おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【歩き旅と思索】 31・四国は聖地だった

~簡単な自己紹介はこちらです~

 

ザックを背負い、ひたすら歩く。

 

これだけの旅だが、道中の扱いが特別によく、ありがたいと感じる土地があった。

 

四国だ。

 

いわずとしれた「八十八か所」。皆さん、なにがしかの本願を抱えて道中を歩き、ペダルをこぎ、アクセルをゆっくりと踏み、バスの車窓から思いにふける。

 

私はそんな菩提心も求道心も持ち合わせておらず、ただ歩きたい一心で明石~淡路島~徳島とつないだ(明石~淡路島の大橋はたしか歩道がなく、バスか何かで移動した)。

 

四国という土地はほとんど足を踏み入れたことがなく、とても楽しみにしていて、吉野川をわたるあたりでは「あの有名な川か」とゆっくりと歩いた記憶がある。

 

さて、日が暮れかけていた。

 

今晩の野宿地はどこにしようか、もうあたりは結構な市街地になってきたぞーと少しそわそわしていると、川原のあたりでバスの駐車場のような野原が広がっているのが見えた。

 

観光バスのようなものが3台ほど止まっている。ここなら夜はお邪魔にならないかな。

 

バス会社の社員さんらしき方が近くにおり、恐る恐る尋ねてみた。

 

すいません、私は歩き旅をしている者で、怪しいものではございません。今晩、ここにテントをはらせていただいてもよろしいでしょうか。ゴミ一つ、残しません。

 

不審者といえば不審者だ。ダメといわれても当然だと半分諦めかけていると、社員さんは「どうぞどうぞ!」と笑顔で快諾してくださった。

 

何か尊いものを見つめるようなまなざしだった。

 

おそらくだが、私をお遍路さんだと勘違いされたのだろう。

 

それはともかく、社員さんの快諾に深く頭を下げ、小さな一人用テントをはらせていただいた。もちろん、ゴミ一つ、あと一つ残さず翌日は撤収した。

 

四国はどうも、旅をする人に優しいようだ、そのことを四国入り初日に感じた。

 

八十八か所をする時間はなかなかないが、また休みがとれたら足を運びたい。

 

四国の皆様、大師様に感謝だ。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~