おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 第33話・「マジで彼女がほしい」のに恥ずかしくって動けない男子の顛末(上)

コンコン

 

週末の午後。アパートの玄関をたたく音があった。さてさて、今日はどんなお客さんですかな。

 

人助けのヒーローこと、ざんねんマン。昼飯のカップラーメンをズズーと勢いよくすすり上げると、音の方へ向かった。

 

「突然、すいません、僕、ご相談がありまして・・」

 

見たところ二十歳前後。学生かな。少しおどおどしている。そんな緊張しなくていいのに。

 

まあまあ、私なんかに気を使うこともありませんよ。とりあえず中へどうぞ。

 

一人暮らしの中年おっさんが、散らかっているリビングルームへと案内する。青年はややこわ張った面持ちで「お邪魔します」とつぶやき、ざんねんマンの差し出した座布団に腰を降ろした。

 

ただ、なんとも殺風景な部屋に心ほだされるものがあったか、青年は少しずつ、語り始めた。

 

「僕、生まれてからずっと『彼女』がいないんです。たしかに僕は、ださいです。見た目も、しょぼいです。でも、やっぱ生まれたからには、ちょっとその、女の子とお茶したりとか、一緒に映画見に行ったりとか、したいんです」

 

ふむふむ、つまりは「青春、したい!」と。そして、この私に「助けてほしい!」と。

 

ポイントを突かれ、青年の瞳は驚きと感動の色で染まった。「そうなんです!人助けのヒーローさん、なんとか僕を『男』にしてください!」

 

こんなしがない小粒ヒーローでも、頼ってくださるのは嬉しいですよ。本当にね。ありがとう。ただね、実は私も、彼女ができたこと、なくってね。てへへ・・・

 

おっと・・

 

青年の表情は、とたんに不安と落胆に変わった。このおじさん、頼りなさそうだぞ。

 

「じゃ、いいでs・・」

 

腰を上げようとしたところを、ざんねんマンが必死に押しとどめた。まあまあお兄さん、そんな早く見切り付けないで。こっちも一応、人助け稼業でやらせてもらってますんでね。ちょいとその、彼女できないっていう訳について、話してもらえますか。

 

青年は、やや投げやりな口調で語りだした。僕はどうも、同世代の女の子を前にすると緊張してしまう。お化粧してる子なんか、もう眩しくって目を見きれない。まぶしい。神々しい。もう、ドキドキしてどうしようもなくなる。普通に話、できない。だから、いつまでたっても一人のままなんだ。

 

純朴な青年の告白に、ざんねんマンはほおを緩めた。いやあ青年、あなたの気持ちは分かりますよ。青春とはそういうもんじゃないですか。実にピュアで、センチで、すばらしい。

 

「すばらしいだけじゃ、彼女はできないんだっ!」

 

青年が叫んだ。

 

極まるものがあったか、さらに続けた。「もっといったら、本当は『モテたい』んだ!」

 

モテたい、とな。

 

ざんねんマン、ここで初めて首をひねった。お兄さん、ひょっとして、理想が高すぎるんじゃ、ありませんか?彼女ほしいだの、モテたいだの。願望高すぎて、身動きとれなくなってるんじゃ・・

 

「んなこた、なーい!」

 

青年はだんだんと勢いづいてきた。おおー、言いよりますなあ、いいでしょういいでしょう、こっちもじゃあねえ、言わせてもらいますよ。

 

正直に言いましょう。お兄さんね、今のままですぐ彼女はできませんよ。だって、面と向かって話ができないんでしょ?だったらね、ちょっと視点ずらしてみたらいいんじゃないですか。

 

「視点をずらす、って・・・」

 

あれですよ。見る先を変えるんですよ。年下とか、年上とか。ちびっ子とか、おばあちゃんとか。

 

「僕は、RリでもMコンでも、なーい!」

 

青年がいきり立った。いやいや、そういう意味じゃないんですよ。同世代が見れないんでしょ。だったら、とりあえず前後の人たちと話をしてみたらいいじゃないですか。練習ですよ練習。女性と話す、ね。

 

むう・・

 

青年はしばし沈黙した。どうせこのままうじうじしていても前進はなさそうだ。いっちょ、やってみるか。

 

「おじさんの言っていることはなんだか適当なかんじがしないでもないけど、とりあえずまあ、参考にはしてみるよ」

 

青年は落胆の中にも一種の光明らしきものを見出したようだった。玄関を静かに開けると、「じゃね」と言い残し、秋風の中に消えていった。

 

青年の大冒険が始まるとは、人助けのヒーローもこのとき、思いもしないのだった。

 

~(下)に続く~