ピンポーン
アパートのインターホンが鳴った。さて、お客さんですか。今日も今日とて、どんな用件ですかなあ。
人助けのヒーローこと、ざんねんマン。テレビをポチリと消すと、玄関に向かった。
「は、はじめまして。僕、就活中の大学生です」
リクルートスーツがビシッと決まっている、といいたいところだが、腰のところでシャツがはみ出ている。ひげも、そり残しがちらほら。うーん、少し残念だ。
相談はシンプルだった。「カッコいいビジネスマン」になるよう助けてほしいのだという。
「まあその、あれです。『世界を股にかける』、的な。それとか、『六本木でブイブイいわせる』、的な」
颯爽とオフィス街を歩く未来の自分を想像したか、青年はニヤニヤ顔が止まらない。ああ、この手の妄想青年の相手するのは面倒なんだよなあ。ざんねんマン、青年のだらけた格好を見回すと、本音をポロリ漏らしてしまった。
いやーどう見ても「しがないサラリーマン」でしょう。あと、「新橋で呑んだくれる」、的な。
青年、思わずプっと吹いた。だが、自分のことを言われていると気づくや、ニヤケ顔は一気に硬直した。「さ、サラリーマン、いうなー!あと、新橋、いうなー!」
あまりにも自分の理想からかけ離れた、あるいは、現実的すぎるざんねんマンの言葉に、青年は恥辱にまみれたか、肩を震わせた。
「僕はねえ、かっこいいビジネスマンになりたいんだ。バリバリ仕事できて、休日は六本木のしゃれたバーで飲んで、きれいな彼女つくって、ウハウハ人生を送りたいんだ!新橋とか、呑んだくれるとか、SL広場の前でインタビューされて上司の愚痴言って翌朝しぼられるとか、そんなださい人生は、送りたくないんだー!」
ほお、よう見えてるようじゃないですか。ご自身の将来の姿が。サラリーマン、いいじゃないですか。お兄さんによく似合ってると思いますよ。
ざんねんマンのあっけらかんとした返しを、青年は放心の体で受け止めた。「そんな、人助けのヒーローって聞いたのに。秘術で僕にスーパーパワーとか授けてくれるって期待してたのに」
ずいぶんと都合のいい思い込みをされてることですなあ。わたしはねえ、ヒーロー養成学校で学んだ飛行術以外は特段何もできやしませんよ。それこそビーム出したりとか、無理ですからね。
「でも、あなたは人助けの成功率が100%だと聞きましたよ」
ああ、あれはねえ、私もなんでか分からないんですよ。まあこうやって口喧嘩みたいなことしてたらね、お客さんのほうが勝手に何かひらめいて帰っていくんですよ。不思議なもんで。
「じゃあ、僕はどうやったら夢をかなえられるんだろう」
うーん、まあ、生まれ持った顔と図体、おつむってもんがありますからねえ。なんでもかんでも叶えられるってのは無理がありますわなあ。でも、できることはだいぶんあるように思いますが。
イケてるビジネスマンにはなれないかもしれない。でも、しがないサラリーマンだからって六本木に行っちゃいけないわけじゃない。ブイブイいわせたって悪くない。海外だって、どんどん行ったらいいじゃないか。出張の機会がなければ、プライベートで旅行すればいいだけだ。
見てくれは置いとこう。ステレオタイプな理想像から、自由になろう。自分の身の丈に合ったところで考えよう。やれることは、ずいぶんとあるはずだ。
「やりたいことを、やってみる、か・・」
青年は何か腑に落ちたことがあったか、小さく、ゆっくりとうなずいた。
「やりたいことを、やってみる、か・・」
青年は何か腑に落ちたことがあったか、小さく、ゆっくりとうなずいた。「おじさん、やっぱおじさんは、ヒーローだ」
青年の言葉に、ざんねんマンは思わず歯が浮いた。「ヒーロー」、とな。この言葉に、弱いんだ。
青年はその後、首都圏の中堅メーカーに就職した。憧れのIT系ではなかった。真夏の空の下、汗だくになりながら飛び込み営業を重ねた。六本木の敷居は、高く見えた。だが、自分で自分にリミットを設定することはしなかった。自分の居場所を、少しずつ開拓していくように努めた。
薄給だったが、給料日だけは憧れの六本木に繰り出した。勇気を出して、バーで高い酒を口にしたりもした。正直、恰好は洗練されているといえず、場違いな感は否めなかったが、それだけに少し目立ち、変わり者を相手にしてくれる奇特な人物もいたりした。どこの世界も、本物の紳士・淑女は懐深く、包容力にあふれているものだ。青年は、勇気を出して一歩を踏み出したことで、それまで縁のなかったハイソな人々の輪に入ることができた。
海外出張とは無縁の会社だったが、夏休みには東南アジアへグルメの旅に赴いた。お金はないから、格安飛行機で。シートすら倒せない不自由な機内で、隣り合ったバックパッカーと打ち解けた。旅先の安いドーミトリーで、世界各地から集った若者らと人生を語り合った。友人という、一生の宝を続々と発掘していった。
いまや青年は、青年なりの夢を実現した。「世界を股にかける『サラリーマン』」。「六本木でブイブイいわせる『サラリーマン』」。もちろん、当初描いた理想からはだいぶ離れてしまった。どこか哀愁が漂い、滑稽さも伴う。だが、なぜか憎めず、微笑ましくもある。これまでになかった、颯爽とした新たな社会人像を、青年は図らずも生み出していた。
今なら、胸を張っていえる。自分が輝く「サラリーマン」であると!
理想像にこだわりすぎず、無理せず、地を出していった先に、自分なりの幸福をつかみとれるかもしれない。
ざんねんマン、青年のその後を風の便りで知ると、心から賛辞を送った。
僕も、自分なりの理想像を探っていこう。リミットをかけちゃ、ダメだ。もっと大物になれるかもしれない。欲、出そう。ぐっひっひ。
青年の飛躍に一役買い、ひときわ美味く感じられるビールをあおりながら、煩悩にまみれた妄想に胸膨らませるのであった。
完
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