おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 第33話・怒りか幸せか(下)

 
「さあ、今日はまず物価問題から。最近の円安進行で輸入価格の上昇が止まりません。小麦などの食料からガソリンなどの燃料まで、いずれも値上がりで家計を圧迫しています」
 
よどみない口調でキャスターの細川が社会情勢を簡潔に説明する。「この物価高騰問題につきまして、志村首相は『現状を慎重に見極め、税の軽減なども熟慮しながら検討する』とコメントしました」
 
ふむふむ、今の世の中、そんなことになっているのか。このキャスターさん、よく勉強しているなあ。時事問題に疎いざんねんマンは思わずうなずいてしまった。
 
「それにしても、この志村首相の発言。方向性が見えるようで見えないと申しますか、中身のないコメントのようにも聞こえるのですが。どうですか、ざんねんマンさん」
 
眉間にしわを寄せた細川から、突然話題が振られてきた。
 
え、今ですか。ここですか。僕ですか。頭の中が、ポーと真っ白になった。
 
あ、そうですねえ、まあとにかく、そう不機嫌にならなくても。怒ってても幸せにはなれんですよぉ?
 
ざんねんマン、世相を切る役回りのはずが、目の前のキャスターを切ってしまった。
 
・・・沈痛の間が、3秒ほど続いた。
 
一瞬、キャスターのみけんに青筋が立ちかけたが、さすがはプロの意地。力づくで血圧を下げ、「そ、そうですね、冷静が一番ですね」と矛を収めた。
 
その後もキャスターとざんねんマンとの間に頓珍漢なやり取りが1時間ほど続いた。どれも、不機嫌そうに意見を求めるキャスターをざんねんマンが軽くたしなめる展開となった。
 
その日の放送が終わった。お通夜状態となったスタジオで、ディレクターの山崎は失敗したとばかりに「もう、こんでええわ」とざんねんマンを冷たく突き放した。
 
だからいわんこっちゃない。僕なんか、ダメダメ男なんですよ。ヒーロー業界の小物、小物中の小物なんですよ!
 
帰りのタクシーで、一人、愚痴りに愚痴った。あぁあ、僕はなんて気がきかないやつなんだ。ダメ男だ。
 
ニュース番組が終わる前から、ネット界隈は少し違った反応を見せ始めた。
 
「コメンテーターが世相じゃなくキャスターを切る!新しい展開」
「でも確かに、世の中のことを怒ってばっかじゃ幸せにはなれないよなあ」「ちっとは明るい面もみないと」
「あのおじさんが言ってたけど、『喜ぶ』という字の中に『吉(luck)』があるんだよなあ」
 
世の中の暗い面ばかりを見るのではなく、明るい面も見る。例え苦しい環境の中にあっても、希望のきざしを探すように努める。人を責めず、罪を責める。憎んだり怒ったり、文句を言ったりするだけで終わるのではなく、最後はみんなが喜び、笑い合える世の中にするための道を探る。その姿勢が、今の疲れた世の中には求められているのではないだろうか。
 
せっかくのコメンテーター職を1日で首になったざんねんマン、未練たらたらの日々がしばらく続いたが、ネット業界では新たなスタンスのニュース番組がいくつか誕生することになった。
 
しかめっ面で、ものものしく物申す従来型のテレビ番組と違い、視線を上に、常に明るく、やさしく。明日に、未来に希望が持てるような番組構成にしたところ、世の中の疲れたサラリーマンや子育て中の主婦らがこぞって視聴するようになった。
 
ネットの動きは地上波にも波及した。キー局やローカル局もそれまでの杓子常軌な報道姿勢をやや修正し、批判一辺倒、文句一辺倒のスタンスから脱却した。もちろん、不正は徹底的に糾弾したが、公平さを保つよう努めた。
 
スクリーンを挟んで、伝える側、受け取る側のそれぞれが、明日にわずかでも希望を持てるようなマインドに変わっていった。
 
小さいようで大きな変化。そのきっかけをもたらしたざんねんマンの存在を、残念ながらほとんどの人はあっという間に忘れてしまった。それでもよかった。なんたって、細川キャスターが、もう眉間にしわを寄せなくなっていたから。「せっかくの美人さんだもん。最後はキラキラな瞳と笑顔で見つめてくれないと、世の中のおじさんたちが元気もらえないよ」
 
おっさん臭をただよわすざんねんマンに、悲しくもヒーローの貫禄はみじんも漂わないのであった。
 
~終~