「マジかよ!」
スマホに映る短いテキストに、拓也の目は釘付けだ。思わず、手が怒りと悲しみでブルブルと震えている。
今日は、生まれて初めて参加する、合コンなのだ。高校時代、一緒に過ごした鉄道研究会の同級生たちと、勇気を出して初めて企画したのだ。都心の大学に通うようになった拓也が、バイト先の子に勇気を出して誘ってみたところ、奇跡的にOKをもらっていたのだった。
心の許せる友達は、鉄研時代の仲間しかいない。メンバーは俺を含めて5人。もはや二度と訪れないかもしれない貴重なチャンスに向けて、マックスの人数でそろないわけにはいかない。女性陣も5人。それなのに、剛だけは「今晩、常磐線で珍しい特急◎◎号が走る情報をキャッチした」とSNSに書き込むとと、わびの言葉もなくドタキャンしてきやがった。
合コン歴なしの男4人と、経験未知数の女性陣。しかも女性の1人はバイト先の子で、相当にかわいい。このままでは、最初の乾杯でつぶれてしまいそうだ。
「あと1人、何としても必要だ!誰でもいいから、お助けを~!」
彼女歴なし20年になる、若者の心からの叫びは、同じような境遇にある男のハートにズギューンと響いた。5分後、合コン会場となる居酒屋の玄関で男性陣と合流することになった。
手作りマント姿はやや違和感を感じさせるが、この際文句は言ってられない。一同、戦力が「5」となったことだけで一息つくと、いざ!うたげの場へと踏み込んだ。
それからの2時間、男たちを包む時空が、ゆがんだ。テーブルの向かいに並ぶ女性陣が、まぶしかった。乾杯の音頭を拓也が何とかこなしたが、その後はひたすら黙々とジョッキを空け続けるのみ。まばゆい光線に瞳を向けることも、話し掛けることも、ほとんどできない。ざんねんマンにいたっては、緊張の針が振り切れてしまったか、後半は畳に寝そべって鼻提灯を膨らませる始末。とうとうラストオーダーを迎えてしまった。
失意のまま会計へ。ただ男の見栄だけはあり、女性陣からの会費徴収はしなかった。一方、貧乏学生ばかりで財布は軽い。「ざんねんマン、申し訳ないんだけど、飲み食いした分お代を・・」
すがるような視線を寄せる若衆4人を前に、ざんねんマンは背中から冷や汗が滴るのを感じた。なにしろ、財布を持ってこなかった。そもそも、ヒーロー稼業でそんな場面が出てくるとは想定もしたことがなかった。
男連中、進退窮まった。何しろ、予定していた割り勘分しか用意していない。かといって、今さら女性陣にすがるのも格好がつかない。合コン代も払えない姿なんて、見せられない。
幹事を務めた拓也は、智恵を絞った。逃げられない。かといって、仲間に気を遣わせたくもない。恥ずかしい気持ちを押し隠し、こっそり店員に「僕、今から皿洗いします」と告げた。会計が無事に終わったように、装った。
玄関先で、肩を落とすざんねんマンに「今日は助かったよ」と一声掛けると、残りのみんなには「忘れ物したから」と一人、店に戻った。
ざんねんマンの飲み食いした◎千円分を支払うため、未明までフロアと厨房に立ち続けた。翌朝の授業はほとんど頭に入らなかった。
が、眠気は午後に届いた一通のメールで吹き飛んだ。
「昨日はお疲れ様でした」
合コンに参加していた、おとなしめで可憐な女の子からのメッセージだった。好意の情を伝える内容の言葉がつづられていた。勘のいい子というのはいるものだ。人に気を遣わせず、自分が負担をこっそりかぶろうとする人間の存在に、しっかりと気づいてくれていたのだ。
負け戦かと思われたイベントの最後に訪れた逆転劇。「生きててよかった」と感涙にむせぶ拓也。一方、無銭飲食の罪悪感にさいなまれるざんねんマンは「今度からヒーロースーツにお財布用のポケットを縫い付けようか」と見当違いな反省をするのであった。
~お読みくださり、ありがとうございました~
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