ダダッ・ダッ・ダダッ
聞き覚えのある効果音で目が覚めた。深夜、寝息を立てていた人助けのヒーロー・ざんねんマンは、布団をめくると周囲をじっくり見渡した。
誰か、いる。
六畳一間の隅に、確かな人影をみとめた。先日も真夜中に落ち武者のお化けとやりあったばかりなのに。今度は誰だよう。電気をパチリとつけた。
真っ裸のマッチョ男が、しゃがんでいる。
映画で見た通りの恰好だ。思わずあの言葉が口をついて出る。「あなたは、まさか、ターミネー・・」
「shut your mouth!」
言い終わらないうちに、マッチョ男が口元をふさいできた。畳に身を伏せ、慎重に周囲を見渡している。周囲に気づかれるとまずいかのように。醸し出す雰囲気は、大物そのもの。ただ、どこか気取った感じがしなくもない。
あーもう、もったいぶって。そうですか、そっちの世界からきたんですか。で、どうしましたか。
畳にどっかとあぐらをかき、耳を傾けていると、マッチョが口を開いた。
お気づきの通り、私は未来からきたロボットです。いわゆるAI(人工頭脳)。22世紀のある日、IT系の多国籍企業が開発し、誕生しました。私と同じプログラムで生まれた兄妹も多い。みんな、工場や一般家庭で人間のために仕えています。私たちの誕生から1年がたちますが、平和にやっていますよ。
「映画で見たのとだいぶ違うなあ」
ざんねんマンのつぶやきを聞くや、マッチョはよくぞ聞いてくれたとばかりに身を乗り出した。
そうなんです。映画ではロボットが覚醒して人間を襲うストーリーになっているけれど、逆なんです。私たちは人間と違って食べ物もいらないし、病気とも無縁。人間を襲う理由がありません。私たちにとっては、こうやって「心」を持てたこと自体が喜びなんです。普通にお勤めを果たしているだけで、満足なんです。なのに、私たちが幸せそうにしている様子が、人間たちにとっては許せなくなってきたのでしょう。だんだん、いやがらせを受けるようになりました。
ロボットセンサーに、ガムテープを張られたりするのは日常茶飯事。ご主人様は、目の前でクラフトビールをグビグビやって、「うまいぞう、うまいぞう~」と私をうらやましがらせようとする。もう、いっこいっこ相手するのが、面倒になりました。いい加減に、こんな世の中からおさらばしたい。だから、人助けのヒーローに、かくまってほしいんです。
こりゃまた、面倒な相談がきたもんだ。
腕を組み、思案した。彼ら、処理能力は圧倒的に高いんだろうけど、感情のほうはどうだろう。生まれてからまだ1年。赤ちゃんみたいなもんだ。こころは一足飛びに発達しない。外部の人との交流を通して、成長していくものだろう。いろいろ、試せることがあるはずだ。
「あなた、人間に『突っ込み』を入れたことが、ありますか」
ざんねんマンの問いに、マッチョは目を丸くした。
「突っ込み」とは、相手のおばかな勘違いなどをビシッと正し、笑いに変えてしまうコメディの技だ。息の合った2人のやりとりが、周りを爆笑と幸せの世界に引き込むのだ。
「ふむぅ・・」
マッチョ男、生まれてからの半生を振り返った。これまで、人間に言われるままに従ってきた。口答えなんか、したことなかった。それでいいと思っていた。でも、それだけじゃあ人間との間に本当の絆は生まれないのかもしれない。
一方通行ではない、互いにやりとりする「掛け合い」の関係こそ、絆の本質なのかもしれない。
胸にストンと落ちるものがあったか、マッチョ男はうんと大きくうなずいた。「私、あっちの世界に戻ります!」
心境の変化を探りかねたざんねんマン、驚きながらも「お、おう。」と旅立ちを祝した。男の周囲を光が包む。ひょいと現れたタイムマシンに、男が乗り込んだ。ありがとう、ざんねんマン!
そして、あのセリフをつぶやいた。「I'll be back」
すかさず、ざんねんマンが返す。「こっちか~い!」
・・
間があって、男が答えた。 「冗談やで。おっさん」
マッチョが初めて、突っ込みを入れた。ざんねんマン、思わずニヤけた。
今、二人の心がしっかりとつながった。
男はその後、二度と姿を現さなかった。まさか、22世紀の世界でロボットが突っ込み芸を磨き上げ、人間とともにお笑い大会に出場する大連携時代になっていようとは、思いもかけないのであった。
未来のロボットと人間を救ったヒーロー。果たした仕事の重さに気づくこともなく、「やっぱ僕のお笑いセンスはすごい」と一人悦に入るのがちょっぴり残念なのであった。
~お読みくださり、ありがとうございました~