おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【歩き旅と思索】 36・酒のネタになる

~簡単な自己紹介はこちらです~

 

土地土地を歩いてつなぐ旅では、なるべく自然を味わうため、テント泊をするようにしている。

 

だが、市街地に入るとそうもいかない。安宿で一晩を明かすことになる。

 

そういったときも楽しみがある。土地の飲み屋探検だ。

 

一日歩き、固くなった両脚をほぐし、さて一杯いくか。

 

九州を南下し、鹿児島市内に入ったときのことだ。相部屋の宿でザックを降ろし、身軽な恰好になって飲食店街をふらふら歩いた。その中に、「うどん」と書いた赤ちょうちんが妙に気になり、特に考えることもなくのれんをくぐった。

 

おお、バーみたいな雰囲気だな。カッコいいぞ。

 

私は黙ってカウンターに座り、うどんと何か一品を頼んだ。マスターは、白髪がまじるが結構のイケメンだ。ノリがよさそうで、しばらくするとマスターのほうから話しかけてきた。「出張ですか」

 

私は自分の旅のことを話した。歩いてつなぐ旅をしていること、今日ようやく鹿児島入りすることができ、東京から一本線で結ぶことができて感慨深く感じていること、市街地が面する錦江湾沿いの国道をぐるりと半周したが、歩道が狭すぎる上にトラックが真横をバンバン走り、命の危険を感じたこと。

 

聞き上手のマスターはうんうんと興味深げにうなずいてくれた。いやあ、私なんかの話に耳を傾けてくださって、ありがとうございます。マスター。

 

実に充実したひとときを過ごし、さてどうしよう、もう一品何か頼もうかしらんと思っていると、新たなお客さんが入ってきた。常連さんのようだ。

 

マスターはひとしきり世間話を交わすと、したり顔で語り始めた。

 

「このお客さんねえ、ずっと歩いて旅しているんだって」

 

私の体験は、既にマスター自身の「ネタ」となっていた。酒に欠かせないつまみのようなものだ。常連さんも「へえ~それは変わった趣味ですね」といったニュアンスの反応をし、私を興味深げに見つめた。

 

面白いもので、こうしたネタは新たなネタをたぐり寄せるようで、常連さんの一人が私の出身地にある大学の卒業生と分かった。「僕、〇〇に住んでたんですよ。懐かしいなあ」

 

話は私の歩き旅から私の出身地へと飛び、またそこでしばしローカル話で盛り上がった。

 

私個人の体験が、誰かの酒のつまみになり、それが触媒となってまた新たな話題を生み出す。生の化学反応を体験しているようで、実におもしろかった。

 

歩き旅はなかなか世間的に認知されていないタイプのレジャーだと思うが、それなりに面白さがあり、人々の関心を引き起こす。少なくとも「酒のネタ」「つまみ」になることは間違いない、といっても言い過ぎではないかもしれない。

 

ということで、これからも誰かの、大将の、マスターの、ママさんの、酒のネタになるべく、歩き旅を続けるつもりである。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~