おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【サラリーマン・癒やしの和歌】8・小石も玉となる

疲れたサラリーマンに、古の和歌が響く。

 

~簡単な自己紹介 

 

万葉の時代の人々は、物を物と捉えるだけでなく、どこかこころを持ち誰かを偲ばせる印として大切にしていた。

 

物にも魂が宿る、とみていた。感じていた。その心のおおらかさ、やさしさに感じ入る。現代人よりも、場合によっては心が豊かだったのではないかと思う。

 

こんな歌がある。

 

信濃なる

千曲の川の

細石(さざれし)も

君し踏みてば

玉と拾はむ

(巻十四 3400 東歌)


【訳】


信州にある

千曲という川に転がる

小さな小石も

あなたが踏みしめていったものであるなら

私はそれを玉(たから)として拾い(大切にし)ましょう

 


詠み手は女性か。恋する男性(あるいは愛する夫)がいて、

その人物が訳あって千曲の川を越えてどこかに行ってしまった。

残された女性は、そのわずかな余韻にでも浸ろうと、

千曲の川に目を向けた。


どのあたりをあの人が辿ったのかは分からない。

それでも、どこかに必ず、あの人が踏みしめた石があるはずだ。

あの人の分身だと受け止め、大切にしていきたい。

 


5・7・5・7・7という実に短い言葉の中に、

現代を生きる人の心をも揺さぶる熱い想いが込められている。

 


こういう歌に接するたび、仕事の疲れをほんのひとときでも忘れることができる。

万葉集は、現代の疲れたサラリーマン・サラリーウーマンにこそ合う心のバイブルだと考える。

 


~お読みくださり、ありがとうございました~