おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 ~第14話・語学学習がいらなくなる時代はくるのか(上)~

ピンポーン

 

玄関のチャイムが鳴った。人助けのヒーロー・ざんねんマンが暮らす、都内のアパート。住まいは明かしていないのだが、どこをどう探してくるのか、たまに来客・珍客がある。さて、今日はどんなご依頼かしら。

 

モニター越しに映るのは、ビシッと決めたスーツ姿の男性。いかにも「仕事できます」風の雰囲気を醸し出しているぞ。何か、ビジネスの話でも持ち掛けてくれるのでは・・

 

よこしまな考えを見透かしたかのように、男性がニヤリ口を開いた。

 

「はい、我々はIT系のスタートアップ企業です。数年前から、言語の翻訳アプリの開発を続けて参りました。このたび、世界中のあらゆる言語・方言をたちどころに翻訳するシステムを完成いたしました」

 

ついては、世の中に影響力のある人々にまず試してもらい、その能力の高さを実感すればSNSなどで発信してもらいたいのだという。「ヒーロー業界の大型新人でいらっしゃります、ざんねんマン様にはぜひとも、ご協力をお願いしたいのです」

 

「大型新人」ー。歯の浮くようなセリフに思わず頬が緩んだ。私のような者でもお役に立てますならば、ぜひ。

 

「山田」と称する男性の説明はこうだった。日本の瀬戸内に浮かぶ、とある無人島に、世界中から選りすぐった著名人30人を招く。そこで4日間の共同生活を送ってもらう。ネット環境はなし。使えるのは、同社が開発した翻訳アプリ「GENIOUS」だけだ。

 

ちょいと仕掛けがある。GENIOUSを使えるのは、前半の2日間のみ。後半2日間は、文明の利器に頼れない暮らしをしてもらう。そこであらためて、GENIOUSの素晴らしさを実感してもらうーというわけだ。

 

宿泊費、もちろん無料。最高級のグランピング施設が待っている。洋の東西を問わず、珍味妙味を取り揃えた料理に日夜、舌鼓を打ってもらいましょう。

 

「もう、辛抱たまらん」

 

前のめり気味に参加の意思を示したざんねんマンに、山田も満足げだ。「ありがとうございます。何と言いましても、ざんねんマン様は外国語がてんでダメと伺っております。そういう方にこそ、弊社のGENIOUSがお役に立てると期待しているのです」

 

やや小ばかにされ、さしものヒーローも心が少々波立った。が、めくるめく無人島バカンスの妄想を前に、ささいな自尊心などあえなくかき消された。

 

演出も実に凝っていた。出発の日の週末。バタバタと振動音がするのでアパートのベランダに出てみると、1台のヘリが目の前でホバリングしていた。「さあ、ざんねんマンさん!こちらへ!」

 

山田の吊るした小型はしごを伝い、ざんねんマンはヘリに乗り込んだ。「さあ、これから、出発です!」

 

バババババ・・


大東京を見下ろしながら、機体は一路、西へ。春霞に映える富士の山に見入りながら、ざんねんマンはいよいよ始まるセレブ特別ツアーに胸膨らませるのであった。

 

~(中)に続く~

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