【ざんねんマンと行く】~第23話・ぜいたく反対を叫ぶ男の顛末~
ピンポーン
週末の昼下がり。午睡をむさぼっていた、人助けのヒーローこと「ざんねんマン」のアパートに、来客があった。
モニター越しに映ったのは初老の男性。肩に何やら、たすきを掛けている。「またまた、変なおいさんが来ちゃったよ」。ボヤきながらドアを開けた。
はじめまして。私は今度の国政選挙に立候補しようと思っとります、山田と申します。このたび、人助けのプロにぜひ、応援弁士としてご協力いただきたく、お願いに上がりました。
たすきには、手書きで大きく「ぜいたく反対党」と書かれている。やっぱり、面倒くさそうだ。
山田氏の訴えることには、いちおう理屈があった。今の日本は昔ほど景気が良くはない。その中で、一部のリッチ層が国富の多くを占め、その他市井の人々が生活に苦しんでいる。この不条理を変えたい。リッチ反対。リッチは敵だ。お金持ち、追放!
真面目に会社員生活を勤め上げ、一線を退いた後、世の中の矛盾に目が向くようになったのだという。「ビジョンを国策に落とし込む必要がある」と語る瞳には熱情があふれていた。政党として旗揚げする肚らしい。
語るほどにヒートアップする山田氏とは対照的に、耳を傾けるざんねんマンのテンションは下がっていく。「そうは言われましても、まあその結局、お金持ちへの嫉妬・・」
余計な一言が、山田氏の逆鱗に触れてしまった。「し、嫉妬とな!!そ、そんなことは、断じて、なあ~いっ!!」
だが、明らかに本音を指摘された模様 😂ややあって、山田氏が口を開いた。「でも、あなただってお金持ちは嫌いでしょ?」
私ですか?どうして私がお金持ちを嫌いにならないといけないんですか?私が迷惑こうむっているわけでもないですし、関係ないですよ。それよりですね、居酒屋でたまたま居合わせた紳士から一杯おごってもらうことのほうがありがたいってなもんで。やっぱり本当のお金持ちは使いどころを分かっていらっしゃる 😎
さもしい貧乏人根性を恥ずかしげもなくひけらかすざんねんマンに、今度は山田氏が圧倒される番だった。この男、究極の“負け組”か。いや、もしかしたら人生の“勝ち組”なのか・・・
自分の幸せとはどこにあるのだろう。他人と比べたときの立ち位置か。そこに絶対的な安心は、ない。誰かを憎んだところで、それで自分が幸せになるわけではない。
もちろん、お金持ちが富をかき集めることは、不平等を感じさせなくもない。だが、能力があり努力の末につかんだものなら、異議を申し立てる余地はない。むしろ、そういった富を使わないまま口座に眠らせておくことの方が問題だろう。
お金は世の中で出回ってこそ価値がある。血流と同じ。使ってなんぼなのだ。お金持ちよ、お金を稼ごう。そして、どんどん、ジャンジャン、使っていこう!
山田氏の瞳の奥で燃え盛っていた、嫉妬の炎がスーと静まった。代わりに、80年代を彷彿とさせるバブル魂に火が付いた。
「ありがとう!向かうべき道が、見えました!」
両のまなこをかッと開くと、たすきを脱ぎ取った。手書きしていた政党名の「反対」をマジックペンでかき消すと、赤字で大きく「賛成」と書きかえた。
なんとも分かりづらいたすきになった😂
山田氏は嬉々とした表情でドアを開け放ち、昼下がりの街中へと消えていった。
それから数週間後。ネットの動画投稿サイトで、山田氏の開設したチャンネルがバズり始めた。その名も「ぜいたく賛成党」。番組内で、山田氏は熱く視聴者に語りかけていた。
リッチな皆さん!お金を、使いましょう!それで世の中が潤うんです。
リッチな方だけじゃありませんよ。世の中のお父さん、ぜひ、お金を使いましょう!居酒屋、行きましょう!スナックで、歌いましょう!それで大将、ママさん、出入りの酒屋さんが、潤うんですよ。
お父さん、ぜひ帰宅の際は、奥様に花束をプレゼントしましょう!奥様も喜ぶ。家庭円満。それに、地域の花屋さんだって助かります。たまにはパチンコだって。勝ったら、子供さんにおもちゃをプレゼント。お父さんの家庭内地位、あがりますよ。
山田氏の訴えは、外で飲みたいサラリーマンたちの恰好の口実になった。「これだよこれ!今の時代に求められるのは、こんな考え方なんだ!!」。奥さんを説得し、飲み屋に繰り出す人が急増した。
昼間のレストランも、ランチ会を楽しむ奥様方でにぎわいだした。
世の中の“血流”が良くなるにつれ、少しずつ税収も増え、貧困など社会的な課題が緩やかながら改善へと向かっていった。
今やフォロワー〇万人を抱えるようになった山田氏。「選挙よりこっちの方が楽しいし、儲かる」とすっかり初心を忘れ、しこしこと動画を投稿するのであった。
一方のざんねんマン。山田氏の活躍を称えつつ「むふふ、彼からはぜひ一杯奢ってもらわんとなあ 」と不敵な笑みを浮かべるのであった。
~お読みくださり、ありがとうございました~