変わり者の大将の紹介↓
男やもめの居酒屋は、当然ながら掃除も行き届かず、そのため女性客には敬遠されていた。
注文を強いることもなく、ボケーとしているだけでも何も言われなかった。
儲けようとガツガツすることなく、その日をしのげれば御の字というぐらいの悠長さが印象的だった。
これはたびたび経験したことだが、日付変更線をまたごうとするころ、私がちょっとした料理を注文すると「もう頼むな、こーん」と厨房からぼやいてきた。大将、儲からんでいいんですか。僕、めっちゃいい客やのに。チューハイのおかわりも、頼んであげるのに。儲けに貢献してあげようて、いうてるのに。全く理不尽な話ですよ。
「頼むな」というわりには店も閉めず、だらだらと深夜帯を過ごすことも少なくなかった。なんで注文断るんかい。
料理の腕はピカイチ。だが、このように気が向かないと注文を取らなかったり、聴こえないふりをしていた。
なんちゅうわがままな店主じゃ。
そう思われて当然の経営者なのだが、このゆるさが常連客にとってはたまらなく味わい深く、また来たい、明日もここで呑みたい、大将に突っ込まれたい、と思わせられるのであった。
大将はコロナの混乱の中でこの世を去ったのだが、その直後から「難民」が発生した。入り浸っていた客にとっては、埋め合わせられるほど個性的な店が見つからなかったのだ。
私も難民の一人だ。いまだに大将ロスを埋められるような店には巡り合えていない。これからも見つけることは難しいかもしれない。なにより、大将は大将であり、「代わり」を探すこと自体、無理な話だ。
大将ロスの衝撃は今でも大きい。もっと店に入り浸っておけばよかった、もっと大将に迷惑かけとけばよかった、ちょっかい出して困らせたかった、いろんな思いがもたげてくる。今では思い出しか残っていないが、それをつまみに、常連客たちと呑み語り合うことが慰めとなっている。
~お読みくださり、ありがとうございました~