「さあ、今日はまず物価問題から。 最近の円安進行で輸入価格の上昇が止まりません。 小麦などの食料からガソリンなどの燃料まで、 いずれも値上がりで家計を圧迫しています」
よどみない口調でキャスターの細川が社会情勢を簡潔に説明する。「 この物価高騰問題につきまして、志村首相は『 現状を慎重に見極め、税の軽減なども熟慮しながら検討する』 とコメントしました」
ふむふむ、今の世の中、そんなことになっているのか。 このキャスターさん、よく勉強しているなあ。 時事問題に疎いざんねんマンは思わずうなずいてしまった。
「それにしても、この志村首相の発言。 方向性が見えるようで見えないと申しますか、 中身のないコメントのようにも聞こえるのですが。どうですか、 ざんねんマンさん」
眉間にしわを寄せた細川から、突然話題が振られてきた。
え、 今ですか。ここですか。僕ですか。頭の中が、 ポーと真っ白になった。
あ、そうですねえ、まあとにかく、そう不機嫌にならなくても。 怒ってても幸せにはなれんですよぉ?
ざんねんマン、世相を切る役回りのはずが、 目の前のキャスターを切ってしまった。
・・・沈痛の間が、3秒ほど続いた。
一瞬、キャスターのみけんに青筋が立ちかけたが、 さすがはプロの意地。力づくで血圧を下げ、「そ、そうですね、 冷静が一番ですね」と矛を収めた。
その後もキャスターとざんねんマンとの間に頓珍漢なやり取りが1 時間ほど続いた。どれも、 不機嫌そうに意見を求めるキャスターをざんねんマンが軽くたしな める展開となった。
その日の放送が終わった。お通夜状態となったスタジオで、 ディレクターの山崎は失敗したとばかりに「もう、こんでええわ」 とざんねんマンを冷たく突き放した。
だからいわんこっちゃない。僕なんか、ダメダメ男なんですよ。 ヒーロー業界の小物、小物中の小物なんですよ!
帰りのタクシーで、一人、愚痴りに愚痴った。あぁあ、 僕はなんて気がきかないやつなんだ。ダメ男だ。
ニュース番組が終わる前から、 ネット界隈は少し違った反応を見せ始めた。
「コメンテーターが世相じゃなくキャスターを切る!新しい展開」
「でも確かに、 世の中のことを怒ってばっかじゃ幸せにはなれないよなあ」「 ちっとは明るい面もみないと」
「あのおじさんが言ってたけど、『喜ぶ』という字の中に『吉( luck)』があるんだよなあ」
世の中の暗い面ばかりを見るのではなく、明るい面も見る。 例え苦しい環境の中にあっても、 希望のきざしを探すように努める。人を責めず、罪を責める。 憎んだり怒ったり、文句を言ったりするだけで終わるのではなく、 最後はみんなが喜び、笑い合える世の中にするための道を探る。 その姿勢が、 今の疲れた世の中には求められているのではないだろうか。
せっかくのコメンテーター職を1日で首になったざんねんマン、 未練たらたらの日々がしばらく続いたが、 ネット業界では新たなスタンスのニュース番組がいくつか誕生する ことになった。
しかめっ面で、ものものしく物申す従来型のテレビ番組と違い、 視線を上に、常に明るく、やさしく。明日に、 未来に希望が持てるような番組構成にしたところ、 世の中の疲れたサラリーマンや子育て中の主婦らがこぞって視聴す るようになった。
ネットの動きは地上波にも波及した。 キー局やローカル局もそれまでの杓子常軌な報道姿勢をやや修正し 、批判一辺倒、文句一辺倒のスタンスから脱却した。もちろん、 不正は徹底的に糾弾したが、公平さを保つよう努めた。
スクリーンを挟んで、伝える側、受け取る側のそれぞれが、 明日にわずかでも希望を持てるようなマインドに変わっていった。
小さいようで大きな変化。 そのきっかけをもたらしたざんねんマンの存在を、 残念ながらほとんどの人はあっという間に忘れてしまった。 それでもよかった。なんたって、細川キャスターが、 もう眉間にしわを寄せなくなっていたから。「 せっかくの美人さんだもん。 最後はキラキラな瞳と笑顔で見つめてくれないと、 世の中のおじさんたちが元気もらえないよ」
おっさん臭をただよわすざんねんマンに、 悲しくもヒーローの貫禄はみじんも漂わないのであった。
~終~