おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 第42話・人知れず積む善行


「さーいよいよ長丁場の始まりです!感動の瞬間を、捉えられるか?!」

玄関前で、リポーターがやけに高いトーンで叫んだ。

各テレビ局が折々に手掛ける、24時間密着シリーズ。病院、ポリス、コンビニ・・と、あらゆる対象をネタにし尽くし、もはや残るトピックはないかと思われる中、とある局が最後の希望とばかりにあるターゲットに食指を伸ばした。

人助けのプロこと、ざんねんマン。

助けを求められると、100%の確率でミッションを達成してきた。その活動の様子をカメラで追いかけることができれば、刺激を求める視聴者に響くかもしれない。

気がかりなのは、映(ば)えないこと。ビームなどの大技も出ない。リスクはある。だが、もしかしたら、疲れた現代に多少なりとも潤いを提供できるかもしれない。これで一発当てたら、第2弾、第3弾とやっていくつもりだ。

事前に収録の了解を得た上で、とある日の正午、カメラクルーは本人の暮らすアパートの玄関をノックした。

あ、どうもどうも。今日はわざわざ大勢で。

やたらニヤケた顔が画面にドアップで映る。「ヒーロー」の風格はあれよと流れ去った。クルー一行、やや興ざめした気分を押し隠し、えいやと気合を入れ早速撮影モードに突入だ。

「いやー、なんともつつましいお部屋ですね。こちらが人助けのヒーローのご自宅です。本邦・初公開!」

リポーターが情感あふれんばかりに見どころを伝えようとするが、なんせ男一人暮らしの1DK。殺風景の観は否めない。ちゃぶ台に置かれた、食べかけのヨーグルトが侘しさを醸し出す。

「さてざんねんマンさん、早速ですが次の出動はいつごろに・・」

リポーターがマイクを向けてくる。そうですね、まあ突然といいますか、毎回いきなり仕事が飛び込んでくるわけですよ。それこそ今この瞬間にもひょっとしたら・・

そのときだった。ざんねんマンが言い終わらないうちに、玄関のチャイムが鳴った。

「さすが、さすがは人助けのプロ!休む暇もないのか!」

色めきだつクルーを笑顔で制しながらドアを空けた。そこには、なじみのラーメン屋の大将が立っていた。

「呑竜軒ですぅ。いつもありがとうございや~す」

出前で頼んだチャーシュー麺と餃子、キムチを床に置いた。いやぁ、こっちこそすいません、一人前なのにね。大将のラーメンは、一回食べたらやめられないですよ、まったく。

玄関でしばし雑談する二人に、クルーは言葉にならないイライラが沸き起こるのを感じた。

あーすいません、皆さんがいらっしゃる前に出前を頼んどいたんですよ。忘れてましたわ。

振り返りざま、それほど悪びれるでもなく頭をかくヒーロー。クルー一同は嫌な予感がわくのを感じた。今回の取材は、厳しい戦いになるかもしれないぞ。

その後はなんとも単調な時間が過ぎた。来客なし、電話なし、助けを求める心の叫び、なし。あっという間に日が傾く。夜の戦いに備え、一同がストレッチで体をほぐしはじめたころ、今度はざんねんマン自身が叫んだ。

はあっ!

再びクルーに緊張が走る。今度こそは出動かー

しまった、洗濯機のボタン押すの、忘れてた!

やってもうたとばかりに天を仰ぐ異色の主人公に、一同の疲労は倍にも3倍にも募るのであった。

期待をせず、「そのとき」を待ち続けた。が、変化なし。とうとう就寝時間となり、ざんねんマンは「申し訳ないですけど、お先に寝ま~す」と布団をかぶった。

一方のクルー陣。少しでも撮れ高を確保せねばと、眠気と戦い続けた。ときどき、ざんねんマンの布団がピクピクと動いたが、どうやら夢の中で壮大な人助けをしているためのようだった。現実の世界でやってほしかった。残念。

夜が明けた。24時間収録が終わるまで、残りわずか6時間。百戦錬磨のクルー陣に、「敗北」の二文字がちらついてきた。このまま何も起こらなかったら、俺たちは負けだ。

かといって、無理やりに救出劇を仕立て上げるわけにもいかない。いかさま、フェイクは今、最も世の中に嫌われているところだ。「そのとき」がやってこなければ、それであきらめるしかないのだろう。

気負いをなくしたところで、少しだが心持ちも楽になるような気がした。どうせ不漁なら、何か暇つぶしでも探そうかー

クルーのアシスタントの女性が、最初に動き出した。

夜が明けた。24時間収録が終わるまで、残りわずか6時間。撮れ高なく、言いようのない敗北感が部屋を覆う中、カメラクルーのアシスタントの女性がふと口を開いた。

「すいません、これ、片付けていいですか」

女性が指さしたのは、ちゃぶ台に置かれた食べかけのヨーグルト。もはや酸化が進んで食べられない。男の一人暮らしにありがちな光景だ。お掃除しないと、ばっちいよ。

いやぁ、すいませんねえ。ずぼらな性格なもので

頭をポリポリかきながら、ざんねんマンが頭を下げる。なんとも頼りないおじさんだこと。「お部屋、きれいにしないと体に悪いですよ」と語る女性の声には、生来の優しさがにじんでいた。

いろんなところに、手入れの必要な個所があった。ごみかごはもう一杯。ちゃんとゴミ袋に移して、さっさとステーションに出さないと。今日がちょうど可燃ごみの日だったので、女性はサササと手際よく片付けた。

男性陣も、暇をもてあましてか部屋の中を見回しだした。ったく、ざんねんマンさん、シンクの排水口がほとんど詰まってるじゃないですか。

年長のメンバーが、若手にポケットマネーを渡すと、詰まりを解消する溶液を買いにいかせた。

あー、やっぱりここも。風呂も同じだね。

男性連中、手分けしてそこここの排水口と格闘を始めた。まあなんと全く生活能力のないヒーローなんだ。口々にぼやきつつも、心の中では別のことも考えた。

こんな冴えないおじさんも、映えないなりに人助けをしているんだよな。生活に、目が行き届かないところも、あるのかな。ちっとは、僕らもお手伝いしてあげようかな。

「人助けの現場密着」という本来の目的を忘れ、一同が黙々と
ざんねんマンの部屋掃除に打ち込んだ。

そこには「撮れ高」も、視聴率も、会社の評価もなかった。ただ純粋に、冴えないおじさんの生活空間を普通レベルに戻してあげようとの思いがあった。

見違えるほど、とまではいかないが、訪問前と比べればずいぶんと部屋がきれいになった。

一同が心地よい疲労の汗をぬぐっていると、聞きなれたチャイムが窓の外から流れてきた。正午の知らせだ。

終わった。

視聴者に届けられる成果物は、何もなかった。カメラクルーのリーダーは、「こりゃ上からたんまり絞られるな」と苦笑いした。

実際、一同は会社に戻るや幹部から大目玉を喰らった。何もないなら、何かをつくれ。誰かにSOSを発信させろと。だが、映像の真実を求めるクルーに、いかさまは選択肢に入っていなかった。

申し訳程度に、リーダーがある映像を見せた。「いやですね、あまりに暇なもんで、僕らざんねんマンさんのお部屋を掃除したんですよ」

ゴミを手際よく片付ける女性アシスタント。排水口の詰まりと戦う男性スタッフ。その額ににじむ汗は、見る人の心を爽やかにさせてくれそうだった。

「いやいやいや、お掃除番組撮りにいってもらったわけじゃないんだよ!」

幹部の怒りに油を注いでしまった。こっぴどく叱られた。丸一日かけて、プロのカメラクルーが収穫物なしで帰ってくるとは。お前たち、今日は一日反省してなさい!

顔も見たくないとばかりに、一同はオフィスを追い出された。

あー、なんか疲労感のたまる24時間だったなあ。出前頼むなら先言っといてほしかったよね。あと、洗濯機は朝回しとかないとね。そういうとこに、生活感のなさがにじんでたね。

でも、俺たち、お掃除がんばったよね。ごみ片付けたし、シンクきれいになったし。今晩はあのおじさんも気持ちよくお風呂入れるだろうなあ。

駅への帰り道、一同は不思議な1日を振り返った。目に見えた収穫も評価も得られなかったが、心の中に何か温かい力のようなものが沸いてくるのを感じた。

人知れないところで積む善行こそ、その人にすがすがしい活力を与えてくれるのかもしれない。

競争社会で戦うテレビマンたちに、図らずも癒しの機会をもたらしたざんねんマン。すっかりきれいになった部屋を見回しながら、「また3か月先ぐらいにきてくれるとありがたいんだけどな~」と何とも情けないことを考えるのであった。

~お読みくださり、ありがとうございました~