おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 ~第32話・おっぴろげマンとの激闘(上)~

プルルルル

朝からスマホが鳴りやまない。人助けのヒーロー・ざんねんマン、かつて体験したことのない緊急コールの多さに、ただならぬ異変を感じた。

何かが、起きている。

電話の主はさまざまだった。テレビ局関係者、中堅メーカーの管理職、一般家庭の主婦・・。ついには首相官邸からも悲壮な声で出動要請が入った。

先ほどの首相会見で、図らずも問題が露呈した。山田首相が記者会見に臨んでいたところ、ある新聞社のベテラン記者が鋭い質問を寄せた。「通貨安が急激に進行しております。政府の対策は。この問題につきまして、首相のリーダーシップがよく見えないのですが」

山田首相はあらかじめ用意したレジュメに視線を落とした。「えぇ、政府といたしましては、過度な為替変動は望ましいものではないとみておりますが・・・」

そこに記者が追撃を浴びせた。「首相、ペーパーに頼るのではなく、ご自身の言葉を!」

山田首相の額にうっすらと青筋が立った。そのときだった。傍らにふわりとマント姿の中年男が降り立ち、愉快げに言い放ったのだ。

「この憎々しいおっさん記者め。ネチネチ嫌な質問してきよってからに。顔に似合わず美人な奥さんつかまえてるところが余計に腹立つわぁ。あ~、しかもこやつの奥さん、僕の大好きな女優の〇〇さんに似てるんだよなあ、タイプなんだよなあ。憎いやら羨ましいやら、まったく」

それはまさに、山田首相がこの瞬間、心の内でつぶやいていたことだった。隣のマント男に、ものの見事に見抜かれていた。

あっけにとられる報道陣に対して、頬を紅潮させて照れを必死に隠そうとする山田首相。勘の鋭い記者連中は、間を置かず現在進行している出来事の重みを察した。

こいつは危ない存在だ

身構えたベテラン記者のそばに、マント男がスタスタと駆け寄った。周りに聞こえるように、叫んだ。

「やばい、昨日嫁さんに隠れて高級焼酎の瓶を買ったのがばれたら大変だぁ」

遅かった。記者の心中もマント男に読み抜かれてしまった。男の秘密はライブ中継中のテレビカメラを通じ、日本中のお茶の間に伝わってしまった。

あっという間に会見場は喧噪の空間と化した。記者も政府関係者も関係ない。僕の私の、心の声をばれたらたまらないぞ。

蜘蛛の子を散らすように会場から離れていく群衆に向かい、マント男は高らかに叫んだ。

「おいらの名は、おっぴろげマン!なんでもかんでも、みんなの考えてること、おっぴろげちゃうよ~ん!」

人の心を読み、言葉にしてしまう。特殊な能力を持った一人の男が、世の中を突如として混乱に陥れることになった。

テレビ局では、料理番組の収録現場におっぴろげマンが現れ、「うまいうまい」と満面の笑みを浮かべる芸人の隣で「苦行以外の何物でもない」と冷めた声で言い放った。料理をふるまっていた自称・料理得意なタレントは、キッチンの前で石像のように固まってしまった

田舎の中小企業にもやってきた。上司の小言に頭を下げ続ける若手社員のそばで「あーうるさいなこのガミガミおやじ!意外と家では奥さんの尻に敷かれて頭上がらないタイプなんだろうな、ストレスを会社にぶつけてくるんじゃないよこのだみ声野郎!」

秩序も何もあったもんじゃない。このままマント男に暴れまわられたら、世の中が回らない。なんとかしなければー。そこで白羽の矢が立ったのが、ざんねんマンなのであった。

今のところ、人助けのミッション完遂率・100%。この男に、世の中の命運を託すしかない。

電話を受けるや、空を翔け早速官邸に到着。首相補佐官より正式に要請を受けた。

だが、皮肉というべきか、その場にもあの男がやってきた。補佐官である矢部の隣に立つと、こうつぶやいた。「こんな風采のあがらぬおっさんに頼んで大丈夫なんだろうか」

矢部の心の声を聴てしまったざんねんマン、繊細なハートが少なからず傷ついてしまった。

だが、こんなことでひるんではいけない。僕は人助けのヒーローなんだ。頼りないといわれても、冴えないといわれても、構わない。僕は僕なりに、世の中を守り助けるんだ!

決闘のチャンスが、図らずもいきなりやってきた。この機を逃すわけにはいかないぞ。ざんねんマン、官邸スタッフに「ドア、全部閉めて!」と叫んだ。ここからは、一対一の大勝負だ!

~(中)に続く~