おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 ~第32話・おっぴろげマンとの激闘(下)~

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ひとの考えていることを読み取り、そのまま声にしてしまう迷惑怪人・おっぴろげマン。首相官邸に現れ、やりたい放題の大暴れをしていたが、SOSで駆け付けたざんねんマンの逆襲を受けてだんだんと勢いを失いかけていた。

 

感情の激流に身を任せちゃダメだ。「今」に集中するんだ!

 

おっぴろげマンなんか、めじゃないんだから!

 

ざんねんマンのアドバイスを受けた首相補佐官の矢部は、まずは自分の心中がぼやきで荒れ狂うのを何とか抑えていった。これか。

 

おっぴろげマンはすっかり暇そうだ。やる気をなくした様子の怪人をほったらかし、矢部は報道陣をすぐさま集めた。彼らに撃退法を広く発信してもらおう。

 

これより、「おっぴろげマン・駆除作戦」に移行する!



矢部は、自分がつかんだ対処法をその場で記者団に説明した。悪感情が心の中で浮かんだら、「・・と私は今思った」とすぐさま気づくこと。我に返ること。妄想の連鎖の根を絶つこと。

 


報道陣の一人一人が、真剣な表情で矢部の説明に聞き入った。


気づくとおっぴろげマンの姿があった。また悪さしようってか!まったく、いまいましい怪人だ。


「本当にそんな方法で撃退できるんだろうか」

「ああお腹すいた、パフェ食べたい、こんな面倒くさい仕事、やめたいわ」

 

「・・と私は、思った・・

 


報道陣の心のぼやき声は、その後も散発的に聞かれたが、気づきの声が続き始め、やがてぼやきは勢いを失った。

 

これなら、いけそうだ。

 

成果を試した後、矢部から進言を受けた山田首相も自らテレビ会見でお茶の間に撃退法を伝えることにした。全国民への中継だ!



傍らに、またあの面倒怪人が近寄ってきた。もう、負けは、せん!

 

山田首相の脚は、しかし、少し震えているように見えた。早速、おっぴろげマンのジャブが始まった。

 

「失敗したらどうしよう・・」

「そうなったら内閣総辞職間違いなしだな・・」

「思えば短命内閣だった・・」

「辞める前にあの憎々しい年配記者に悪態ついてやる・・」

 

こっぱずかしいセリフはどれも、今、首相が心中でつぶやいていたことだった。

 

だが、もはや山田首相はひるまなかった。



「・・と私はたしかに思いましたっ!はいっ!」

 

逃げも隠れも、しなかった。

 

「ですが、それまで!ボヤキも妄想も、そこでストップ!私なんか、所詮しがないおっさんなんです。もうどう思われたっていいんだ。そんなことより、私は国民のみなさんを救いたい」

 

首相の熱のこもったコメントは、ブラウン管越しに眺める国民に響いたようだった。


その効果は少しずつ広がっていったようだった。家庭内で、奥さんの不機嫌な表情が少しばかり和らいだ。職場で、ガミガミ上司がちょっとばかり間をおいて諭すようになった。みんなが感情の激流からほんの少しだが身を引き揚げたことで、世の中の張り詰めた空気が潤いを帯びるようになった。

 

世の中を震撼させた不世出のダークヒーローも、いつしか活動の舞台を奪われ、気づくと姿をぱったりと消していた。まるでパソコンの電源をオフにしたかのように。

 

あの怪人はいったい、何者だったのか。

 

学者や政府は、男が出現した背景についていろいろと推測を重ねた。明確な経緯は分からなかったものの、その言動は「まるでネット社会にあふれる罵詈雑言を生き写しにしたかのようだ」との指摘が相次いだ。



愚痴や不満、あることないことの中傷を、ネットという素性の分からぬ仮想空間にぶつける。そこで渦巻く怨念が、おっぴろげマンという肉体をまとって世に現れたのかもしれない。



笑顔の下に淀んだ感情をため込んでいると、どこかでそれが爆発し、人を傷つけるだけでなく自らをもむしばんでしまう。そのことを、一見たちのわるいダークヒーローが教えてくれたのかもしれなかった。



首相官邸からは、ざんねんマンに感謝状が贈られた。



手渡してくれたのは補佐官の矢部。

 

「あんたは頼りない男だと思っていたけど、最後はきっちり仕事をこなしてくれたね。さすがだよ」

 


おっぴろげマンなき今、気にする必要もなかったが、矢部は続けた。「言っとくけど、今言ったのは本音だからな。あんたはよくやった。見かけよりはいい仕事した」



世の中が混乱から立ち直る手助けをしたざんねんマン。心地よい疲労を感じながら缶ビールをプシューとやった。ふう、仕事の後の一杯は本当においしいなあ。



少しだけ不満に思った。ほめてくれるときぐらいは、多少盛ったっていいよ。







~お読みくださり、ありがとうございました~