おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 ~第26話・ほじくり怪獣・ホジクロンとの闘い(下)~

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触れられたくない過去や秘密を白日の下にさらけ出す、ほじくり怪獣・ホジクロン。もはや抗う術なしかと世間が諦めかけたころ、意を決したざんねんマンが、決死の形相で強敵との間合いをジリジリと詰めていった。

 

こやつのやりたい放題にさせてなるものか。

 

無駄に舌の肥えたホジクロン、既に家という家の珍味、酒を片っ端から頂戴している。急いで倒さねばと焦りが募るが、簡単にはいかない。というのも、抵抗の構えを示した相手には、容赦なく100M四方のバーチャルスクリーンで“お仕置き”をしてくるからだ。

 

職場でモテようとカラオケをこっそり練習するも、一向に上達しない還暦前の会社員男性。ハイソを気取るが実は切りつめた生活に息切れしかけのアラフィフ主婦。片思いの女の子に告白したけれど、一瞥の下にフラれた高校生のイケメン男子―。目を覆いたくなるような恥ずかしい内面が、次々と団地の人々に暴露されていた。

 

ざんねんマンは考えた。今回の闘いで、自分は恥辱の極みを浴びることになるだろう。それでも、やむをえん。自分はもともと、たいした人間じゃない。頼もしくもない。映えない。モテない。3ない、4ない人間だ。

 

カっと目を見開き、ホジクロンの真ん前に立ちはだかった。

 

やあやあ、我こそは人助けのヒーロー・ざんねんマンなり!お主の悪行は目に余るものがあるよって、お引き取り願おう!

 

勇ましい調子で退去勧告をする小粒のヒーローを、珍獣は余裕しゃくしゃくの体で見下ろした。「さあて、また一つ大型スクリーンで撃退してやるか」と、心の声が聞こえてきそうだ。

 

光線を放たんと、目玉をギョロリと上空に向けた珍獣を、片手で制止した。

 

その必要には及ばない。僕は、自分で恥ずかしい過去を明かそう!

 

海でおぼれかけた少年を助けようとしたけど、反対におぼれてしまい、奮起した少年に助けてもらったこと。

 

悟りを求める仏師のアトリエを訪ねたら、「イメージしてた救世主と違った」とがっかりされたこと。ただ、その後は「固定観念から解き放たれた」と斬新な作品をバンバンと打ち出す人気作家になられたんだよな。すごいなあ。

 

ええい、この際なんでもぶちまけよう。

 

鉄棒の逆上がりができないこと。

 

プールで25メートル泳げないこと。

 

彼女いない歴=人生ということ。

 

その他、云々・・

 

一言一言は、マスコミ各社が現場に放り込んだ小型マイクを通じて全国のお茶の間に伝わってしまった。

 

最初は、「あらあら」「いやー恥ずかしい」と苦笑が漏れたが、やがてざわめきも静まった。

 

隠したい秘密を、過去を、勇気をもって告白している。弱さをさらけだしている。

 

むしろ、立派じゃないか。

 

みんな、世間体という得体のしれない存在に萎縮していないか。隠す必要もない内面を後生大事に抱え込み、日の目を見ないかとビクビクしてはいないか。だが、意を決してさらけ出してみたとき、心配していたのとは全く違った評価に包まれるかもしれない。

 

巨大なスクリーンに、もはや映すものはなかった。ざんねんマンが自ら明かしてしまうからだ。珍獣・ホジクロンは、やることがないとばかりにため息をつき、他の獲物を狙い始めた。だが、ここでも住民たちの逆襲が始まった。おのおのが、ため込んだものを吐き出すように、空に向かって自ら叫んだ。

 

「そうですよ、どうせ私はカラオケ下手ですよ!でもね、うまくなって後輩たちに褒められたいんですよ!還暦近くにもなってというかもしれないけど、これが私なんです」(会社員男性・58歳)

 

「私も白状しますよ!確かに私は身の丈に見合わない暮らしを装ってました。近所の奥様連中の輪から外されたくなかったから。でも、それは無理な話でした。私、庶民の暮らしに戻ります!」(主婦・49歳)

 

「僕は盛大にフラれました!イケメンイケメンいわれてますが!ま、こんなもんです!自信を失いましたよ!」(男子高校生・17歳)

 

弱さをさらけ出す人間の、なんと神々しいことか。

 

告白する住民に、周りの住民がエールを贈るという想定外の光景が広がっていった。

 

「気にするんじゃないよ」「俺も同じだ」「私も実はそうなのよ」

 

さしもの悪獣も居場所なしと悟ったか、モゾモゾと尻を動かし、穴を掘って姿をくらました。

 

勝敗は、決した。

 

もう隠すことがないというほど恥辱をさらけ出したざんねんマン。茫然とその場に立ち尽くした。ようやく終わった・・・

 

世の中は今、カミングアウトに優しい社会になりつつある。LGBT、信仰、病ー。隠さず、ありのままの自分をさらけ出すことが、ようやく受け入れられるようになってきた。あらゆる人が、弱さをさらし、また優しさで包み合う世界へとさらにさらに発展していってほしい。また、そうなるべく一層支え合っていきたいものだ。

 

今日もお役を果たしたざんねんマン。汗でぐっしょりの体をタオルで拭きながら、「まあでも逆上がりぐらいはできるようになりたい」と見栄っ張りな一面ものぞかせるのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~