【大将と私】3・不思議な縁
変わり者の大将の紹介↓
男やもめの大将が営む居酒屋は、油のにおいがどっぷりしみこみ、とても若い女性が足を踏み入れるような空間ではなかった。
それでも、大将のあまのじゃくで甘えん坊なキャラクターに引き込まれた一部のマニアな常連客たちが、しこしこと足を運んでは傾きかけの店をなんとか支えていた。
私もその一人であり、店を閉めた後はよく大将に飲みに連れ出してもらった。
あまりにもどっぷり店にはまりすぎていたためか、大将の暮らしにいつしか同化し、不思議な体験をすることがあった。
常連客2人と大将、私で焼き肉を食べにいったときのことだ。
いつものように他愛もない話をつまみに盛り上がっていたのだが、そのときふと、一つの疑問が浮かび上がった。
大将って、男やもめやけど、お父さんってどうしてるんやろう。
当時はまだお父さんが健在らしかった。しかし親子仲がそれほど良いわけではなく、ほとんど会っていなかった。私は大将の1ファンとして、その父親のことを知りたいとの思いが突然わいてきた。
「ああ、おいさんか、おいさんは◎◎町に住んでる」
大将は特段の感情も交えず、短く答えた。常連客の2人は「おいさんも変わり者や」と苦笑いした。常連客は大将の幼なじみだった。
話はそこで途切れ、また何ということもない飲み話に戻った。
それから数日後。大将の店が閉じていた事もあり、別の店でくだを巻いていた。暇すぎて、大将を茶化しに電話を掛けた。
大将が答えた。「おいさんが、死んだ」
時系列をさかのぼると、私が大将にお父さんのことを聞いたちょうどその時間帯に、亡くなったようだった。自宅で、脳か心臓の発作で倒れていたところが、数日たって見つかった。
私は大将からその話を聞き、思った。これはお父さまが、大将のファンである私を通じて、大将にお別れを言いにきたのだ。
大将もお父さんも変わり者だった。向き合って話をする機会はとんとなくなっていた。最期の別れを告げるには、誰かの仲介が必要だった。当時、常連客の中で最も若く(20代半ば)、大将にはまっていた私が、メッセンジャー役に選ばれたのだろう。
会ったこともないお父さまの葬儀に参列し、冥福を祈った。
大将にはまり、大将とたくさんの楽しい思い出をつくってきた者として、こうした不思議な体験に巡り合わせることも少なからずあった。
それは大将の人生の一部であり、私の人生の一部でもあった。今も不思議な縁を感じている。
~お読みくださり、ありがとうございました~