変わり者の大将の紹介↓
男やもめの居酒屋大将は、ある意味失うものがないというか、破れかぶれというか、すがすがしいほどに人生に商売にあっけらかんとしていて、眺めている方からすると実に羨ましく輝いていた。
人間らしい表情を見せるのも、大将の魅力だった。
初めて店に入ったときのことが忘れられない。入社1年しかたたない会社で異動を命ぜられ、地方都市に転勤となり、日が暮れてぶらぶらと飲み屋街を歩いていたときのことだ。
どうせほかに金の使い道もない、適当に面白そうな店に入って散財でもしようかーと、看板がやけに大きい店の玄関を開けた。
ひとけがなかった。厨房の奥でテレビだけが映っている。どうしたものかと思っていると、突然ガバリと小上がりから一人の男が起き上がった。作務衣姿の男性ひげはぼうぼう。それが大将だった。
慌てたように、やや恥ずかしそうに、作務衣のおいちゃんというか少年というかなんともいえない男性は厨房に入っていった。
私は脂の乗った(ほめているわけではない)メニュー表をにらみ、たしか「アスパラ炒め」とビールを頼んだ。
大将は何と答えるわけでもなく黙々と調理を始めた。400円ぐらいだったか。安いなあ。どんな料理がくるのかと思っていたら、鉄板にジュワーと煙の沸き立つ結構まともなのが出てきた。
うん。うまい。
私はビールをあおった勢いもあり、厨房のほうのおいさんに呼び掛けた。「すいません」
おいさんはうつむいていたが、私の声にやや驚いたかのように顔を上げた。
「うまいっす」
私は正直感じたことをそのまま伝えた。すると大将はなんとも忘れられない表情を見せた。
嬉しそうに、照れを隠すように、「ふふ」といってまた下を向いたのだ。
おいちゃん、かわいいやん。
私はその瞬間、まだ得体の知れない厨房の大将とこころがつながったような気がした。
実際、そこから私と大将との距離は一気に縮まり、人生でかけがえのない付き合いが始まったのである。
生きていて、出逢うべくして出会う人というのはいるのだろう。そしてそのきっかけは、こんなふうに突然で自然で、振り返ると必然だったと感じられるようなものなのかもしれない。
秋の入り口に当時の光景を思い出した。
~お読みくださり、ありがとうございました~