おじさん少年の記

いつまでも少年ではない。老いもしない。

【歩き旅と思索】 30・ワン公も思い出

~簡単な自己紹介はこちらです~

 

ひたすら歩くばかりの旅をしていると、たまにだが妙な体験をする。

 

東海地方の名城・岡崎城に差し掛かったときのことだ。秋の午後。紅葉の向こうにそびえる城の石垣が実に美しく、しばらくその光景に見入っていた。

 

さて、また歩くか。

 

再び歩きモードに入ろうとしたところで、一匹のワン公が私を上目遣いに見ているのに気づいた。

 

見てくれからすると、野良犬らしい。腹が減っているのだろうか。

 

でもなあ、俺、何も持ってないんだよなあ。ごめんよ。

 

私はそのまま、その日の目的地に向かって歩みを進めた。午後3時をすぎていただろうか、そろそろ日没が迫ってくるという焦りもあり、黙々と進んだ。

 

20分ほどだったか、少し休もうと歩みをとめると、さきほどのワン公が30メートルほど後ろにいるのに気づいた。

 

おお、まだついてきとったんか。でもなあ、俺、何も持ってないんよ。

 

また歩き始めた。このへんから、ワン公のことが気になり始めた。いったいワン公はどこまで付いてくるつもりなんだろう。

 

しばらく、本当にしばらく、歩いた。そして、ワン公はやはり数十メートルおいて、付いてきていた。

 

今思えば、コンビニにでも寄っておにぎりでも食わしてあげればよかったのかもしれない。だが、そのときはそこまで配慮が回らなかった。申し訳ない。

 

もう40分ほども歩いたろうか、ようやくワン公はあきらめたのか、私のストーキングをやめた。

 

ひょっとしたら、単に寂しかっただけなのかな。相手に、してほしかったのかな。そうだとしたら、申し訳なかった。

 

あの沈んだ表情が、なんとも忘れられず、いまだにまぶたに残り続けている。

 

もう会えないけど、しかもおそらく天に召されているだろうけど、ワン公、僕はお前のことを覚えているからな。お前のことが気になってたからな。あんときは、ごめんな。頭、なでてあげればよかったな。

 

岡崎城の絶景に心奪われたのも事実だが、その足元で出会った名の知れぬワン公も、同じく欠くことのできない思い出だ。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~