おじさん少年の記

いつまでも少年ではない。老いもしない。

【ざんねんマンと行く】 第39話・本当のヒーロー

日差しが強まるほど、木陰の心地よさが増してくる。

 

人助けのヒーローこと、ざんねんマン。週末の昼下がり、都内のとある大きな緑の公園でプチ森林浴を楽しんでいた。大木のそばに腰を降ろし、ノンアルコールの缶ビールをプシューと空ける。ああ、最高だ。

 

「あ!このおじさん、見たことある!」

 

突如、静寂が破られた。指を差してきたのは学生さんかとみられる若い女性。隣の彼氏らしき男性に、何やらささやいている。「えっとね、今売りだし中の、小粒ヒーローのはず」

 

小粒、とな・・

 

ノンアルビールをあおる手が止まった。「小粒」は余計だが、確かに私は人助けの「ヒーロー」だ。

 

「握手、してもらっていいですか」。女性が近づいてきた。いいですよ。私なんかでよければ。なんなら写メでも一緒に。あ、それは別にいいと。映えないと。

 

それほど盛り上がることもなく、つかの間の交流が幕を下ろしかけたとき、今度は傍らの彼氏が口を開いた。「おじさん、僕、大きな人間になりたいんです。ヒーローみたいな。どうやったらビッグになれるんですか」

 

ヒーロー、とな。ビッグ、とな。それはつまり、私のような人間になりたいということですかな。あ、それは違うと。しがないヒーローは路線が違うと。

 

ご両人、結構ずけずけ言うてくれはりますなあ。

 

やや傷心のざんねんマン、何と答えるか思いあぐねていると、隣の大木からしゃがれた声が聞こえてきた。「それはのう、まず足元から見つめることじゃよ」

 

銀髪の老人が立ち上がった。同じく森林浴を楽しんでいるようだった。とつとつとした語り口には、荒波を潜り抜けてきたとみえる長老ならではの知恵が込められているようだった。

 

「おじいさん、『足元から見つめる』って、どういうことですか?」

 

彼氏の問いかけに、老人はほほと笑みを浮かべた。「よい質問じゃ。それはつまり、身近にできることから取り組む、ということじゃよ」

 

今、彼氏の頭の中は「ヒーロー」「ビッグ」という大きな夢が占めている。大きな仕事をして、目立って、儲けて、ウルトラハッピーになりたい。まあそういうことだろう。だが事はそう簡単に進まないものだ。千里の道も一歩からという。まずは目の前の課題、仕事を地道にこなすことが大切なのである。

 

「こちらのヒーローさんとやらを見るとよい。ひと昔前の特撮ヒーローのように、手からビームを出したり、大怪獣を倒したりとかはできぬ御仁じゃ。そういう意味では『小粒』じゃが、自分のできる範囲で人助けを頑張っておられるよって、だんだんと実績もついてきておる」

 

よく知っている老人だ。ただ者ではなさそうだ。彼氏はその言葉を頭の中で反芻してみた。「なるほど、まずは足元からと。ありがとうおじいさん!」

 

老人は少し照れた。そしてここからがさらに大事とばかりに、言葉を続けた。「そうじゃよ。ことわざでも言うであろう。『大は小を兼ねる』、と。大きなことを成す人間は、小さなことも大切にするものじゃ。ヒーローとて同じ。大怪獣を倒す前に、まずは目の前の弱弱しき人間を助けるものじゃ」

 

そして、チラリとざんねんマンの方へ視線をよこした。その瞬間、老人の方から何やら重い振動音が伝わってきた。

 

ギュルルル・・・

 

胃袋が唸っていた。そう、老人は空腹を持て余していたようだった。

 

やりよりますな、おじいさん。この策士!となじりたいところだが、ここまで持ち上げられては、もはや逃げられん。

 

人助けのヒーロー、その場の流れと空気を読み、覚悟を決めたかのようにうなずいた。おじいさん。おなかすいているんでしょう。どこか一緒に食べにいきましょう。

 

「いやいや、それは悪かろて・・でも、いいのか?これはまた、さすがのヒーローじゃ」

 

老人は馳走に預かれると確信したか、ペロリ舌なめずりした。そしてついでとばかりにつぶやいた。「もしよかったら、どうじゃ、そこのお二人もご一緒に」

 

なんだかうまいこと乗せられてしまったが、ここはなんとしても「ヒーロー」の面目を保ちたい。やっぱり、ええかっこ、したい。

 

ウキウキ顔の老人、「やったあ」とはしゃぐカップルの隣で、一人だけ眉間にしわを寄せるざんねんマン。そろり自分の財布をのぞき、ため息をつくと、3人を連れ近くの飲み屋街へと繰り出した。

 

「ヒーロー」と持ち上げられ、老人にご飯をおごる羽目になったざんねんマン。会話の流れで加わった若いカップルも引き連れ、眉間にしわを寄せながらいきつけの焼き鳥屋へと向かった。

 

のれんをくぐると、「らっしゃーい」と威勢のいい掛け声。なじみの大将だ。「あら、今日はお連れさんたちとですか」

 

そうなんですよ。いろいろありましてね。ところでおじいさん、何を召されますか。そちらのカップルも。今日はもう、腹いっぱい食べましょう。

 

“全部自腹”の覚悟を決めたざんねんマン、開き直ったかのようにハイテンションで注文を促した。老人「すまんのう、それじゃあわし、ハツ・ミノ・つくね。あと、生の大」。カップル「私たちは10本おまかせで。あとチャンジャ。生はたくさんいける口なんで、ピッチャーお願いしやーす」

 

遠慮ないなあ。あーもう、この際なんでもこいだ。注文の嵐に上機嫌の大将、厨房でクルクルと串を回す。その間にジョッキが登場だ。今日はとことん飲んで食べましょう。カンパーイ!

 

ほどよく世代が離れた4人のトークは、意外と楽しかった。銀髪の老人は勤め人時代の武勇伝やら失敗談を面白おかしく聞かせてくれた。これから社会に船出する若いカップルは興味津々だ。一方の二人も純粋で希望にあふれる夢を語った。若者よ、前途は洋々と開けている。人生を知りすぎて臆病な中年と違って、ずんずん進むんだ。

 

一方のざんねんマンにも発言の機会が与えらえた。まあその、私も売れない咄家さんの一発逆転を助けたり、未来から逃れてきたロボットの人生相談に乗ったり、いろいろやりました。落ち武者の霊と口喧嘩してたら相手が勝手に成仏したこともありましたなあ。よく考えると、私が何かしたというよりも、相手さんが自分で問題を乗り越えていったような気がします。

 

「それこそが、小粒の小粒たる魅力よ」

 

老人がしんみりとつぶやいた。小粒は自分で何もかも解決することはできない。だがその非力さゆえに、巡り合う人々が自らを奮い立たせる。結果、誰かに頼る前にハードルを突破していくのだ。

 

ご老体、結構いいこと言ってくれるなあ。今日は本当にいい日だ。

 

そこはかとない幸福感をかみしめていると、厨房の大将がささやきかけた。「お客さん方、すいませんねえ、そろそろ店じまいで・・」

 

現実に引き戻された。そうだ。今日はおいらが全部出すんだ。しばらく切り詰めた生活しないといけなくなるなあ。でも、いい。ご老体がおっしゃったように、ヒーローならまず足元の苦しむ人々を救わないと。しばらくうまいご飯に預かってなさそうな、このご老体をもてなさないと・・

 

「今日は、僕に出させてください」

 

口を開いたのは、カップルの彼氏の方だった。

 

「今日は本当に勉強になりました。人生のこと、教えてくださってありがとうございました。大物になりたいなら、まずは身近にできるところから。ですよね」

 

ほおを目を丸くしたのは、老人もざんねんマンも同じだった。隣の彼女は、瞳の中で星が輝いていた。「かっこよすぐる。もうぞっこん」

 

いやいやここは私がーと制しようとするざんねんマンに、彼氏は優しく返した。「無理しなくていいですよ。手が震えてますよ」。苦しい懐事情が、しっかり見抜かれていた。

 

バイト代が入り、少し余裕があるという彼氏は、景気よく財布から諭吉を2枚取り出すと、店の大将に手渡した。

 

4人のそれぞれが、心の中にほっこり温かいものが広がるのを感じた。

 

ヒーローは、何も大怪獣を倒したり、極悪非道の黒幕に鉄槌を下したりできる限られた人のことだけじゃない。身近なところで誰かを助けたり、励ましたり、ときには奢ったりして、周りに元気と癒しを分け与えてくれる人なら、誰でもヒーローなのだ。むしろ、目立たないところで世の中に善の種をまき続ける人こそが本物のヒーローといえるかもしれない。

 

いやあ、実に申し訳ない。それでは、今日はご馳走になります。あざっす!

 

ざんねんマン、取り出していた財布をそろり懐に戻すと、力いっぱい頭を下げた。いやあ、彼氏さんは将来ビッグになりますよ。「大は小を兼ねる」っていいますからね。どこまで大物に成長するか、楽しみですなあ。

 

老人は美味しくただ酒をいただき、彼氏さんは大器の片りんを見せ、彼女さんはますますぞっこんとなり、ざんねんマンは幸福感と財布の重みをかみしめた。誰もが満たされ、誰もが表現しようのない力でみなぎった。

 

玄関で4人は散会した。若いカップルの多幸を祈願し、一本締めで宴はフィナーレとなった。

 

ほろ酔い加減で帰途につこうと歩き出したざんねんマンに、後ろから老人が聞こえよがしにつぶやいた。「まあその、またおなかがギュルギュルいってきたときには、誰か別のお方におすがりすることにしようかのう~」

 

味をしめられたらかなわないぞ。小粒のヒーロー、聞こえなかったふりをして、早足で終電の駅へと逃げるのであった。

 

 

 

~お読みくださり、ありがとうございました~