おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 ~第16話・おっさんだって悩みを抱えている~

ピンポーン

 

玄関のモニターをのぞくと、一人のおっさんが立っていた。

 

都内某所。悩みを抱えたこの男は、どうやって調べたか、人助けのヒーロー「ざんねんマン」の暮らすアパートまでやってきたのであった。

 

今日も長い一日になるのかな。身震いしながら、ざんねんマンはドアを開けた。

 

おっさんの手元には菓子折り一つ。礼儀をわきまえた紳士のようだ。「実は、相談に乗っていただきたく・・」

 

60代後半だという。いたって健康だ。ただ、特に趣味もない。簡単にいうと、生きる目的を見失っているということのようだ。

 

「ふむう、まあその、よくある話 ・・」

 

ざんねんマンが漏らすと、つぶやくと、おっさんは叫んだ。

 

「簡単に、いうなー!」

 

お互いの距離感が縮まったところで、おっさんは過去を語り始めた。どうも、定年まではそこそこ名の知られたメーカーの管理職を務めていたらしい。仕事一筋で、上からも下からも慕われていたようだ。そこに自分の存在意義を見いだし、充実したサラリーマン人生を送ってきたという。だが、定年を迎え、環境ががらりと変わった。

 

肩書きのない自分には、何もない。仕事一本できたから、友達もいない。やること、ない。寂しい。

 

「まあその、つまり、今はただのおっさん、と・・」

 

ざんねんマンの不用意なつぶやきが傷口に塩を塗ってしまった。「ただのおっさん、いうなー!」

 

二人ともややけんか腰になってきたところで、ざんねんマンが啖呵を切った。「ただのおっさん、上等やないですか!名刺とか肩書きとか、あったほうが、疲れるじゃないですか!重しがとれて、よっぽど楽じゃないですか!どうすか!おっさん!」

 

「おっさん」を連呼され、おっさんは意外に心の中で力がムクムクとわいてきていることに気がついた。何もない自分、これか。むしろ、軽くて、フワフワして、楽しいかもしれんぞ。

 

おっさんは、過去の地位や肩書きへの未練を手放すことにした。もう、肩書きはいい。人の評価も、いい。これから俺は、ただのおっさんとして、生きていくぞ。

 

「ありがとう、ざんねんマン。最後に、もう一度、『おっさん』を連呼してくれぃ!」

 

変なお願いに首をかしげながらも、ざんねんマンは応えた。

 

「おっさん!おっさん!HEY HEY OSSAN!」

 

ややラップ調も交えたコールに、おっさんは全身をくねらし、喜びをあらわにした。

 

バターン

 

勢い良く玄関を閉めたおっさんは、そのまま昼下がりの街中へと消えていった。

 

その後。テレビのワイドショーでは、一つの社会現象が取り上げられるようになった。中高年の男性が、こぞって虫取りをしたり秘密基地ごっこを始めたというのである。

 

リポーターのマイクを向けられた男性の一人は答えた。「いやあ、これからは自由気まま、少年の心に戻って楽しんでいこうと思いまして」

 

あのおっさんだ!ざんねんマン、テレビ画面に釘付けになった。スタジオでは、アナウンサーが補足の解説を加えていた。

 

「定年後、肩書きをなくした男性たち。当初は喪失感に浸っていたけれど、吹っ切ることができた一部の人たちが、積極的に外に繰り出しています。このうねりが良い循環を生み、閉じこもりだったシニア男性がどんどん活動的になっているようです」

 

体はおっさん。でも心は少年。マスコミは彼らのことを、多少の敬意を込めて「おじさん少年」と呼び始めた。

 

上着はTシャツ、下は短パン。シャツはしっかり、ズボンに入れ込んでいる。トレードマークとでもいうべき彼らの姿は、いたるところで見られるようになった。街中で。田舎で。海で。山で。満員電車で。いたるところに「おじさん少年」は現れ、世の中に活気をもたらすようになった。

 

社会現象を生み出すサポートをしたざんねんマン。テレビ番組を見終え「僕も早くおじさん少年になりたい」とうらやましがるのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~