おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 第34話・妖怪の世界にもゴタゴタはある

風もないのに、窓がガタガタ揺れている。

 

深夜、都内のアパート。人助けのヒーローこと「ざんねんマン」の眠りを、やや不気味な音が揺り起こした。布団をまくり、満月の照らす夜空のほうを見やる。と、何やら白い布のようなものが打ち付けている。

 

ガラガラ

 

空けたとたん、白いものがヒュルリと入ってきた。やたら長い。反物のようだ。短いが手足までついている!これはもしや?!

 

「モメーン」

 

反物がしゃべった。あの伝説的妖怪、一反木綿(いったんもめん)だ!ざんねんマン、怖さより感動が上回る。これはこれは、どうも初めまして!

 

「カモーン」

 

一反木綿、どうやら会話が苦手のようだ。小さな指を自分の背中に向け、乗るよう必死に促してくる。何か緊急事態があったのだろう。ざんねんマン、迷うことなくえいやと乗り込んだ。

 

開け放した窓の隙間をすり抜け、月明かりの照らす夜の空へ。ヒュルヒュルと気持ちよく風を切り、こんもりと茂った山の中へ入っていった。

 

茂みを抜け、降り立った野っ原では、ざんねんマンの度肝を抜く光景が広がっていた。

 

この世のものとも思えない生き物たちが、ずらり集合している。目玉がそのまま顔になっている生き物がいるかと思えば、目も鼻も口もない人間が立っている。いずれも、人間の空想が生み出したとされる、妖怪のようだ。

 

子どもの頃から憧れてきたキャラクターたち。ざんねんマン、興奮を抑えることができない。が、深い感慨は、その場の意外にピリピリした雰囲気によって冷や水を浴びせられた。

 

「ようよう、おめえ、最近やけに目立ちやがってよう」「そうだそうだ、自分ばっかり注目集めやがって」「もっとおとなしくしろってんだよう」

 

一人の妖怪を数十人が取り囲み、やんやと罵声を浴びせている。はりのむしろ状態になっているのは、口のとがった姿が特徴的な妖怪、アマビエだった。

 

感染病が流行り始めた数年前から、「疫病を鎮めるシンボル」として人間界で脚光を浴び、今やその存在を知らない日本人はいないほどだ。

 

周りの妖怪たちは、みんなしかめっ面をしている。なんでこいつだけ注目されるんだ。不公平だ。嫉妬の情念が、どの顔にもあふれている。

 

「ヘールプ」

 

一反木綿が、ざんねんマンの耳元でささやいた。けんかを止めてほしい、と訴えているようだ。心優しき一反木綿、愛する仲間たちの絆をつなぎとめるため、遠く人間界にまで助けを求めにきたのだった。

 

人助けも、妖怪助けも、誰かの役に立つという点では同じこと。よし、いっちょやったろう。

 

ざんねんマン、意を決して輪の中に入っていった。「まあまあ、みなさん」

 

見知らぬ人物の突然の登場に、場が一瞬、凍り付く。

 

「な、なんだこいつ」「あ、まさか!なんで人間がここに!」「部外者は出ていけ!」

 

敵意をあらわにする妖怪たち。だが、ざんねんマンも退かない。

 

「けんかはよくないです!正直、格好悪いですよ、みなさん!」

 

プライドを傷つけられたか、群衆がわめきたてる。「俺たち妖怪はなあ、注目されてなんぼなんだよ。見られてなんぼ。意識されなくなったら、消えてなくなっちゃうんだよう」「そうだそうだ、だから、アマビエの野郎に人気を独り占めされたら、困るんだ」

 

妖怪たちの罵声とも悲鳴ともつかぬ叫びがひとしきり続いた後、ざんねんマンが口を開いた。ここから、反撃だ!

 

「じゃあ言わせてもらいましょう。まずそこの方!さっき、私に砂を振りかけてきた、あなたですよ!」

和服をまとった白髪のおばあさんを、ズズーンと指さした。みんな知ってる、砂掛けばばあだ。

 

「あなたね、30年以上前から結構な頻度で、テレビ出てたでしょう!『人気を独り占めされてる』なんて、どの口が言いますか!」

 

予想外の逆襲に、おばあさん、ひるんだ。ざんねんマンがたたみかける。「お隣のご主人も同じですよ!しかも、夫婦そろって“いいもん”役で出てるなんて。おいしすぎでしょ!」

 

図星とばかりに舌をペロリと出したのは、子鳴きじじい。エーンエーンと泣くしぐさも、今日ばかりはかわいくない。

 

目が合った妖怪の一人一人に、ざんねんマンは語りかけた。切れ長の目と鋭い八重歯が印象的な娘には、耳元でささやいた。

 


ネコ娘さん。深夜番組で再登場してましたね。しかも、めちゃめちゃカワイイ子の役で。ファンが爆増したの、知ってますよ」

 


ネコ娘のほおが、ほんのり赤く染まった。

 


ひねくれた表情で冷ややかな視線を向ける、全身緑色の妖怪には、こう投げかけた。

 


「河童さん。あなたこそ人気者の筆頭でしょう。なんたって、『河童の川流れ』ってことわざがあるくらいじゃないですか」

 


それでも、不満げにほおを膨らませる者もいた。その一人が、アマゾンの原住民族を思わせる筋骨隆々の妖怪だ。

 


「妖怪チ〇ポさん。私は知ってるんです。猫娘さんたちほど有名じゃないけれど、あなたも実は映画デビューしてたことを」

 


今だけを見てると、不公平に思える環境に不満や愚痴が出てくるかもしれない。でも、みんなどこかで誰かから恩恵をいただいているもの。そこに思い至れば、怒りの炎も静まるかもしれない。

 


「みなさん、そこそこ、おいしい思い、させてもらっているんじゃないですか。アマビエさんが人気になっても、いいじゃないですか。喜びましょうよ」

 


張り詰めていた空気が、徐々になごんでいった。よくよく考えてみれば、アマビエなんか、これまでほとんど人の目にさらされることがなかった。生まれて初めて、存在を認められたようなものだ。これまでの苦労をしのぶにあまりある。それに、アマビエのおかげで妖怪そのものへの注目度も高まってきた。我々妖怪は、アマビエに感謝しなければいけない。

 


「アマビエ、がんばれよ」「お前の活躍、応援するぜ」「もし、コラボできそうだったら、声掛けてな」

 


罵声はあたたかいエールに変わった。励ましの声に囲まれ、アマビエは恥ずかし気に頭を下げた。

 


妖怪たちの仲間割れを防いだざんねんマン。ほっと息をつき、静かに立ち去ろうとする背中にも、じんわりくる言葉が投げかけられた。

 


「あんたは、妖怪界の救い主だ」「きみを『名誉妖怪』に認定しよう」

 


再び一反木綿にふわり乗り込み、一路都内の自宅へ向かった。これで、よかった。憧れの妖怪たちは、また仲良く暮らしていけそうだ。

 


西の空に沈みかける満月を眺めながら、ふと思った。「あの妖怪さんたち、でも結構目立ってるよなあ」。なんといっても、かなりの妖怪を日本人は知っているのだ。

 


「それに比べて僕なんか全然。不公平だべ」。茶目っ気交じりに、分不相応な愚痴を漏らした。相方の一反木綿、諭すように「ノンノーン」と両手でバッテンマークをつくるのであった。

 


~お読みくださり、ありがとうございました~