おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 ~第19話・亡き人を偲ぶ~

こらえようと思っても、こぼれる涙を止めることができない。

 

公私でお世話になった、人生の先輩が、世を去った。


急性期の病におかされていたらしい。人づてに調子が悪いとは聞いていたが、まさかこれほど早く、あっけなく逝ってしまうとは。

 

玄関前のポスト。訃報のハガキを手にした誠は、しばし立ち尽くした。

 

亡くなった方は、仕事の取引先の社長さんだった。事業規模は大きいのに、いばることの決してない、人を気遣うことのできる人物だった。年齢が2まわりも違うのに、当時30代だった誠にも気さくに声を掛けてくれた。よく居酒屋に連れていってくれた。スナックには何度一緒に行ったことか。もう一人の”呑み仲間”と一緒に、マイクのリレーをした光景が忘れられない。

 

その人のおかげで、楽しい思い出をたくさんつくることができた。せめて、生きている間に、感謝の言葉を伝えたかった。いや、何とかして伝えたい。今からでも何かできないか。誰か、智恵を与えてほしい。

 

真摯な祈りを、一人の男がしかと聞き届けた。人助けのヒーロー、人呼んで「ざんねんマン」。東京は荒川の河川敷でジョギング中だったが、よいさぁと掛け声よろしく誠のいる金沢へと飛び立った。

 

「誠さん、その方のこと、本当に好きだったんですね」

 

ざんねんマンの問いかけに、誠は深くうなずいた。はい、あの方の純粋な人柄が、本当に好きでした。人としてね。いつも明るく、笑顔でした。しかも、人の悪口は言わないんです。一緒にいるだけで、安らげました。失礼な言い方になるかもしれませんが、僕にとっては年の離れた親友のような存在でした。

 

彼を慕う人々に気を遣わせまいと、最期まで病状の進行状況を詳らかにしなかったようだ。お葬式も家族でひっそり執り行ったと、ハガキにつづられていた。去り際も本当に、あの社長さんらしい。

 

「私にも、そんな人がほしかった・・」

 

いつもは能天気な様子のざんねんマンが、しんみりとつぶやいた。

 

ヒーロー稼業は見た目ほど華やかではない。日ごろは身分を隠し、しがないサラリーマン生活に耐えなければいけない。正体がばれると、みんなが頼ってくるかもしれないからだ。誰ともつかず離れずの関係でやっていくからこそ、いざというときに本領を発揮できる。やりがいはある。ただ、寂しさはぬぐえない。

 

「親しい人との思い出があること自体、うらやましいです」

 

心から恨めしそうに見上げられた誠は、面食らった。慰められるかと思いきや、むしろ嫉妬されるとは まあ確かに、社長さんといると楽しかったですよ。カラオケで歌っていたクラプトンの「crossroads」は、シビれたなあ。スナックのママさんは「てっちゃん」って親しげに話しかけてたなあ。

 

「誠さんの話を聞いていると、その『てっちゃん』さんが目に浮かぶみたいだぁ」

ざんねんマンに、笑顔が戻った。

 

記憶とは不思議なものだ。その人の胸の内にある限り、それは既に躍動力を失った「過去」にとどまる。だが、ひとたびそれが誰かに語られると、今まさに展開する「体験」としてよみがえるのだ。

 

語っていこう、あの人のことを。

 

誠は深く息を吐き、吸った。「ありがとう、ざんねんマン。心が晴れました」

 

寂しさはぬぐえない。それでも、あの人のことを語れば、聞いた人の心の名で、生き生きとよみがえる。今まさに、ざんねんマンの瞳の向こうでは、スナックのソファから立ち上がったてっちゃんが、拳を握ってのどを震わしているじゃないか。あの人のことが心に浮かぶたびに、思い出を語ろう。それが、あの人の供養になり、心の交流になるのだ。

 

瞳に光が戻った誠を見て、ヒーローもひと安心した。「僕も何か、元気もらえました」

それじゃ、と帰途に就いたざんねんマン。澄み渡る夕暮れ空を気持ちよさげに泳ぎながら、「今晩はスナック行ってcrossroads歌おう」と早速てっちゃんの友達を気取るのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~