おじさん少年の記

いつまでも少年ではない。老いもしない。

【ざんねんマンと行く】 ~第29話・幽霊だって悩みを抱えている~

くるしい・・・

 

胸を押さえつけるような感覚に襲われ、思わず目を開けた。

 

草木も眠る、丑三つ時。人助けのヒーローこと「ざんねんマン」は、頭からかぶっていた布団をちょっとだけめくると、恐る恐る天井を見上げた。

 

めちゃくちゃ、目が合った。

 

ボロボロの鎧をまとった、長髪のおじさんが浮いている。目は血走り、ざんねんマンをギロリとにらみつけている。

 

額も頬も血で染まり、いかめしい鎧も肩や胴の部分が裂けている。刀で切られたのだろう。幽霊だ。しかも、かなり昔の。たぶん、お侍さんだろう。

 

よりによって、なんで僕のところに。

 

泣き出したい気持ちを抑え、なんとかやりとりを試みる。すいません、あの、何かご用でしょうか・・・

 

「なんと申す!拙者は○○国の地侍山田太郎左衛門でござる!おぬしは招かれざる客なり、去るがよい!!」

 

どうもアパートからの退去を求めているようだ。んな無茶な。ここは僕がもう十数年前から借りている部屋なんです。いくら怖いお侍さんでも、聞けませんよ。

 

落ち武者の両眼が憤怒の色で燃え立った。

 

瞳の向こうに、在りし日の侍の姿が映った。戦国時代、一介の百姓から身を起こし、自慢の武芸で地元の殿様に引き立てられたようだ。縦横無尽に戦地を駆け巡ったらしい。が、たった一度だけ、不覚を取った。平原の戦(いくさ)で、味方からはぐれた一瞬を襲われた。一国一城の主になるという夢は、あえなく散った。

 

やり残したことが、多かった。この世への執着は、やがて怨霊という形をまとった。そのために、21世紀に至ってもいまだに旧領の辺りを徘徊しているのであった。

 

お化けといえども、腰を据える場所が必要だ。アパートが建てられるたびに一室に棲み着いたものだ。が、住人に忌み嫌われ、まもなく依頼を受けた霊媒師から撃退されてしまう。仕方なく別の棲み家へと移るのだが、やがてまた別の霊媒師から締め出される。こうした悪循環の繰り返しで、落ち武者の霊は終わることのない流浪の旅を強いられているのであった。

 

「それゆえに、拙者は譲れぬ。おぬしから、立ち去れいっ!さもなくば・・」

 

先が折れ、血の滴った刀を、今にも鞘(さや)から引き抜かんという気迫ですごむ。ざんねんマン、大ピンチ!

 

これまでの経験でいえば、いったんは住民が引き下がっていた。怨霊を恐れて立ち退いてくれることもある。霊媒師にすがるにしても、しばらくは日を稼げる。この男もきっと逃げ出すじゃろう・・

 

「そんなこといっても、できないものはできません!」

 

それまで食らったことのない、力強い反発に、落ち武者の霊は面食らった。「僕は、このアパートでかつかつの生活をしているんです。ほかに行く先なんか、ないんです!」

 

ヒーロー稼業は無報酬だ。このため、しがないサラリーマン生活で糊口をしのいでいるのが実態。少ない稼ぎで、人助けのための道具を買いそろえないといけない。たまたまアパートの家主さんがいい人で、家賃を安くしてくれているから暮らせている。ここを出たら、人助けができなくなってしまうんだ。

 

「おじさん、おじさんは見た目怖いかもしれないけれど、そんなの関係ないですからっ!お化けとか、落ち武者とか、関係ないですからっ!おじさんは、おじさんですからっ!」

 

ざんねんマンの必死の叫びは、落ち武者の心を大きく揺るがした。

 

おじさんは、おじさん、とな・・・

 

かれこれ400年ほど、世の中の者たちに恐れられ、うとまれてきた。忌々しくもある反面、「お化け」としてでも自分自身を認められることに、一種の安堵を感じてきた。この姿でなければ、もはや誰も拙者を認めてくれないのではないか、そんなことを心の底でおそれてきた。ところがこの男は、拙者の不安を喝破するだけでなく、光明まで与えてくれた。拙者は、拙者でよいのだと。

 

この世で戦地を駆け巡っていたころも、「誰かに認められたい」という思いに突き動かされていた。一回の百姓から侍大将になり、やがて天下を取る。そして、衆生の者どもにあがめられる―。見た目の素晴らしさを伴わなければ、自分の価値はないものと思い込んでいた。ところが、そうではないという。

 

人は見かけではない、心こそが、中身なのだ。

 

肩の力が、抜けた。と、霊の背後で、金色に輝く光の筋が立った。あれほど血走っていた眼(まなこ)が、いまや慈しみであふれている。「おぬしのおかげで、拙者は救われたぞ」

 

一閃とともに落ち武者の姿は消えた。あとには、ざんねんマンの使い古した布団が残るのみであった。

 

今日も立派に人助けをしたざんねんマン。充実感に浸っているかと思いきやー。「あの、おじさん、マジ勘弁してほしい」と仕事の意味を理解できずに腹をかくのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~