おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 ~第7話・怒涛の企業対決~

地球のあらゆるところで、企業が競争を繰り広げております。


国境を越え、大陸をまたぎ、社の利益を挙げんと日々、ビジネスパーソンたちが戦っているのであります。


ですが戦いは、疲れるものであります。


争いから距離を取り、ともに栄える道は、ないものでしょうか。

「ワタシタチハ、20オク、ダセマス」

懐から取り出した名刺には、ヨーロッパを代表する石油化学メーカーとして知られる◎△◇社の「CEO」の肩書きが付されていた。

対峙するのは、作業服に身を包んだ白髪の男性。二酸化炭素を、ある工程を経て酸素と無害な炭化化合物に分けてしまう、特殊なフィルターの開発に成功した中小企業の社長だ。

世界が「脱炭素社会」へと動く。この会社の技術があれば、競争に勝てる。そうみたヨーロッパ企業のトップは、同社を買収しようとチャーター機を飛ばして青森まできたのだった。

提示金額につばを飲む銀髪社長。だが、試行錯誤しながら生み出した虎の子の技術。そうそう簡単には手放せない。一方で、技術を生かす道を見つけられず、業績は低迷。頑張る従業員たちに報いるためにも、お金はほしい・・

考え込む銀髪社長の耳元で、秘書がささやいた。「お客様が・・」

現れたのは2人の紳士。一人は、中国を拠点とする巨大プラントメーカーの経営者。もう一人は、日本を代表する重電メーカーの社長。いずれも狙いは同じだ。三つどもえの争奪戦の様相を呈した社長室は、息をするのもはばかられる緊張感に包まれた。

「もう、どうしたらいいのか。誰か助けてくれよう」

社長のぼやきを、一人の男がしかと聞き届けた。日本の草深い田舎から誕生した、人助けのヒーロー・ざんねんマン。都内にある一人住まいのアパートのベランダに繰り出すと、えいやと勇ましい掛け声を挙げ、東北の空へと飛び立った。

15分で到着。空気入れ替えのため開け放たれていた社長室の窓から、スゥと滑り込む。

「Oh, アナタハ、ウワサデキイテイル、ザンネンナ、ヒト...」

ここ最近は海外でも少しずつ名前が知られていた。説明の手間が省けて助かる。中小企業の社長を含めた4人が、手作りマントの男の言葉を待った。何か、解決策を出してくれるか。

「この技術があれば、世界中の人が助かりますね・・」

それは分かっているんだ。だからこそ、うちの会社のものにしたいんだ。欧・中・日のトップは心の中で悪態をついた。

「一番効果が出る方法は、何なんでしょうかねえ」

 

あ?なんだって?あまりにも素朴な質問に、3人は一瞬、ひょうし抜けした。そんな基本的な話、聞きますか。

 

しかし・・。3人ともこれまで、「うちの会社がどうやったら独り占めできるか」ということにばかり意識が偏っていた。「世の中に役立てる」という、まっとうな視点で見つめたことは、意外にもほとんどなかった。盲点だった。

「JV、か」

日本人社長がつぶやいた。複数の企業が連携して事業を手掛ける、ジョイント・ベンチャーだ。

欧中日、それぞれの企業に強みがある。販路、デジタル技術、ものづくり。3者が実力を発揮すれば、この技術はより早く、世界の脱炭素化を進めることができる。自社独占のうま味は薄れるが、安定的に事業収入を得ることはできそうだ。

3人の優れた経営者の脳内には、早くも一つの着地点が見えた。

3社で合弁会社を立ち上げ、中小企業から特許権を買い取り、親会社の下で共有する。会社の代表には、どの社にも肩入れしない、中立公正な人物を据える。ふさわしいのは・・

視線を一身に浴びたざんねんマンに事態が理解できるはずもなく、ただ狼狽するのであった。

仕事の早い経営者たちの段取りにより、ざんねんマンは代表権のない取締役となり、社長という肩書きを託された。ちなみに無報酬。「人助けが仕事なんだろう?」という殺し文句に、言い返せるせりふはなかった。

事業は瞬く間に世界展開した。正直、3社の間では水面下で勢力争いめいた出来事も繰り広げられた。が、問題が起きると「人助けのヒーロー」が出張ってきかねないため、うかつにインチキはできなかった。何といっても、この男の下では弱い立場の者が最後は助けられるのだ。

うわべだけの握手から始まった提携関係は、だが少しずつ、互いを補い合う信頼関係に深まった。まもなく、神輿に担いだあの男に頼る必要もなくなった。半年後、ざんねんマンは役員会の満場一致で「解任」となった。

不倶戴天の敵ともみえた競争相手が、手を結びともに世の中を豊かにするパートナーに。社会の役に立ち、会社も成長する道を切り開いた3社のトップは、今ではたまに雀卓を囲む心友となった。

一方のざんねんマン。お役御免となった傷心に浸りつつ、「僕もお偉いさんだったんだ」と、もはや効力を失った「社長」の名刺を見つめてはほくそ笑むのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

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