おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 ~第54話・なんでも悲観的に考えてしまう青年(上)~

「ああ、僕はだめだ」

 

哲也(てつや)はため息をついた。頑張って書いた大学のレポートの評価が、合格ギリギリラインの「可」だった。10日間、図書館に通い詰めて仕上げたのに。僕は、本当に才能がないなあ。

 

まあ、振り返れば「良」も幾つかは取ってきた。でも、それはたいがい甘い評価で有名な教授の講義でいただいたものだ。ごく一部、厳しめの教授から褒められたことはあったけど、あれはきっと教授の気まぐれさ。僕なんか、ダメダメのダメ野郎なんだ。

 

バイトで塾講師やってるけど、人気はイケメンの学生が独り占め。しかも明るい性格ときている。僕なんか、イジイジしてしゃべるのも下手だから、ほとんど誰も気にも留めてくれないよ。まあ中には「先生の静かで優しく教えてくれるとこがいいんです」とか言ってくれる生徒さんもいるけど、あれはきっと慰めだな。

 

あーもう、いいとこなんか全然ないよ、僕。これからの人生、真っ暗だ。

 

「ダメだダメだ」と口ではぼやきながら、心の底で「誰かこんなかわいそうな僕を励ましてほしい」と叫んでいた。

 

その刹那。都内の立ち食いソバ屋でズルル―と麺をすすっていたある男が、雷(いかづち)に打たれたかのように全身こわ張った。「しばし待たれい」

 

人助けのヒーローこと、ざんねんマン。残っていた麺を一口でジュルリ喉奥まで流し込むと、開け放たれた玄関を抜けヨイッと夏空へ飛び立った。哲也の暮らす大阪のアパートまで一直線だ。

 

「おお、あなたは・・」

 

ベランダにトンと降り立ったざんねんマンを、哲也は驚きと感動の眼(まなこ)で見つめた。あの、最近売り出し中の、小粒ヒーローだ!

 

「僕みたいな、こんなダメダメ野郎を、わざわざ救いにきてくだったんですか?!」

あ、まあ、とりあえず条件反射で飛んできちゃいました。でへへ。

 

頭をポリポリとかく中年男に、哲也はやや拍子抜けした。ひょっとしてこのおじさん、名前負けしてるタイプなのか。「人助けのヒーロー」とか、看板だけでかくて中身はないみたいな、そっち系の人なのか。ちょっと気にかかるけど、この際だから相談してみよう。

 

「あのう、僕みたいに生まれながら恵まれてない人間が、幸せをつかむ道はあるんでしょうか」

 

まあまあ、「恵まれてない」なんて大げさな。ちょっと自意識過剰なんじゃないですか。

 

ざんねんマンのあけすけな物言いは、傷心に浸る青年のハートをささくれ立たせた。「そんなことないですよ!そういうおじさんだってね、ちょっと自分のこと、大きく見せすぎなんじゃないですか。見てくれはただのくたびれたおっさんじゃないですか」

 

おお、言うてくれましたなあ。ええそうですよ。私はねえ、しがない中年ヒーローですよ。それが何か?お金ない、もてない、コレステロール値最近高めの、おっさん中のおっさんですが、それが何か?

 

自らのわびしい状況を嘆くでもなく、堂々と明かすざんねんマンに、哲也はやや面食らった。このおじさん、自分のこと悲観してないみたいだ。傍からみたら、めちゃくちゃ可哀そうな環境なのに。ひょうひょうとしてる。どっちかというと、気持ちに余裕ありそうな感じだ。なんなんだこれは。悔しいけど、ちょっとうらやましいぞ。

 

鬱々と澱んでいた心の中に、得体の知れないながら心地よい涼風がそよぎこんできた。ひょっとしたら、力抜いて生きるだけで、人生楽になるのかしらん。

 

でもまだまだ、そう簡単には納得なんかしてやらないぞ。このおじさんを困らせてやるんだ。

 

「もうね、僕なんかね、最悪なんですから。大学のレポートとか、力いっぱい頑張って『可』だし。彼女いないし。塾講なんかやってると自分のダサさ加減が分かるってなもんですよ」

 

ダメ自慢をしてくる人間に、どう返すか。心ある人間なら、温かい励ましの言葉を掛けることだろう。

 

さて、どう出るか、小粒ヒーロー!

 

~(下)に続く~