おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 ~第28話・カラオケで注目を浴びたい管理職の心境(上)~

これまで、そこそこ納得いく人生を送ってきた。

 

そこそこの大学を出て、それなりに名の知られた会社に入った。上司、仲間にも恵まれ、ある程度納得いく仕事とキャリアを積むことができた。今は管理職として、相応の地位と責任を与えられている。部下からもそれなりに頼られ、信頼してもらっていると感じる。これ以上、望みごとをしてはいけない。そう思えるほど、自分は恵まれている。

 

分かっている。それは分かっているんだ。でも、どうしても叶えたい夢が、あるんだ。

 

役職定年まであと数年。会社員人生の集大成ともいうべき時期に差し掛かっている弘(ひろし)は、しかし社会人になってから心密かに抱く願望を、どうにも抑えることができなくなっていた。

 

カラオケで、注目を浴びたい。みんなに、ちやほや、されたい。「弘さん、かっこよすぎです!」「私、弘さんの喉に惚れちゃった」「弘さんだったら、デュエットしてもいい」。若い子から、男の子から女の子から、言葉の花束で、こねくり回されたい。

 

ムラムラと募る願望と熱情は、都内でジョギング中の男の胸にズギュンと刺さった。人助けのヒーロー・ざんねんマン。「しばし待たれぃ」と一人つぶやくや、トンと地を打ち夕暮れ空へ。弘の暮らす仙台に向かって翔(か)けた。

 

居酒屋で最初の一杯をあおっていた弘とご対面。「おお、あなたは・・」

 

ミッション達成率100%の、ヒーローじゃないか。組織の管理職として、ある程度のことは見聞きしていた。興奮が高まってきたぞ。

 

弘、「まあまずは喉を潤しましょう」とざんねんマンに一杯すすめる。コップにトクトクとビールを注がれたヒーロー、まんざらではない表情だ。ふむふむ、もてたいと。若い子たちが聴いてる、ポップソングとか、歌いたいと。でも、テンポについていけないと。で、音痴と。

 

やや赤ら顔になったざんねんマン、本音が思わず漏れた。

 

「どげんもならん」

 

それまで気持ちよく願望を語り聞かせていた弘の額に、青筋が立った。「な、なんだとぅ?!人助けのヒーローだってのに、これっきしのことも、できねえのかよ?!」

 

やや挑発的な言いっぷりに、ざんねんマンも負けてはいない。なあに調子のいいこと言ってるんですか。いったいねえ、どこの世の中にですよ、アラ還のおっさんのダミ声なんて、聴きたいやつがいますか。この際いうたりますけどね、我々おっさんはねえ、どう頑張ったって、アウトオブ眼中なんですよ。

 

言いながら、同類の悲哀をかみしめた😂

 

同じ土俵で頑張ろうったって、無理な話だろう。私だって、ヒーロー稼業をさせてもらっているけれど、とてもとても歴代のスーパーヒーローにはかなわない。手からビームは出ないし、地球を秒速30万キロで飛び回ることもできない。でも、端役は端役なりの出番がある。誰かの聞き役になったり、いじられ役になったり。その人が元気になる手助けを、することはできる。

 

ないものをねだるんじゃない、あるものを、光らせるんだ。

 

ざんねんマン、ひらめいたかのように語り掛けた。「弘さん、2軒目、行きましょう。次は私のおごりで」

 

煩悩にまみれた者同士、悟りの手がかりをつかまんとばかりに、“修行”の場へと手引きするのであった。

 

~(中)に続く~

 

週末出動!