おじさん少年の記

いつまでも少年ではない。老いもしない。

【ざんねんマンと行く】 ~第14話・語学学習がいらなくなる時代はくるのか(中)~

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早春の青空を翔け、ざんねんマンを乗せたヘリはまもなく瀬戸内の無人島に着陸した。

 

内海ならではの、静かさを伴った水面が瞳を奪う。チラチラ照り返す太陽の光が、心地よい。ああ、俺はいまからここでめくるめくセレブ生活をするのだ。そう思うと、ざんねんマンの心は早くも浮足立った。

 

周囲を見渡すと、肌の色も服装も実に多様な人々が続々と集結していた。全身にタトゥーをほどこしたほぼ全裸の男性もいれば、温暖な島国には似つかわしくない毛皮に身を包んだ人も。地球上のあらゆるところから来たんだなあ。

 

しばし、感慨にふけっているところで、山田からスマホを渡された。「この中に弊社の翻訳アプリ・GENIOUSが入っています。これでぜひ、国際交流を楽しんでくださいね」

 

おお、これがその、万能アプリか。ぜひ、こいつを使って、世界中の人と交流するぞ。友達に、なるぞ。

 

太陽はまだ、頭上でゆったりたたずんでいる。たっぷりある時間を満喫し、一人一人、声をかけていくことにした。

 

まず気になったのが、全身タトゥーの男性だ。頭には雄々しい髪飾り。勘だが、アマゾンかどこかのジャングルの原住民の方ではないだろうか。テレビでしか見たことがない。意を決し、男性に近づくと、GENIOUSにささやいた。「はじめまして。私は日本から来ました。タトゥーが、お似合いですね」

 

男性はやや戸惑った様子で、これまた自身の持つGENIOUSにささやいた。

「〇✖▽・・・・」

 

ここでいよいよ、GENIOUSが仕事を始めた。両者の母国語を判別したようだ。まず、ざんねんマンのあいさつを男性の母国語に置き換えて音声で発信。続いて、男性の言葉も翻訳された。やはり南米のジャングルから来られたようだ。ざんねんマンのお世辞に、男性は「ありがとう、これは酋長から直々に彫ってもらったんだよ」と嬉しそうに語ってきた。

 

生まれ育った地域や文化の垣根を超え、友情をはぐくむ場が、そこかしこで展開し始めた。会社側が記録用に用意したカメラクルーが、笑顔のあふれる参加者をなめるように映していった。わざとらしくカメラ目線で語るざんねんマンの様子も、しっかりキャッチされていた。

 

これはありがたい。なんたって、アマゾンの原住民の方と話す機会なんて、普通に生きてたらまずないぞ。テレビ越しに見ている限りだと、ちょっと怖そうなイメージもしてたけど、話してみると全然違った。木を愛し、森を愛し、住民を愛するふつうのおじちゃんだった。なんだったら、日本生まれの僕なんかよりずっと世の中のことを考えている。どっちが本当の文明人だか、分からない。

 

おじちゃんの方も、アジアの人と話すのは刺激的だったみたいだな。日本の暮らし、例えば時速300キロで走る新幹線の話とか、座ってるだけでネタがやってくる回転ずしの仕組みとか。みんながお金を出し合って、病気など困ったときに助け合う国民皆保険の仕組みには驚いていたなあ。お互いに、学び合うことがあるもんだ。


代々極寒の地で暮らすエスキモー。生まれ育った田舎から一歩も出たことがない、中欧の著名な靴職人・・・。さまざまな文化、歴史を背負い、誇りをもって暮らす一人一人に、ざんねんマンはGENIOUSを使って話しかけていった。それまでの自分になかったものの見方、感じ方を知り、学んでいった。

 

もう、このアプリなしでの生活は、考えられまへんな。

 

2日目の夜を迎え、ゴージャスなテントの中で極上ステーキをほおばりながら、しみじみとつぶやいた。傍らで日本の特上寿司をつまむアマゾンの原住民のおじちゃんも、GENIOUS越しに「元の暮らしには戻りたくないよ、まったく」と打ち明けるのであった。

 

夜が明けた。ベッドで安眠をむさぼるざんねんマンの元を、山田が訪ねてきた。「それでは、こいつを回収しますね」

 

そうだった。残り2日間は、GENIOUSなしの生活をするのだった。

 

もう、性能もありがたさも充分分かりました。このままフィナーレでもいいんじゃないですか。布団をかぶったまま答えるざんねんマンに、山田は返した。「いやいや、不便もじっくり味わってこそ、ありがたみも分かるってなもんで」

 

しぶしぶGENIOUSを手渡し、むくりと起き上がった。まあ、いいか。うまい飯、たくさん食べよっと。

 

退屈な消化日数となるはずだった。が、意外や意外、刺激にあふれた2日間になることを、このときざんねんマンは予想すらしていないのだった。

 

~(下)に続きます~

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