「さーいよいよ長丁場の始まりです!感動の瞬間を、捉えられるか
玄関前で、リポーターがやけに高いトーンで叫んだ。
各テレビ局が折々に手掛ける、24時間密着シリーズ。病院、ポリ
人助けのプロこと、ざんねんマン。
助けを求められると、100%の確率でミッションを達成してきた
気がかりなのは、映(ば)えないこと。ビームなどの大技も出ない
事前に収録の了解を得た上で、とある日の正午、カメラクルーは本
あ、どうもどうも。今日はわざわざ大勢で。
やたらニヤケた顔が画面にドアップで映る。「ヒーロー」の風格は
「いやー、なんともつつましいお部屋ですね。こちらが人助けのヒ
リポーターが情感あふれんばかりに見どころを伝えようとするが、
「さてざんねんマンさん、早速ですが次の出動はいつごろに・・」
リポーターがマイクを向けてくる。そうですね、まあ突然といいま
そのときだった。ざんねんマンが言い終わらないうちに、玄関のチ
「さすが、さすがは人助けのプロ!休む暇もないのか!」
色めきだつクルーを笑顔で制しながらドアを空けた。そこには、な
「呑竜軒ですぅ。いつもありがとうございや~す」
出前で頼んだチャーシュー麺と餃子、キムチを床に置いた。いやぁ
玄関でしばし雑談する二人に、クルーは言葉にならないイライラが
あーすいません、皆さんがいらっしゃる前に出前を頼んどいたんで
振り返りざま、それほど悪びれるでもなく頭をかくヒーロー。クル
その後はなんとも単調な時間が過ぎた。来客なし、電話なし、助け
はあっ!
再びクルーに緊張が走る。今度こそは出動かー
しまった、洗濯機のボタン押すの、忘れてた!
やってもうたとばかりに天を仰ぐ異色の主人公に、一同の疲労は倍
期待をせず、「そのとき」を待ち続けた。が、変化なし。とうとう
一方のクルー陣。少しでも撮れ高を確保せねばと、眠気と戦い続け
夜が明けた。24時間収録が終わるまで、残りわずか6時間。百戦
かといって、無理やりに救出劇を仕立て上げるわけにもいかない。
気負いをなくしたところで、少しだが心持ちも楽になるような気が
クルーのアシスタントの女性が、最初に動き出した。
夜が明けた。24時間収録が終わるまで、残りわずか6時間。撮れ高なく、言いようのない敗北感が部屋を覆う中、カメラクルーのアシスタントの女性がふと口を開いた。
「すいません、これ、片付けていいですか」
女性が指さしたのは、ちゃぶ台に置かれた食べかけのヨーグルト。もはや酸化が進んで食べられない。男の一人暮らしにありがちな光景だ。お掃除しないと、ばっちいよ。
いやぁ、すいませんねえ。ずぼらな性格なもので
頭をポリポリかきながら、ざんねんマンが頭を下げる。なんとも頼りないおじさんだこと。「お部屋、きれいにしないと体に悪いですよ」と語る女性の声には、生来の優しさがにじんでいた。
いろんなところに、手入れの必要な個所があった。ごみかごはもう一杯。ちゃんとゴミ袋に移して、さっさとステーションに出さないと。今日がちょうど可燃ごみの日だったので、女性はサササと手際よく片付けた。
男性陣も、暇をもてあましてか部屋の中を見回しだした。ったく、ざんねんマンさん、シンクの排水口がほとんど詰まってるじゃないですか。
年長のメンバーが、若手にポケットマネーを渡すと、詰まりを解消する溶液を買いにいかせた。
あー、やっぱりここも。風呂も同じだね。
男性連中、手分けしてそこここの排水口と格闘を始めた。まあなんと全く生活能力のないヒーローなんだ。口々にぼやきつつも、心の中では別のことも考えた。
こんな冴えないおじさんも、映えないなりに人助けをしているんだよな。生活に、目が行き届かないところも、あるのかな。ちっとは、僕らもお手伝いしてあげようかな。
「人助けの現場密着」という本来の目的を忘れ、一同が黙々と
ざんねんマンの部屋掃除に打ち込んだ。
そこには「撮れ高」も、視聴率も、会社の評価もなかった。ただ純粋に、冴えないおじさんの生活空間を普通レベルに戻してあげようとの思いがあった。
見違えるほど、とまではいかないが、訪問前と比べればずいぶんと部屋がきれいになった。
一同が心地よい疲労の汗をぬぐっていると、聞きなれたチャイムが窓の外から流れてきた。正午の知らせだ。
終わった。
視聴者に届けられる成果物は、何もなかった。カメラクルーのリーダーは、「こりゃ上からたんまり絞られるな」と苦笑いした。
実際、一同は会社に戻るや幹部から大目玉を喰らった。何もないなら、何かをつくれ。誰かにSOSを発信させろと。だが、映像の真実を求めるクルーに、いかさまは選択肢に入っていなかった。
申し訳程度に、リーダーがある映像を見せた。「いやですね、あまりに暇なもんで、僕らざんねんマンさんのお部屋を掃除したんですよ」
ゴミを手際よく片付ける女性アシスタント。排水口の詰まりと戦う男性スタッフ。その額ににじむ汗は、見る人の心を爽やかにさせてくれそうだった。
「いやいやいや、お掃除番組撮りにいってもらったわけじゃないんだよ!」
幹部の怒りに油を注いでしまった。こっぴどく叱られた。丸一日かけて、プロのカメラクルーが収穫物なしで帰ってくるとは。お前たち、今日は一日反省してなさい!
顔も見たくないとばかりに、一同はオフィスを追い出された。
あー、なんか疲労感のたまる24時間だったなあ。出前頼むなら先言っといてほしかったよね。あと、洗濯機は朝回しとかないとね。そういうとこに、生活感のなさがにじんでたね。
でも、俺たち、お掃除がんばったよね。ごみ片付けたし、シンクきれいになったし。今晩はあのおじさんも気持ちよくお風呂入れるだろうなあ。
駅への帰り道、一同は不思議な1日を振り返った。目に見えた収穫も評価も得られなかったが、心の中に何か温かい力のようなものが沸いてくるのを感じた。
人知れないところで積む善行こそ、その人にすがすがしい活力を与えてくれるのかもしれない。
競争社会で戦うテレビマンたちに、図らずも癒しの機会をもたらしたざんねんマン。すっかりきれいになった部屋を見回しながら、「また3か月先ぐらいにきてくれるとありがたいんだけどな~」と何とも情けないことを考えるのであった。
完
~お読みくださり、ありがとうございました~