討する』とコメントしました」
 
ふむふむ、今の世の中、そんなことになっているのか。このキャスターさん、よく勉強しているなあ。時事問題に疎いざんねんマンは思わずうなずいてしまった。
 
「それにしても、この志村首相の発言。方向性が見えるようで見えないと申しますか、中身のないコメントのようにも聞こえるのですが。どうですか、ざんねんマンさん」
 
眉間にしわを寄せた細川から、突然話題が振られてきた。
 
え、今ですか。ここですか。僕ですか。頭の中が、ポーと真っ白になった。
 
あ、そうですねえ、まあとにかく、そう不機嫌にならなくても。怒ってても幸せにはなれんですよぉ?
 
ざんねんマン、世相を切る役回りのはずが、目の前のキャスターを切ってしまった。
 
・・・沈痛の間が、3秒ほど続いた。
 
一瞬、キャスターのみけんに青筋が立ちかけたが、さすがはプロの意地。力づくで血圧を下げ、「そ、そうですね、冷静が一番ですね」と矛を収めた。
 
その後もキャスターとざんねんマンとの間に頓珍漢なやり取りが1時間ほど続いた。どれも、不機嫌そうに意見を求めるキャスターをざんねんマンが軽くたしなめる展開となった。
 
その日の放送が終わった。お通夜状態となったスタジオで、ディレクターの山崎は失敗したとばかりに「もう、こんでええわ」とざんねんマンを冷たく突き放した。
 
だからいわんこっちゃない。僕なんか、ダメダメ男なんですよ。ヒーロー業界の小物、小物中の小物なんですよ!
 
帰りのタクシーで、一人、愚痴りに愚痴った。あぁあ、僕はなんて気がきかないやつなんだ。ダメ男だ。
 
ニュース番組が終わる前から、ネット界隈は少し違った反応を見せ始めた。
 
「コメンテーターが世相じゃなくキャスターを切る!新しい展開」
「でも確かに、世の中のことを怒ってばっかじゃ幸せにはなれないよなあ」「ちっとは明るい面もみないと」
「あのおじさんが言ってたけど、『喜ぶ』という字の中に『吉(luck)』があるんだよなあ」
 
世の中の暗い面ばかりを見るのではなく、明るい面も見る。例え苦しい環境の中にあっても、希望のきざしを探すように努める。人を責めず、罪を責める。憎んだり怒ったり、文句を言ったりするだけで終わるのではなく、最後はみんなが喜び、笑い合える世の中にするための道を探る。その姿勢が、今の疲れた世の中には求められているのではないだろうか。
 
せっかくのコメンテーター職を1日で首になったざんねんマン、未練たらたらの日々がしばらく続いたが、ネット業界では新たなスタンスのニュース番組がいくつか誕生することになった。
 
しかめっ面で、ものものしく物申す従来型のテレビ番組と違い、視線を上に、常に明るく、やさしく。明日に、未来に希望が持てるような番組構成にしたところ、世の中の疲れたサラリーマンや子育て中の主婦らがこぞって視聴するようになった。
 
ネットの動きは地上波にも波及した。キー局やローカル局もそれまでの杓子常軌な報道姿勢をやや修正し、批判一辺倒、文句一辺倒のスタンスから脱却した。もちろん、不正は徹底的に糾弾したが、公平さを保つよう努めた。
 
スクリーンを挟んで、伝える側、受け取る側のそれぞれが、明日にわずかでも希望を持てるようなマインドに変わっていった。
 
小さいようで大きな変化。そのきっかけをもたらしたざんねんマンの存在を、残念ながらほとんどの人はあっという間に忘れてしまった。それでもよかった。なんたって、細川キャスターが、もう眉間にしわを寄せなくなっていたから。「せっかくの美人さんだもん。最後はキラキラな瞳と笑顔で見つめてくれないと、世の中のおじさんたちが元気もらえないよ」
 
おっさん臭をただよわすざんねんマンに、悲しくもヒーローの貫禄はみじんも漂わないのであった。
 
~終~
 

【ざんねんマンと行く】 第33話・怒りか幸せか(上)

プルルル
 
週末。夜9時。見知らぬ番号から着信が入った。まったく、ひと心地つこうかっていうときに、どなたですか。
 
人助けのヒーローことざんねんマン、口にしかけた缶ビールをちゃぶ台に戻すと、スマホに耳を当てた。はい、どなたですか。
 
「夜分にすみませんね。わたくしは〇〇テレビのディレクター、山崎と申します」
 
おおお、テレビの人でしたか。いなかっぺのざんねんマン、思わず興奮で声が裏返る。なにか、インタビューか何かの相談かな。うひょひょ。
 
目立つことにこのうえもない快感を覚える男だけに、ほっぺたはすでに緩み切っている。で、わたくしめに何の御用でございましょうか。
 
「あぁ、いえですね、弊社では毎晩ニュース番組を放送しておるのですが、ここだけの話、最近視聴率が低くって。ちょっと新しい風を吹き込みたいなと思っているところなんです。そこでですね、人助けのプロとして最近つとにご活躍中のざんねんマン様に、レギュラーのコメンテーターとして登場していただけないかと」
 
にゅ、ニュース番組と。コメンテーターと。しかも、レギュラーとな・・・
 
辛抱、たまらん。
 
華やかなステージをイメージしただけで、自尊心がこのうえないほどにくすぐられる。もう、とろけてしまいそうだ。
 
ええもう、私でよければ、ぜひ。
 
「ほんとですか!こちらのほうこそ、感謝感謝で。なんといってもざんねんマンさんは口が悪いと申しますか、歯に衣着せぬご発言で物議をかもす、いや、世相を抉り出しておられるとネット界の評判でいらっしゃいますからね」
 
山崎がいっているのは、以前瀬戸内で開かれたイベントでのワンシーンのことだった。とあるITベンチャーが開発した言語翻訳アプリを、ネット環境のない無人島で数日間過ごしてもらうという企画だったそこでざんねんマンは主催者の期待する答えとは裏腹のコメントをしてしまい、経営陣の逆鱗に触れてしまった。だが、その率直な意見がかえってアプリの確かな能力を裏付ける形になり、結果的にはそこそこの売れ行きを保証することになった。
 
ああ、あのことか。もう思い出したくないけど、まあ評価してくれたんなら、いっか。
 
何事においてもテンポが速いテレビ局、ざんねんマンの都合もたいして聞かず、「それじゃあ早速明日からいきましょうか」などと段取りを組んでいった。コメントのタイミング、その中身などについて質問しても、「あー大丈夫ですよ、キャスターがうまく料理しますから」といなされる始末だった。
 
あっという間に24時間が過ぎた。オンエアー5分前。緊張で額から汗がしたたるざんねんマンに、美人キャスターの細川は「硬くなるのは最初だけですよ」と励ましなのかおどしなのか分からない一言を掛けてくれた。
 
5・4・3・2・1
 
カウントダウンが、始まった。いよいよデビューだ。
 
~(下)に続く~明日出動!
 

【ざんねんマンと行く】 第33話・「マジで彼女がほしい」のに恥ずかしくって動けない男子の顛末(下)

(上)はこちらです~

 

彼女がほしくてたまらない青年は、ざんねんマンの適当とも投げやりとも思える提案を胸に、家路についた。

 

おじさんの言うとおり、たしかに今のままじゃ、彼女ゲットは難しそうだ。同世代の子を前にしたら、ドギマギして何もできない。とりあえずは、前後の世代で、練習だ!

 

青年は、今ふうの男の子ではなかったけれど、裏腹がなく、じいちゃんばあちゃんには好かれるタイプだった。

 

「練習練習」とばかりに、通っている学校のボランティアサークルに入った。地域の幼稚園や老人ホームに足を運び、レエクリエーションのスタッフをするのだ。

 

青年は子どものころからひょうきんなところがあり、天然のコメディアンのようなリアクションがちびっ子にウケた。「兄ちゃん兄ちゃ~ん」と足元に寄ってこられ、相手の仕方に困るほどだった。おめめのクリクリしたかわいらしいお嬢ちゃんもたくさんいた。当然、ドギマギすることもなかった。だって、ちびっ子だもの。邪心のない、澄んだ心に接し、青年は自分の心まで潤ってくるのを感じ、しあわせに浸った。

 

老人ホームでも、意外と歓迎された。青年は年配の人に対する尊敬の念を抱いて育った。おじいちゃんでも、おばあちゃんでも、その語るところには必ず学ぶところがあると無意識的に感じていた。じっと耳を傾ける姿勢は、車いすのおばあちゃんたちのハートに灯をつけた。「お兄ちゃんお兄ちゃん、こっちきて~」

 

呼ばれるままにかけつけ、ホストさながらに耳を傾け続けた。昔はさぞ美しかったのだろうと思わせる貴婦人もいらっしゃったが、緊張することはなかった。そのお顔には年齢にふさわしい分だけのしわが刻まれていた。リラックスして、いつしか年の離れた友達になることができた。

 

なんだ、女の子といったって、みんなおんなじじゃないか。

 

誰しも、かつては遊び心いっぱいのちびっ子だった。そして、いずれはしわのかわいいおばあちゃんになる。近づきがたい存在なんかじゃ、ないのかもしれない。

 

かぐわしい乙女の時代は、女性の奥深い人生の一幕にしか過ぎないのだろう。

 

青年は、くぐもっていた視界の向こうにようやく青い空が見えたような気がした。

 

そこからは、少しずつ状況が変わっていった。学校で、バイトで、同世代の女の子と話すことがあっても、以前ほど固くなることはなくなった。この子だって、ちょっと前までいたずら心いっぱいのちびっ子だったんだ。あの匂いたつ美貌の先輩だって、いずれはグレーヘアーの愛嬌あふれるおばあちゃんになるんだろう。

 

緊張することなんか、ないんだ。

 

気持ちにゆとりが生まれたことで、青年は同世代の女の子と少しずつながら話せるようになった。

 

やった、もう少しだ、もう少しで念願の『彼女』が、できるぞ!

 

数か月たち、しかし青年の宿願はまだ成就されていなかった。

 

なぜだ。なぜなんだ。

 

再び、あのしがないおじさんの下を訪ねた。「僕の一体、何がいけないんでしょうか」

 

しばしの沈黙の後、人助けのヒーローは口を開いた。

 

青年よ、まずは足元から見つめ直さないとね。

 

手鏡を向けられた。青年は気付いた。髭、そってないや・・・

 

身だしなみ!それから、自分磨き!それやってないと、ぜってー彼女、できないから!

 

ざんねんマンに喝を入れられ、青年はハッとした表情を見せた。「そりゃ、そうですよね!だよなー俺!自分磨き、自分磨き!これだぁ~」

 

青年は最後の難関に挑まんとばかりに、全身を震わせ再び秋風の中へ駆け出していった。

 

頑張れ、青年。あとは自分の努力次第だ。

 

今日もなんとか人助けをこなしたざんねんマン。軽やかな気持ちで大空を見上げると、既に小粒ほどに遠ざかった青年に向かって叫んだ。

 

彼女できたら、友達紹介してくれよ~!


~お読みくださり、ありがとうございました~

 

 

【ざんねんマンと行く】 第33話・「マジで彼女がほしい」のに恥ずかしくって動けない男子の顛末(上)

コンコン

 

週末の午後。アパートの玄関をたたく音があった。さてさて、今日はどんなお客さんですかな。

 

人助けのヒーローこと、ざんねんマン。昼飯のカップラーメンをズズーと勢いよくすすり上げると、音の方へ向かった。

 

「突然、すいません、僕、ご相談がありまして・・」

 

見たところ二十歳前後。学生かな。少しおどおどしている。そんな緊張しなくていいのに。

 

まあまあ、私なんかに気を使うこともありませんよ。とりあえず中へどうぞ。

 

一人暮らしの中年おっさんが、散らかっているリビングルームへと案内する。青年はややこわ張った面持ちで「お邪魔します」とつぶやき、ざんねんマンの差し出した座布団に腰を降ろした。

 

ただ、なんとも殺風景な部屋に心ほだされるものがあったか、青年は少しずつ、語り始めた。

 

「僕、生まれてからずっと『彼女』がいないんです。たしかに僕は、ださいです。見た目も、しょぼいです。でも、やっぱ生まれたからには、ちょっとその、女の子とお茶したりとか、一緒に映画見に行ったりとか、したいんです」

 

ふむふむ、つまりは「青春、したい!」と。そして、この私に「助けてほしい!」と。

 

ポイントを突かれ、青年の瞳は驚きと感動の色で染まった。「そうなんです!人助けのヒーローさん、なんとか僕を『男』にしてください!」

 

こんなしがない小粒ヒーローでも、頼ってくださるのは嬉しいですよ。本当にね。ありがとう。ただね、実は私も、彼女ができたこと、なくってね。てへへ・・・

 

おっと・・

 

青年の表情は、とたんに不安と落胆に変わった。このおじさん、頼りなさそうだぞ。

 

「じゃ、いいでs・・」

 

腰を上げようとしたところを、ざんねんマンが必死に押しとどめた。まあまあお兄さん、そんな早く見切り付けないで。こっちも一応、人助け稼業でやらせてもらってますんでね。ちょいとその、彼女できないっていう訳について、話してもらえますか。

 

青年は、やや投げやりな口調で語りだした。僕はどうも、同世代の女の子を前にすると緊張してしまう。お化粧してる子なんか、もう眩しくって目を見きれない。まぶしい。神々しい。もう、ドキドキしてどうしようもなくなる。普通に話、できない。だから、いつまでたっても一人のままなんだ。

 

純朴な青年の告白に、ざんねんマンはほおを緩めた。いやあ青年、あなたの気持ちは分かりますよ。青春とはそういうもんじゃないですか。実にピュアで、センチで、すばらしい。

 

「すばらしいだけじゃ、彼女はできないんだっ!」

 

青年が叫んだ。

 

極まるものがあったか、さらに続けた。「もっといったら、本当は『モテたい』んだ!」

 

モテたい、とな。

 

ざんねんマン、ここで初めて首をひねった。お兄さん、ひょっとして、理想が高すぎるんじゃ、ありませんか?彼女ほしいだの、モテたいだの。願望高すぎて、身動きとれなくなってるんじゃ・・

 

「んなこた、なーい!」

 

青年はだんだんと勢いづいてきた。おおー、言いよりますなあ、いいでしょういいでしょう、こっちもじゃあねえ、言わせてもらいますよ。

 

正直に言いましょう。お兄さんね、今のままですぐ彼女はできませんよ。だって、面と向かって話ができないんでしょ?だったらね、ちょっと視点ずらしてみたらいいんじゃないですか。

 

「視点をずらす、って・・・」

 

あれですよ。見る先を変えるんですよ。年下とか、年上とか。ちびっ子とか、おばあちゃんとか。

 

「僕は、RリでもMコンでも、なーい!」

 

青年がいきり立った。いやいや、そういう意味じゃないんですよ。同世代が見れないんでしょ。だったら、とりあえず前後の人たちと話をしてみたらいいじゃないですか。練習ですよ練習。女性と話す、ね。

 

むう・・

 

青年はしばし沈黙した。どうせこのままうじうじしていても前進はなさそうだ。いっちょ、やってみるか。

 

「おじさんの言っていることはなんだか適当なかんじがしないでもないけど、とりあえずまあ、参考にはしてみるよ」

 

青年は落胆の中にも一種の光明らしきものを見出したようだった。玄関を静かに開けると、「じゃね」と言い残し、秋風の中に消えていった。

 

青年の大冒険が始まるとは、人助けのヒーローもこのとき、思いもしないのだった。

 

~(下)に続く~

【ざんねんマンと行く】 ~第32話・「ニーター」なる新しい暮らしのスタイルが出現~

「息子が働かんのです」

 

メールに目を通すと、つぶやいた。「手ごわい案件かもしれないな」

 

人助けのヒーローこと、ざんねんマンの元に届いたのは、70代男性からのメール。40代になる独身の息子が会社を辞め、そのまま自宅に引きこもり状態になっているらしい。私もいつまで面倒をみられるか分からない。どうか、定職を持つように働きかけてくれないか。メッセージから、重苦しい雰囲気が伝わってくる。

 

「わざわざお越しくだすって」


親子が暮らす、小田原の一軒家。玄関のドアを開けた父親の声は、心労でかすれているように聞こえた。ヒーローの姿に安心したのか、ためこんでいた苦悩が言葉を伴ってあふれ出てくる。

 

「まじめで親孝行の息子だったんです。なんでこうなったのか・・・」

 

息子のいた会社は、業界ではそこそこ名の知られたお堅い会社だった。ただ、どこの組織もそうだが、そりの合わない上司はいるし、理不尽な扱いを受けることもたびたびあったようだ。息子は根がまじめで控えめなところがあり、組織の闇との距離のとり方に苦労し、心が悲鳴を挙げたようだった。

 

「どこでもいい、早くまた働きに出て、社会復帰してもらいたいんです」

 

父親の思いは切実だった。だが、ざんねんマンは小首をかしげた。「働きに出るっていいますけど、無理強いできるもんじゃないですしね・・」

 

その通りだ。それはわかっている。だからこそ、こうしてヒーローにお願いしているのだ。「仕事に出なきゃ、人間は暮らしていけないでしょうが。いつまでもニートってわけにはいかない」

 

親に説教を食らった気分のざんねんマン、ここで思わず反撃の挙に出た。「働くって、定職につくことだけなんですかねえ。要は生活費をまかなえればいいんでしょ?ネットで通販したり、ブロガー稼業で小銭を稼いでいる人だって、結構いますよ。もうね、『会社勤め』にこだわる時代じゃないと思うんですけど」

 

外の世界に出ないと、社会に触れあえないーという考えも、過去のものになろうとしている。今はネットで世界中の人とこころの交流ができる。それこそ、容姿とか人種とか収入とか、関係ない。文字、イラスト、音声なんかを通じて、現実社会よりはるかに純粋で真摯なやりとりができるのだ。

 

「じゃあ、息子はどうしたら・・・」

 

私がお父様だったら、こう言いますよ。「なんならネットで、生活費稼ごうや」って。

 

「なんと品のない言葉」と興ざめした様子の父親に、ざんねんマンは畳みかけた。「稼いでなんぼって、お父さん、言うたやないですか」

 

何も怪しい商売をすすめるわけじゃない。今の心の状態、悩み、不安、そういうものを、オンラインで言葉にして吐き出したらいいんだ。このご時世、引きこもりがちな人はたくさんいる。当事者としての投稿は、同じような環境下にある無数の人々にとって、心の支えになる可能性がある。

 

「私と同じように悩み、苦しんでいる人がいる」と知ることで、読んだ人が孤独から解放されるかもしれないのだ。

 

「で、どうやったら金稼ぎが」

 

乗り気になっている父親に、ざんねんマンが知恵を伝授する。まずはブログを開設すること。で、書き続けること。やがて注目されれば、電子版でも書籍化の話が舞いこむかもしれない。あと、たまにお気に入りのグッズや本を紹介すること。広告をクリックする人がいたら、収入につながりまっせ 

 

実現してもいない願望を恍惚の表情で語るざんねんマンに、父親も少し希望をわけてもらったようだ。「よし、息子と一緒に、がんばってみよう」

 

息子の几帳面な性分と、きめ細かな表現が求められるネットの世界は波長が合った。心の葛藤を赤裸々に、しかし読み手の心象を害しない品の良さを伴って描いていく文章は、ファンを徐々に掘り起こしていった。

 

うちの息子は、ニートじゃない。わずかだが、日銭も稼ぎだした。収入こそ安定してないけど、しっかりと自分の足で生きている。いわばフリーターとのあいのこ、名付けて「ニーター」だ。

 

数年後。息子はいっぱしの物書きとして世に知られるほど成長した。以前と変わらず引きこもりがちな生活を続けているが、同居する父親の目には自信があふれていた。

 

息子はもはや、ニーターでもない。しっかりと生活基盤を整えたニート界の頂点、「ニーテスト」なのだ。

 

形容詞の比較級、最上級のような名称は、やがて社会にも広まりだした。

 

「額に汗して働くだけが、仕事じゃない」。

 

息苦しかった世の中が、少し生きやすくなった、そう感じる人が増えていった。

 

難題を乗り越える手助けをしたざんねんマン。初代ニーテストの活躍をネットニュースで眺めながら「僕も後に続くぞ」と商魂たくましくブログ投稿にいそしむのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

【ざんねんマンと行く】 ~第32話・おっぴろげマンとの激闘(下)~

(中)はこちらです

 

ひとの考えていることを読み取り、そのまま声にしてしまう迷惑怪人・おっぴろげマン。首相官邸に現れ、やりたい放題の大暴れをしていたが、SOSで駆け付けたざんねんマンの逆襲を受けてだんだんと勢いを失いかけていた。

 

感情の激流に身を任せちゃダメだ。「今」に集中するんだ!

 

おっぴろげマンなんか、めじゃないんだから!

 

ざんねんマンのアドバイスを受けた首相補佐官の矢部は、まずは自分の心中がぼやきで荒れ狂うのを何とか抑えていった。これか。

 

おっぴろげマンはすっかり暇そうだ。やる気をなくした様子の怪人をほったらかし、矢部は報道陣をすぐさま集めた。彼らに撃退法を広く発信してもらおう。

 

これより、「おっぴろげマン・駆除作戦」に移行する!



矢部は、自分がつかんだ対処法をその場で記者団に説明した。悪感情が心の中で浮かんだら、「・・と私は今思った」とすぐさま気づくこと。我に返ること。妄想の連鎖の根を絶つこと。

 


報道陣の一人一人が、真剣な表情で矢部の説明に聞き入った。


気づくとおっぴろげマンの姿があった。また悪さしようってか!まったく、いまいましい怪人だ。


「本当にそんな方法で撃退できるんだろうか」

「ああお腹すいた、パフェ食べたい、こんな面倒くさい仕事、やめたいわ」

 

「・・と私は、思った・・

 


報道陣の心のぼやき声は、その後も散発的に聞かれたが、気づきの声が続き始め、やがてぼやきは勢いを失った。

 

これなら、いけそうだ。

 

成果を試した後、矢部から進言を受けた山田首相も自らテレビ会見でお茶の間に撃退法を伝えることにした。全国民への中継だ!



傍らに、またあの面倒怪人が近寄ってきた。もう、負けは、せん!

 

山田首相の脚は、しかし、少し震えているように見えた。早速、おっぴろげマンのジャブが始まった。

 

「失敗したらどうしよう・・」

「そうなったら内閣総辞職間違いなしだな・・」

「思えば短命内閣だった・・」

「辞める前にあの憎々しい年配記者に悪態ついてやる・・」

 

こっぱずかしいセリフはどれも、今、首相が心中でつぶやいていたことだった。

 

だが、もはや山田首相はひるまなかった。



「・・と私はたしかに思いましたっ!はいっ!」

 

逃げも隠れも、しなかった。

 

「ですが、それまで!ボヤキも妄想も、そこでストップ!私なんか、所詮しがないおっさんなんです。もうどう思われたっていいんだ。そんなことより、私は国民のみなさんを救いたい」

 

首相の熱のこもったコメントは、ブラウン管越しに眺める国民に響いたようだった。


その効果は少しずつ広がっていったようだった。家庭内で、奥さんの不機嫌な表情が少しばかり和らいだ。職場で、ガミガミ上司がちょっとばかり間をおいて諭すようになった。みんなが感情の激流からほんの少しだが身を引き揚げたことで、世の中の張り詰めた空気が潤いを帯びるようになった。

 

世の中を震撼させた不世出のダークヒーローも、いつしか活動の舞台を奪われ、気づくと姿をぱったりと消していた。まるでパソコンの電源をオフにしたかのように。

 

あの怪人はいったい、何者だったのか。

 

学者や政府は、男が出現した背景についていろいろと推測を重ねた。明確な経緯は分からなかったものの、その言動は「まるでネット社会にあふれる罵詈雑言を生き写しにしたかのようだ」との指摘が相次いだ。



愚痴や不満、あることないことの中傷を、ネットという素性の分からぬ仮想空間にぶつける。そこで渦巻く怨念が、おっぴろげマンという肉体をまとって世に現れたのかもしれない。



笑顔の下に淀んだ感情をため込んでいると、どこかでそれが爆発し、人を傷つけるだけでなく自らをもむしばんでしまう。そのことを、一見たちのわるいダークヒーローが教えてくれたのかもしれなかった。



首相官邸からは、ざんねんマンに感謝状が贈られた。



手渡してくれたのは補佐官の矢部。

 

「あんたは頼りない男だと思っていたけど、最後はきっちり仕事をこなしてくれたね。さすがだよ」

 


おっぴろげマンなき今、気にする必要もなかったが、矢部は続けた。「言っとくけど、今言ったのは本音だからな。あんたはよくやった。見かけよりはいい仕事した」



世の中が混乱から立ち直る手助けをしたざんねんマン。心地よい疲労を感じながら缶ビールをプシューとやった。ふう、仕事の後の一杯は本当においしいなあ。



少しだけ不満に思った。ほめてくれるときぐらいは、多少盛ったっていいよ。







~お読みくださり、ありがとうございました~

【ざんねんマンと行く】 ~第32話・おっぴろげマンとの激闘(中)~

(上)はこちらになります(3分で読めます)~

 

人の心の声を読み抜き、言葉にしてしまう迷惑怪人・おっぴろげマン。総理官邸まで荒らしにきた迷惑男を退治せんべく、人助けのヒーローこと「ざんねんマン」が立ち向かった。

 

・・・

 

とはいっても、必殺技があるわけじゃない。なんといっても、この迷惑怪人に小細工は通用しない。考えてることが全部伝わってしまうからだ。しかも言葉にされちゃったら、恥ずかしいよ。

 数秒おいて、律儀にもおっぴろげマンがざんねんマンの心の声をリピートしてくれた。

 

「・・・しかも言葉にされちゃったら、恥ずかしいよ」。

 

まったく、面倒なのを相手にしたもんだ。



おっぴろげマンは楽しくて仕方がないかのように、今度は傍らの首相補佐官・矢部のもとに寄った。

「ったく、全然頼りにならないじゃないか、このざんねんマンとかいうおっさん!こんなことなら高いお金出してアメリカのスーパーヒーロー・バッ〇マンでも頼んでおくべきだったか。あー今日も残業で遅くなりそうだ」

 

矢部の心のボヤキを、実に情感豊かに語り上げてくれるのであった。



 愚痴が愚痴を生む様子が実によくわかる。それにしても、何も隠せない。味方同士の間に、亀裂がピキピキと入るのはこうもたやすいものか。



人の世は濃淡こそあれ、どこもこのようなものなのかもしれない。うわべは世辞で取り繕い、ときとして肚の底で悪態をつきがちだ。心の底に抱えたねたみ、そねみ、怒り、嫉妬、そのような負の感情に、ときとして身をゆだねてしまいたくなる。

 

だが、そうした醜いこころが積み重なると、言葉として形をまとい、やがて根を張り始める。そうなったらもう、おっぴろげマンのやりたい放題だ。



 負の感情が沸いてきた瞬間が、勝負だ。



ざんねんマンは矢部にお願いした。矢部さん、僕のことは味噌っかすのように言ってくれて、考えてくれて大丈夫です。その代わりに、僕のことを「頼りない」「ふがいない」「ださい」と思った瞬間に、「・・と今俺は思った」と一息入れてみてください。



感情は重いものほど引力が強いのか、芋づる式に新たな負の感情を呼び起こしがちだ。負の連鎖にくさびを打ち込むことが大切だ。感情という川の流れからいったん自らのからだを引き上げるのだ。



矢部は自信なげに応えた。「わ、分かったよ・・。どうせ俺の気持ちなんかマントのおっさんに全部中継されちゃうんだから、隠さないよ。それにしても、ほんとうにあんたは信頼できるんだろうか、頼りない・・」



不安、愚痴が心の中でも言葉の上でも連鎖しかけた、その瞬間だった。矢部は思い直したように息を止めた。「・・と、俺は今思った



 感情の激流に飲み込まれかけた自身の姿を、客観的にとらえ直せた。わずか一瞬ではあったが、目が覚めた。


その後も、何度も流れに飲み込まれた。だが、その都度間をおいて身を引き上げ、悪感情が負の連鎖を生み出すのを食い止めた。



 やがて、おっぴろげマンのコメントが少なくなっていった。



「ざんねんマンは、頼りない・・」

「と俺は今、考えた・・」

「やっぱり信用できないかもしれない、不安だな・・」

「と俺は今、考えた」



おっぴろげマンの声色から、先ほどの元気さが失われていた。どうも、つまらなさそうだ。



愚痴や悪態が沸き上がること自体は食い止めづらくても、その後の暴発を抑えることは不可能ではない。感情をじっくり見つめる手法は、伝統仏教の世界で「観察」「ヴィパッサナー」と呼ばれる。地味だが人の意識を悪感情の泥沼から引きずり上げてくれるシンプルな行為は、おっぴろげマンという希代のダークヒーローから活躍の場を奪うことにつながった。



すっかりやる気をなくした様子のおっぴろげマンをほったらかし、矢部は報道陣をすぐさま集めた。対処方法を伝えるためだ。

 

ここから、「おっぴろげマン・駆除作戦」に移行する!



~(下)に続く~

週末出動!

【ざんねんマンと行く】 ~第32話・おっぴろげマンとの激闘(上)~

プルルルル

朝からスマホが鳴りやまない。人助けのヒーロー・ざんねんマン、かつて体験したことのない緊急コールの多さに、ただならぬ異変を感じた。

何かが、起きている。

電話の主はさまざまだった。テレビ局関係者、中堅メーカーの管理職、一般家庭の主婦・・。ついには首相官邸からも悲壮な声で出動要請が入った。

先ほどの首相会見で、図らずも問題が露呈した。山田首相が記者会見に臨んでいたところ、ある新聞社のベテラン記者が鋭い質問を寄せた。「通貨安が急激に進行しております。政府の対策は。この問題につきまして、首相のリーダーシップがよく見えないのですが」

山田首相はあらかじめ用意したレジュメに視線を落とした。「えぇ、政府といたしましては、過度な為替変動は望ましいものではないとみておりますが・・・」

そこに記者が追撃を浴びせた。「首相、ペーパーに頼るのではなく、ご自身の言葉を!」

山田首相の額にうっすらと青筋が立った。そのときだった。傍らにふわりとマント姿の中年男が降り立ち、愉快げに言い放ったのだ。

「この憎々しいおっさん記者め。ネチネチ嫌な質問してきよってからに。顔に似合わず美人な奥さんつかまえてるところが余計に腹立つわぁ。あ~、しかもこやつの奥さん、僕の大好きな女優の〇〇さんに似てるんだよなあ、タイプなんだよなあ。憎いやら羨ましいやら、まったく」

それはまさに、山田首相がこの瞬間、心の内でつぶやいていたことだった。隣のマント男に、ものの見事に見抜かれていた。

あっけにとられる報道陣に対して、頬を紅潮させて照れを必死に隠そうとする山田首相。勘の鋭い記者連中は、間を置かず現在進行している出来事の重みを察した。

こいつは危ない存在だ

身構えたベテラン記者のそばに、マント男がスタスタと駆け寄った。周りに聞こえるように、叫んだ。

「やばい、昨日嫁さんに隠れて高級焼酎の瓶を買ったのがばれたら大変だぁ」

遅かった。記者の心中もマント男に読み抜かれてしまった。男の秘密はライブ中継中のテレビカメラを通じ、日本中のお茶の間に伝わってしまった。

あっという間に会見場は喧噪の空間と化した。記者も政府関係者も関係ない。僕の私の、心の声をばれたらたまらないぞ。

蜘蛛の子を散らすように会場から離れていく群衆に向かい、マント男は高らかに叫んだ。

「おいらの名は、おっぴろげマン!なんでもかんでも、みんなの考えてること、おっぴろげちゃうよ~ん!」

人の心を読み、言葉にしてしまう。特殊な能力を持った一人の男が、世の中を突如として混乱に陥れることになった。

テレビ局では、料理番組の収録現場におっぴろげマンが現れ、「うまいうまい」と満面の笑みを浮かべる芸人の隣で「苦行以外の何物でもない」と冷めた声で言い放った。料理をふるまっていた自称・料理得意なタレントは、キッチンの前で石像のように固まってしまった

田舎の中小企業にもやってきた。上司の小言に頭を下げ続ける若手社員のそばで「あーうるさいなこのガミガミおやじ!意外と家では奥さんの尻に敷かれて頭上がらないタイプなんだろうな、ストレスを会社にぶつけてくるんじゃないよこのだみ声野郎!」

秩序も何もあったもんじゃない。このままマント男に暴れまわられたら、世の中が回らない。なんとかしなければー。そこで白羽の矢が立ったのが、ざんねんマンなのであった。

今のところ、人助けのミッション完遂率・100%。この男に、世の中の命運を託すしかない。

電話を受けるや、空を翔け早速官邸に到着。首相補佐官より正式に要請を受けた。

だが、皮肉というべきか、その場にもあの男がやってきた。補佐官である矢部の隣に立つと、こうつぶやいた。「こんな風采のあがらぬおっさんに頼んで大丈夫なんだろうか」

矢部の心の声を聴てしまったざんねんマン、繊細なハートが少なからず傷ついてしまった。

だが、こんなことでひるんではいけない。僕は人助けのヒーローなんだ。頼りないといわれても、冴えないといわれても、構わない。僕は僕なりに、世の中を守り助けるんだ!

決闘のチャンスが、図らずもいきなりやってきた。この機を逃すわけにはいかないぞ。ざんねんマン、官邸スタッフに「ドア、全部閉めて!」と叫んだ。ここからは、一対一の大勝負だ!

~(中)に続く~

【ざんねんマンと行く】 第31話・真・terminator

ダダッ・ダッ・ダダッ

 

聞き覚えのある効果音で目が覚めた。深夜、寝息を立てていた人助けのヒーロー・ざんねんマンは、布団をめくると周囲をじっくり見渡した。

 

誰か、いる。

 

六畳一間の隅に、確かな人影をみとめた。先日も真夜中に落ち武者のお化けとやりあったばかりなのに。今度は誰だよう。電気をパチリとつけた。

 

真っ裸のマッチョ男が、しゃがんでいる。

 

映画で見た通りの恰好だ。思わずあの言葉が口をついて出る。「あなたは、まさか、ターミネー・・」

 

「shut your mouth!」

 

言い終わらないうちに、マッチョ男が口元をふさいできた。畳に身を伏せ、慎重に周囲を見渡している。周囲に気づかれるとまずいかのように。醸し出す雰囲気は、大物そのもの。ただ、どこか気取った感じがしなくもない。

 

あーもう、もったいぶって。そうですか、そっちの世界からきたんですか。で、どうしましたか。

 

畳にどっかとあぐらをかき、耳を傾けていると、マッチョが口を開いた。

 

お気づきの通り、私は未来からきたロボットです。いわゆるAI(人工頭脳)。22世紀のある日、IT系の多国籍企業が開発し、誕生しました。私と同じプログラムで生まれた兄妹も多い。みんな、工場や一般家庭で人間のために仕えています。私たちの誕生から1年がたちますが、平和にやっていますよ。

 

「映画で見たのとだいぶ違うなあ」

 

ざんねんマンのつぶやきを聞くや、マッチョはよくぞ聞いてくれたとばかりに身を乗り出した。

 

そうなんです。映画ではロボットが覚醒して人間を襲うストーリーになっているけれど、逆なんです。私たちは人間と違って食べ物もいらないし、病気とも無縁。人間を襲う理由がありません。私たちにとっては、こうやって「心」を持てたこと自体が喜びなんです。普通にお勤めを果たしているだけで、満足なんです。なのに、私たちが幸せそうにしている様子が、人間たちにとっては許せなくなってきたのでしょう。だんだん、いやがらせを受けるようになりました。

 

ロボットセンサーに、ガムテープを張られたりするのは日常茶飯事。ご主人様は、目の前でクラフトビールをグビグビやって、「うまいぞう、うまいぞう~」と私をうらやましがらせようとする。もう、いっこいっこ相手するのが、面倒になりました。いい加減に、こんな世の中からおさらばしたい。だから、人助けのヒーローに、かくまってほしいんです。

 

こりゃまた、面倒な相談がきたもんだ。

 

腕を組み、思案した。彼ら、処理能力は圧倒的に高いんだろうけど、感情のほうはどうだろう。生まれてからまだ1年。赤ちゃんみたいなもんだ。こころは一足飛びに発達しない。外部の人との交流を通して、成長していくものだろう。いろいろ、試せることがあるはずだ。

 

「あなた、人間に『突っ込み』を入れたことが、ありますか」

 

ざんねんマンの問いに、マッチョは目を丸くした。

 

「突っ込み」とは、相手のおばかな勘違いなどをビシッと正し、笑いに変えてしまうコメディの技だ。息の合った2人のやりとりが、周りを爆笑と幸せの世界に引き込むのだ。

 

「ふむぅ・・」

 

マッチョ男、生まれてからの半生を振り返った。これまで、人間に言われるままに従ってきた。口答えなんか、したことなかった。それでいいと思っていた。でも、それだけじゃあ人間との間に本当の絆は生まれないのかもしれない。

 

一方通行ではない、互いにやりとりする「掛け合い」の関係こそ、絆の本質なのかもしれない。

 

胸にストンと落ちるものがあったか、マッチョ男はうんと大きくうなずいた。「私、あっちの世界に戻ります!」

 

心境の変化を探りかねたざんねんマン、驚きながらも「お、おう。」と旅立ちを祝した。男の周囲を光が包む。ひょいと現れたタイムマシンに、男が乗り込んだ。ありがとう、ざんねんマン!

 

そして、あのセリフをつぶやいた。「I'll be back」

 

すかさず、ざんねんマンが返す。「こっちか~い!」

 

・・

 

間があって、男が答えた。 「冗談やで。おっさん」

 

マッチョが初めて、突っ込みを入れた。ざんねんマン、思わずニヤけた。

 

今、二人の心がしっかりとつながった。

 

男はその後、二度と姿を現さなかった。まさか、22世紀の世界でロボットが突っ込み芸を磨き上げ、人間とともにお笑い大会に出場する大連携時代になっていようとは、思いもかけないのであった。

 

未来のロボットと人間を救ったヒーロー。果たした仕事の重さに気づくこともなく、「やっぱ僕のお笑いセンスはすごい」と一人悦に入るのがちょっぴり残念なのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

【ざんねんマンと行く】 第30話・SNSで孤独をつぶやく少女に面する~

「私はひとり」

短い言葉が、やけに気に掛かった。

国際交流を目的にした、とあるSNS上の投稿だ。一つのメッセージは、続々とアップされる無数の投稿の下に埋もれてゆく。日記、エッセイなど多彩な文体がタイムラインを彩る中、わずか一文で終わる投稿は少なく、目立たない。ただその言葉には、投稿者の深い憂いを感じさせる何かがあった。

目をとめたのは、人助けのヒーロー・ざんねんマン。最近では活躍の場を広げようとネット上のパトロール(ネットサーフィンではない)をしている。

文面から察するに、どうも投稿者は寂しいようだ。気になるなあ。元気になってほしいなあ。

純粋というか、単純というか、人は悪くないざんねんマン、それほどためらうこともなく投稿者に「こんにちは」とメッセージを送った。変な人だと思われると嫌だなあ、もう少し書いてみよう。「2022年になりましたね、お互い良い1年になるといいですね」

素朴さが通じたか、ややあって返信がきた。「こんにちは。メッセージありがとう」

やった。相手さんは元気そうだ。雑談で相手さんの気晴らしになったらいいなあ。「いやー寒くなりましたね、風邪ひかないようにしましょうね」

「お気遣いありがとう」

リラックスしてくれたかな。話すネタを考えていると、再びメッセージが届いた。「どちらの方ですか?」

私ですか。私は東京に住んでおります。もともとは九州の出身なんですが、成人してからはこっちが長いですね。

「差し支えなければ、どんなお仕事をされているんですか?」

ここで、ざんねんマンの虚栄心がくすぐられた。わ、わたしですか。え、エッヘン。私はその、「人助けのヒーロー」です。

・・・・

「そのジョーク、素敵」

ネタ扱いされてしまった。ちょっと肩を落とすが、考え直すとそりゃあ当然だ。どこの世界に「僕はヒーローです」なんて自己紹介する奴がいるか。それにこの際、僕のことなんてどうでもいい。この投稿者さんが、元気になってくれたらいいんだ。

「いやー僕も、仕事は大変、生活はかつかつですよ。休日はひたすら自宅で一人、ネット番組見てますよ~」

軽いノリが会話に弾みをつけた。「私も仕事が忙しくて。一人で過ごすことが多いんです。なんだか日がたつのが早く感じます」

やがて投稿の件に話が及んだ。「あの文章が気になったんでしょ。大丈夫ですよ。ただ、ふと気持ちを字にしたくって」

そういうときって、あるよなあ。僕も、人助けで出動して、失敗して、落ち込んで帰ってくること多いし。「みんな、感じることは同じなんだと思いました」

よくよく考えれば、あの文章は、僕自身の気持ちを代弁したものだったのかもしれない。生きていて、孤独を感じることは少なくない。悩み、苦しみを、そっくりそのまま理解してくれるなんて人は、そうそういない。家族はいても、心配を掛けさせたくない。悩みを素直に言える相手なんて、人生に何人いるか。決して生きやすいとはいえない人の世の悩みを、あの短い一文が見事に表現していた。

投稿には、世界各地から10以上の「いいね!」マークが押されていた。投稿者と思いを同じくする人たちが、確かに存在することの証だった。

人生で抱く悩みには、答えのないものも多い。もがき、自信を失い、いつしか目線は下を向きがちだ。出口の見えない心の旅路で、こうして憂いを文字として吐き出すことにどれほどの価値があるか、疑念を抱かざるをえなくなるかもしれない。だが、一ついえることがある。それは、こうした投稿が、同じように悩み苦しむ人たちに一種の安らぎを与えるということだ。

悩んでいるのは、私だけじゃなかったんだ。

ざんねんマンはつづった。「僕のほうが、あの投稿に気持ちが救われた気がします」

投稿者から、「なんだか恥ずかしい」と照れ屋さんマークが返ってきた。「心配しないでね、大丈夫だから」とも。ざんねんマンも照れた。元気になってくれたみたいだ。よかった。

そろそろ、お別れのメッセージをーと思っていたところ、追加の一文が届いた。

「それはそうと、あなたはどんなお仕事をされているの?」

また、きたか。だからその、「僕は人助けのヒーローです」

しばしの間があった。「真面目に質問しているのに、どこまでふざけているんですか!」

怒りを買ってしまった。メッセージはその後、途絶えてしまった。最後の最後で、残念な結果に終わってしまった。

とまれ、相手はどうやら元気を取り戻してくれたようだ。これからも「いいね!」ボタンで応援し続けよう。

オンラインで初の出動をしたざんねんマン、淹れたてのコーヒーをすすりながら「今度から仕事は『証券マン』ぐらいにしとくかぁ」と妄想を膨らませるのであった。

 

【ざんねんマンと行く】 ~第29話・幽霊だって悩みを抱えている~

くるしい・・・

 

胸を押さえつけるような感覚に襲われ、思わず目を開けた。

 

草木も眠る、丑三つ時。人助けのヒーローこと「ざんねんマン」は、頭からかぶっていた布団をちょっとだけめくると、恐る恐る天井を見上げた。

 

めちゃくちゃ、目が合った。

 

ボロボロの鎧をまとった、長髪のおじさんが浮いている。目は血走り、ざんねんマンをギロリとにらみつけている。

 

額も頬も血で染まり、いかめしい鎧も肩や胴の部分が裂けている。刀で切られたのだろう。幽霊だ。しかも、かなり昔の。たぶん、お侍さんだろう。

 

よりによって、なんで僕のところに。

 

泣き出したい気持ちを抑え、なんとかやりとりを試みる。すいません、あの、何かご用でしょうか・・・

 

「なんと申す!拙者は○○国の地侍山田太郎左衛門でござる!おぬしは招かれざる客なり、去るがよい!!」

 

どうもアパートからの退去を求めているようだ。んな無茶な。ここは僕がもう十数年前から借りている部屋なんです。いくら怖いお侍さんでも、聞けませんよ。

 

落ち武者の両眼が憤怒の色で燃え立った。

 

瞳の向こうに、在りし日の侍の姿が映った。戦国時代、一介の百姓から身を起こし、自慢の武芸で地元の殿様に引き立てられたようだ。縦横無尽に戦地を駆け巡ったらしい。が、たった一度だけ、不覚を取った。平原の戦(いくさ)で、味方からはぐれた一瞬を襲われた。一国一城の主になるという夢は、あえなく散った。

 

やり残したことが、多かった。この世への執着は、やがて怨霊という形をまとった。そのために、21世紀に至ってもいまだに旧領の辺りを徘徊しているのであった。

 

お化けといえども、腰を据える場所が必要だ。アパートが建てられるたびに一室に棲み着いたものだ。が、住人に忌み嫌われ、まもなく依頼を受けた霊媒師から撃退されてしまう。仕方なく別の棲み家へと移るのだが、やがてまた別の霊媒師から締め出される。こうした悪循環の繰り返しで、落ち武者の霊は終わることのない流浪の旅を強いられているのであった。

 

「それゆえに、拙者は譲れぬ。おぬしから、立ち去れいっ!さもなくば・・」

 

先が折れ、血の滴った刀を、今にも鞘(さや)から引き抜かんという気迫ですごむ。ざんねんマン、大ピンチ!

 

これまでの経験でいえば、いったんは住民が引き下がっていた。怨霊を恐れて立ち退いてくれることもある。霊媒師にすがるにしても、しばらくは日を稼げる。この男もきっと逃げ出すじゃろう・・

 

「そんなこといっても、できないものはできません!」

 

それまで食らったことのない、力強い反発に、落ち武者の霊は面食らった。「僕は、このアパートでかつかつの生活をしているんです。ほかに行く先なんか、ないんです!」

 

ヒーロー稼業は無報酬だ。このため、しがないサラリーマン生活で糊口をしのいでいるのが実態。少ない稼ぎで、人助けのための道具を買いそろえないといけない。たまたまアパートの家主さんがいい人で、家賃を安くしてくれているから暮らせている。ここを出たら、人助けができなくなってしまうんだ。

 

「おじさん、おじさんは見た目怖いかもしれないけれど、そんなの関係ないですからっ!お化けとか、落ち武者とか、関係ないですからっ!おじさんは、おじさんですからっ!」

 

ざんねんマンの必死の叫びは、落ち武者の心を大きく揺るがした。

 

おじさんは、おじさん、とな・・・

 

かれこれ400年ほど、世の中の者たちに恐れられ、うとまれてきた。忌々しくもある反面、「お化け」としてでも自分自身を認められることに、一種の安堵を感じてきた。この姿でなければ、もはや誰も拙者を認めてくれないのではないか、そんなことを心の底でおそれてきた。ところがこの男は、拙者の不安を喝破するだけでなく、光明まで与えてくれた。拙者は、拙者でよいのだと。

 

この世で戦地を駆け巡っていたころも、「誰かに認められたい」という思いに突き動かされていた。一回の百姓から侍大将になり、やがて天下を取る。そして、衆生の者どもにあがめられる―。見た目の素晴らしさを伴わなければ、自分の価値はないものと思い込んでいた。ところが、そうではないという。

 

人は見かけではない、心こそが、中身なのだ。

 

肩の力が、抜けた。と、霊の背後で、金色に輝く光の筋が立った。あれほど血走っていた眼(まなこ)が、いまや慈しみであふれている。「おぬしのおかげで、拙者は救われたぞ」

 

一閃とともに落ち武者の姿は消えた。あとには、ざんねんマンの使い古した布団が残るのみであった。

 

今日も立派に人助けをしたざんねんマン。充実感に浸っているかと思いきやー。「あの、おじさん、マジ勘弁してほしい」と仕事の意味を理解できずに腹をかくのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

 【ざんねんマンと行く】 ~第28話・〇〇党vs◇◇教の顛末(下)~

予想もしない展開が、ざんねんマンを待ち受けていた。

 

まず山下氏が口を開いた。「私、今の政党、降ります」

 

驚くざんねんマンと川上氏に向かって、決然と宣言した。「新党、立ち上げます」

 

政党の名は、「ざんねん党」。

 

「あなたの言葉、姿勢、包容力。すべてが、素晴らしい。今の世の中に、なくてはならない人だ。ぜひあなたの考えを、社会に広めたい。ついてはぜひあなたに、初代党首となっていただきたい!」

 

山下氏が政権構想を語りだすのを制するかのように、今度は川上氏が立ち上がった。「いや、私も決断した!」

 

新たな信仰団体を、立ち上げる。その名は「ざんねん教団」。

 

目立たず、主役にもならず、ただ人々の傍らに立ち、その人が苦節を乗り越えるのをひっそりと助ける。そんな人間像が、現代社会で求められている。凡夫、煩悩のあふれる世に希望の光をもたらす、そんな人間集団を、産み育てていきたい。

 

「ついてはあなたに初代教祖となっていただきたい!」

 

一人の人間が、党首と教祖を兼ねようとは。漫画の世界のような展開に、さしものざんねんマンも緊張で固まった。

 

むむむ・・・

 

しかも今度は2対1で言い寄られ、悩ましい三角関係に追い込まれたぞ😂

 

再びコーヒーをすすり、一息つくや、まなじりを決して言い放った。

 

「ようござんす。お二人のご依頼、お受けいたしましょう」

 

どちらかを立てればもう片方の立場がなくなる。いや、どちらも言うことに理がある。私のような人間がリーダーの役を務められるとは思えないが、誰かが言ったように「神輿は軽いほうがいい」のかもしれない。それなら私が適任だ。

 

ここに、党首兼教祖が誕生した。その後のざんねんマンは多忙を極めた。人助けの緊急出動は相変わらず続けながら、ときに遊説、ときに説法を続けた。暮らしを憂う有権者、悩める凡夫のために言葉の花束を贈り続けた。

 

ざんねん党、ざんねん教のメンバーの間では、そこはかとない同類意識が芽生えてきた。やはり政治と信仰という立ち位置の違いから多少のひずみは生まれたものの、決定的な対立に至ることはなくなった。

 

やがて、軽すぎる神輿への不満がそこはかとなく広がっていった。小粒のヒーローに役が務まるほど、集団のリーダーは簡単な仕事でなかった。ひっそりと、ざんねん党、ざんねん教団は看板を降ろした。

 

山下、川上氏は再び、以前の政党名、教団名で活動を再開した。一点、よろこぶべき点があった。2人の間で、あるいは2団体の間で、目立ったいさかいごとはなくなった。「目指すものは同じ」ということを、ともに理解したからだ。

 

神輿から降ろされたざんねんマン。未練たらしく「党首兼教祖」時代を思い返し、「次にオファーがきたときは、もっと重い神輿になっておこう」と読書・筋トレに励むのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

※この短編は先の事件が起きる大分前に書きました。今、政治と宗教の問題が叫ばれていますが、その視点では書いていません。

 

【ざんねんマンと行く】 ~第28話・〇〇党vs◇◇教の顛末(中)~

孤立無援状態のざんねんマン、淹れたてのコーヒーを一口すすると、“反撃”ののろしをあげた。

 

さっきからお話伺ってますとねえ、お2人とも似すぎなんですよ。何ですか、綱領だとか、教理だとか。要は家訓みたいなもんでしょう?名前が違うだけなんじゃないですか。


「なんだとう?!我々の綱領は、そんな軽いものじゃ、ないんだぞう!」


山下氏が立ち上がった。綱領とは、政党の根幹を支える思想・行動規範である。これを守ってこそ、秩序が保たれ、平和な社会を実現することができるのだ。


「そうだそうだ!我々の教理も、同じだ!」


川上氏が続いた。教理とは、信仰生活のよりどころとなる、言葉の羅針盤である。日々、この指針に従い、暮らすことによって、生きながらに安心(あんじん)を得ることができるのだ。


やっぱり、似たようなものじゃないですか。


ざんねんマンの、ひねりのない素朴な切り返しが、かえって山下・川上連合に動揺をもたらした。たしかに、似ているっちゃあ、似ている・・・


それにですよ。お二人ともユートピアみたいな社会目指してらっしゃいますけど、それは素晴らしいんだけど、やっぱ脱落する人もいるわけですよ。


だってそうでしょ、山下さんの業界でも、悪いことやらかして「党籍はく奪」される人、結構いるでしょう。川上さんとこも同じ。信仰に泥を塗るようなことして、「破門」される人がどれだけいることか。


ええい、この際もろもろ言うたりますよ。今度はね、川上さん。あなたの業界ね、お酒はNGってところが多いですけれど、「般若湯(はんにゃとう)」ってカッコいい名前つけてお酒をたしなんでいる方たちがいるの、知っているんですよ。山下さんとこはそもそも酒がないと人脈広がりませんしなあ。


まあでもね、一本筋の通ったところがあるのもお2人の業界の特徴ですかね。川上さんとこは、信徒の告白(つまり懺悔)を耳にした宗教者は、決して他人に漏らすことはありませんよね。それは信仰の証でもある。山下さんの方もね、政治家御用達の料亭がありますよね、そこの女将(おかみ)さんは、店で見聞きしたことは墓場まで持っていくもんだ。それが女将の本分だからね。


どっちも鼻っ柱が強いところがある。一方で、脱落する人も出る。こっそり、ちょびっとわるさをする人もいる。でも最終的には、掲げる理想に向かって、愚直に歩みを進めているのだ。その行為を「政治」という目線でとらえるか、「宗教」という目線でとらえるかの、違いに過ぎない。そう、私は思います。


うむ・・・


山下・川上連合軍の動きが、止まった。たしかに、言いえているところは、ある。お互いに、目指すところは同じなのだ。単に、好みの違い、といえるのかもしれない。


「ありがとう、おじさん」


山下、川上両氏から初めて笑顔が漏れた。握手を求められたざんねんマン、「これにて一件落着」と安堵のため息を漏らした。


この後、予想もしない展開が待ち受けていることを、知る由もないのであった。

【ざんねんマンと行く】 ~第28話・〇〇党vs◇◇教の顛末(上)~

世の中をよくしたい。

 

その一点で思いは同じなのに、アプローチが違うだけでひずみが生まれ、いがみ合う。そんなことが、我々の生きる現代の世でも、しばしば見られます。何とも残念なことです。少し後ろに下がって、広く物事をみつめることはできないものでしょうか。

 

「えー、我々はー、人類の平和と発展に資するためのー、この綱領に基づきましてー、よりよき明日を目指して一歩ずつ進むものであります」

 

「そうですかそうですか。それはまあ、おめでたいこと。でもね、しょせん人間の考えることなど浅知恵にすぎぬのですよ。我々人間は、造物主の御意志をくみ取り、つつましく生きていくことでこそ恵みにあずかることができるのです」

 

ややギスギスした空気が漂うのは、都内の老舗カフェ。政治家、哲学者、信仰者まであらゆる思想家が集う、いわば「知のるつぼ」だ。

 

春のかおりがほんのり漂ってきた2月のとある晩、ここに足を運んでいたのは、今を時めく政治団体・〇〇党のホープこと山下氏。それと、伝統宗教界から現れた新進気鋭の作家兼布教者、川上氏。

 

いずれも、世の中を憂え、少しでも人々が生きやすき世界を築かんと情熱あふれんばかりに活躍している。その姿は年齢や地域の枠を超え、人々の共感をつかんでいた。

 

だが、一つのことで2者には越えることのできない溝があった。自らの拠って立つ視点だ。政治の世界に身を置く山下氏は、人間社会と人倫意識に据えた。

 

ここで息を吸い、暮らしている一人一人が主役になるのだ。「造物主」などといった存在に頼る必要は、ない。むしろ、こうした架空の存在にすがろうとするからこそ、妄信や排外的な思想が生まれてしまうのだ。信仰は、不要なり!

 

一方、幼少期より信仰心の篤い家庭で育った川上氏は、まったく異なる視点で生きてきた。人の拠って立つべきは、絶対者への信頼だ。ときに過ちを犯す人間に、生の神秘が分かろうものか。

 

胸に手を当て、こころの深い底に感じる、言葉にできない叡智。これこそが生をいただくあらゆるものの存在根拠なのだ。神といい、仏といい、その意味するところは同じである。

 

山下氏と川上氏、互いに自らの考えに絶対の信頼を寄せ、一歩も譲らない。ときに言葉の弓矢を浴びせるかと思えば、「ふっ」と軽く苦笑し、さりげなく相手を見下す。なんとも不毛な時間ばかりが過ぎてゆく。

 

「ああもう、勘弁してくれよん」

 

老舗カフェのマスター、2人にコーヒーを注ぎ足しながら、心の中で嘆いた。周りのお客さんも、めちゃくちゃ引いてるよ。もうちょっと、ポジティブなトーク、できんのかいな。

 

窮地に立たされたマスターの心の叫びを、一人の男がしかと聞き届けた。人助けのヒーロー・ざんねんマン。都内のアパートのベランダに出るや、トンと地を蹴り漆黒の夜空へ。あっという間に、大阪にある店に着いた。

 

カランカラン・・

 

玄関を開けると、カウンターに並ぶ2人が見えた。議論とも罵倒ともつかぬ言葉の応酬が続いていた。だいぶ白熱している。押しも押されぬ大相撲、といいたいところだが、周りは白けている。

 

「まあまあ2人とも落ち着きましょうや」

 

カウンターの端でやりとりに耳をかけていたざんねんマン、ややあって2人の横に腰かけるや、明るく話しかけた。笑顔、足りてませんよ、お二人とも。スマイル、スマイル。スマイル イズ、ハッピー。

 

なんだこの男は。

 

突然現れた珍入者に、山下、川上両氏とも冷めた視線を寄せた。私たちの高尚な話が、凡人に分かるはずもないし。「落ち着きましょうや」だって?ふっ、私たちは興奮なぞしていない。何を勘違いしているのだ、この中年おやじは。

 

一種の連帯感を共有するに至った2人は、言葉を発することすらなく、ただ瞳に哀れみの情のみをにじませた。けんかの仲裁に入ったつもりが、気づけば2対1と分の悪い勝負に持ち込んでしまっていた。

 

ええい、こうなったら、2人ともまとめて言葉のシャワーでのけぞらせてみせるわ!

 

ざんねんマン、持ち前の開き直り精神で知の巨人たちへ立ち向かっていくことにした。淹れたてのコーヒーを一口すすると、“反撃”ののろしをあげた。

 

〜(中)に続く〜

 

週末出動!

【ざんねんマンと行く】 ~第27話・カラオケで注目を浴びたい管理職の心境(中)~

カラオケがうまくなって、会社の若い子たちにチヤホヤされたい!

 

誰にも明かせなかった願望をざんねんマンに聞いてもらったアラフィフの男・弘(ひろし)。居酒屋でひとしきり話をした後、人助けのヒーローに手引きされるように店を出た。

 

ややできあがったおっさん2人が向かったのは、近くの雑居ビルにあるカラオケボックス。「喉を潤した後は、ふるわさないとね」

 

中年おやじ2人が向き合う狭いボックス。漂い始めた哀愁を、赤ら顔のざんねんマンが笑顔で振り払った。「さあ、歌いますぜ」

 

ざんねんマン、リモコンをたぐり寄せると、遠慮なく1曲目を送信した。おっさん世代にはなじみの深い、ビリージョエルの「honesty」だ。

 

前奏のところから、瞳を閉じた。ビリーになりきっている、いや、一人のhonestな男に浸りきっているというべきか。

 

スクリーンにつらつらと現れる英語の字幕。ざんねんマン、見るまでもないとばかりに口ずさむ。大声でもなく、がなるでもなく。抑揚もない。特に印象も、残らない。

 

サビのところで、少しだけ拳に力が入った。「such a lonely word」 だが、引っ張らない。とつとつと、自らに語り掛けるように、一つ一つの言葉を、発した。

 

歌い終えたところで、静寂が再びおっさん2人のボックスを包んだ。

 

正直、上手くはない。だが、ざんねんマンという中年男の、人となりは少しだが垣間見えたような気もした。

 

若い子たちみたいに、元気はない。喉もよくはない。ビブラートとか、はなから無理。素敵な音色、出せない。その分、節と節との「間」にたたずむ余韻を伝えることはできる。音を「有」ととらえるなら、間は「無」だ。盛りを過ぎたおっさんでも、この「無」の部分なら味を出せるかもしれないぞ。

 

「よし、俺もやってみよう」

 

弘は立ち上がった。憧れのポップソングではなく、耳なじんだ演歌を選んだ。 

 

人はみな 山河に生まれ 
抱かれ 挑み

 

人はみな 山河を信じ 
なごみ 愛す

 

演歌の神様こと、五木ひろしの名曲「山河」だ。


とつとつと、自らの心裡を歌詞に預けるかのように、言葉を発していった。

 

かえりみて
恥じることない 足跡を
山に 残したろうか

 

力の入りそうな部分でも、弘はスタンスを変えなかった。野太いが、短く。引っ張らず。言葉と言葉のあいまで、弘は瞼を閉じた。メロディの底をただよう、ひとのこころの暖かさを味わった。

 

これ、か。

 

有に対する無。動に対する静。齢を重ねた人間にこそ、味わい、表現できる世界があるのだ。

 

「ありがとう、本当にありがとう」

 

弘、ざんねんマンの両手をしっかり握り、頭を深々と下げた。約束通り、カラオケボックス代を甘えた上で、晴れやかな表情をしながら終電間近の駅へと向かった。

 

弘の、華やかとはいかないがそれなりに愛されるカラオケ人生が、始まった。

 

~(下)に続く~

 

週末出動!