おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 ~第14話・語学学習がいらなくなる時代はくるのか(下)~

~初めての方は(上)からどうぞ(3分くらいで読めます)~

【ざんねんマンと行く】 ~第14話・語学学習がいらなくなる時代はくるのか(上)~ - おじさん少年の記

 

退屈で不便なはずの、後り2日間が始まった。

 

まあなんだ、何もしないのももったいないし。目の合った人に話しかけてみるとするか。

 

ざんねんマン、テント村をぶらぶら歩きまわっていると、上半身裸で何やらエクササイズしている中年男性を見つけた。

 

素手で空を突く姿は、実に凛々しく、堂に入っている。拳法の練習だろうなあ。中国の方だろう。そう当て込んで、声を掛けた。「ニィハオ」

 

聞きかじりの下手な中国語でも、かろうじて男性に通じたようだ。「nin hao,cong nar li lai ne?(はじめまして。どちらからお越しですか)」

 

な、なんだって・・・?中国語をほとんど知らないざんねんマン、いきなり詰まった。「僕、中国語話せないんです」と言いたいけれど、それすら伝えられない。うーむ、困ったぞ。

 

ざんねんマン、地面に「中国語」と書き、両手でバッテンマークをつくった。「中国語できません」というポーズだ。なんとか、伝わったかな。男性は「mei guan xi(だいじょうぶ)」と答え、笑顔で返してくれた。

 

えっと、何をおっしゃたのか、分からない。でもまあいいや。もうちょっとお話したいなあ。

 

男性が地面に置いているリュックサックに目がいった。中に入っているひもの結び目から、1枚の写真がのぞいている。男性の隣に、きれいな女性が映っている。たぶん、奥さんだろうな。ざんねんマン、写真を指差すと、尋ねてみた。

 

「こちらは、どなたでしょうか」

 

男性は嬉しそうに答えた。「ta shi wo ai ren(彼女は、私の妻だよ)」

 

やっぱり中国語は分からない。ざんねんマン、身振り手振りで、地面に漢字を書いてもらうよう頼んだ。意味を察した男性は、そこらへんに落ちていた棒切れを拾うと、サラサラと二文字を記した。

 

「愛人」

 

愛人、とな・・・。日本語では、愛人は不倫相手、あるいは妻以外に囲う女性のことを指す。この男性、なかなか大胆なカミングアウトをされるなあ。ざんねんマンがのけぞっていると、男性が畳みかけてきた。「ni jie hun le ma?(きみは、結婚しているかい)」

 

ああ、これまた、分からない。でもたぶん、僕にも愛人がいるのかお尋ねになっているんだろうなあ。いないですよ。ちなみに、奥さんもね。いるのは、今年で小学3年生になる姪っ子ぐらいですよ。

 

ざんねんマン、男性の書いた文字の隣に、これまた大きく書いた。

 

「小三」

 

今度は男性のほうがのけぞった。中国語で「小三」とは、不倫相手を示す隠語である。言葉の意味が分からないが故、思わぬ誤解を引き起こしていることに、当の本人たちは気が付いていないのだった。

 

その後も誤解トークは続いたが、身振り手振りを生かし、なんとか打ち解けていった。愛人のいるおじさんでもいいや。奥さんと仲良くやっているなら。他人のことをとやかくいうこともない。

 

せっかくだから、中国語、教えてもらおう。ざんねんマン、男性の言う「han yu(漢語)」という発音に興味がわいた。「yu」て、日本語の「ユー」とは少し音が違うなあ。

 

ユー

 

ざんねんマン、男性の真似をして発音してみた。男性は人差し指を左右に揺らし、「違うよ」というジェスチャーをすると、ゆっくりと発した。「yu」

 

お天道様が照る下、大の男二人が口をすぼめて向き合う姿は、さながら恋人同士が投げキッスをしあうような、一種の甘酸っぱい空気を醸し出すのであった。

 

言葉が伝わらないと、実に不便だ。誤解も生じる。でも、それだけに、垣根をよじ登ろうとお互いに助け合う場面もときに生まれる。ストレスがたまることもあるが、乗り越えたときの喜びも大きい。コミュニケーションは、機械など第三者に翻訳を委ねてしまえばことたりるような世界ではない。自ら学び、失敗し、試行錯誤を繰り重ねた末に得られる発見と喜びがあるのだ。

 

失敗と誤解だらけの2日間も、あっという間に過ぎた。

 

翌日。帰途につこうとヘリに向かう各参加者に、カメラクルーがマイクを寄せていた。「どうでしたか、弊社のGENIOUSは?」

 

ざんねんマンにもマイクが向けられた。あ、感想ですか?いやー、やっぱりこのアプリ、最高ですよ。だって、文化も育ちも違う方たちと、何の支障もなくコミュニケーションできるんですからね。GENIOUSさまさまですよ。

 

マイクを寄せていた山田は、満足げにうなずいた。「そうでしょう、そうでしょう。もう、以前の暮らしには、戻れないでしょう?!!」

 

目くばせで「盛って答えて!」とせかされる。だが、期待に応えて営業トークができるほど、機転のきく人物ではないのであった。

 

最終章に続く