おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 第40話・「黒幕」との対決

ピンポーン

 

アパートのチャイムが鳴った。古い建物だから、誰でも敷地に入ってこれる。面倒だけど、結構面白い出会いもあって、悪くないんだよな。

 

玄関ののぞき穴の向こうには、ビシッとスーツを決めた中年の男が立っていた。

日陰なのにグラサン。片手には何か入ってそうな紙袋。どこか闇のありそうな御仁だ。

 

人助けのヒーローこと、ざんねんマン。やや警戒しながらドアをギギ―と開けた。はい、どなたさまで・・

 

「突然のところ恐れ入ります。私はその、郊外でしがない・・ンセイ稼業をやってい・・ものでありまして・・」

 

ところどころ、聞き取れない。聞き直そうとすると、小声で制してきた。「まあその、できればお部屋でご相談を・・」

 

勢いに押され、中に通した。散らかっていますが、どうぞ。

 

ようやくグラサンを外した男は、目つきの鋭さが印象的だった。銀髪が目立つところをみると、アラ還か。

 

男の相談内容は意外とシンプルだった。「自分のブランド力を上げたい」という。世間の人気を集めるのが欠かせない仕事らしい。ただ最近、どうもその人気を若い成長株に奪われてしまったようだ。以前は黒塗りのハイヤーで官庁街から飲み屋街までを巡り倒していたのに・・。さぞ景気よくやっていたであろう往時への未練が、ねっとりした語り口から伝わってきた。

 

「ということで、つまらないものですが、これを」

 

片手の紙袋を、そろりとざんねんマンのひざ元に寄せてきた。むむ、中に何か入っている。


茶帯に包まれた、白い封筒。しかも結構分厚い。これはもしや・・

 

「まあ、よしなに」

 

中年男がニヤリと笑った。勘の悪いざんねんマンでも、さすがに中身は推測がついた。現ナマだ!

 

ということは、あなたはつまり、「センセイ」ですか?

 

「いやあ、まあ、センセイだなんて、そんな。う~しゃっしゃっしゃ」

 

男は明らかに上機嫌になった。センセイ、いい響き。周りから言われて嬉しくなるなんて、子供っぽい人だなあ。とまれ、それならそうと早くいってくれればいいのに。もったいぶるおじさんだ。まあでもセンセイ、どうして私なんかに相談を?

 

「まあ、それはね、あなたの助けが必要になったからだよ」

 

センセイのスーツをよく見ると、ちょっとくたびれていた。ひげもちゃんと剃れていない。なんだか、覇気がないっちゃあ、ない。あ、つまりはその、「元」センセイと・・

 

「それ、いうなー!」

 

センセイが羞恥心も露わに両手で自分の顔を隠した。ああもう、今となってはただのおじさんじゃん。おじさん、で、具体的に何をしてほしいんですか。

 

元・センセイは再びねちっこい眼差しを寄せてきた。「君の人助け達成率が100%ということはよく知っている。でもどうせあれだろう、ヤラセとかサクラでごまかしているんだろう?まあそれはいいんだ。やり方はどうでもいいから、私の知名度を上げてほしいんだよ」

 

ざんねんマンのひざ元に置いた札束は、その手付金というわけだった。

 

さて、どう動く、ざんねんマン!

 

 

札束と、その意味を理解したざんねんマン。トロリ溶けてしまうかと思いきや、活気盛んな江戸っ子よろしく吠えだした。

 

そんな、失敬な。わたしはですよ、確かに小粒なヒーロー稼業でしのがせていただいてますけどね、ヤラセも仕込みも、一度もやったことなんか、ないですよ。こんな札束で人を動かそうだなんて、人を小馬鹿にするにもほどがありますよ。それにね、札束とか、古すぎますよ。どうせやるならね、ビットコインとかユニコーン候補のIPO前株とかでしょ!

 

「いうたな、いいよったなー!」

 

元・センセイは烈火のごとく怒った。羞恥を隠すかのように、昔の武勇伝をぶちまけてきた。

 

「俺だってなあ、かつては料亭に足しげく通ってだな、他のセンセイとか経済界の重鎮たちと大事な話をしてたんだ。こんなふうに茶封筒を渡したり、もらったりしたことだって、何十回もあるんだぞう。それで世の中を動かしていたんだ。みんな知らないだろうけど、俺こそが世の中のフィクサー、つまり『黒幕』だったんだ」

 

自分で言うかいな。ざんねんマン、ちょっと吹いた。偉そうなこと言ってますけどね、結局あれでしょ、新進気鋭の若手に票を持ってかれちゃったんでしょう。地盤も看板もカバンもない新人にね。ださい、ださい!

 

今は世の中が大きく変わろうとしている。以前のように、「密室」で「密談」して物事を決める時代ではなくなってきている。そもそも情報はSNSですぐ世間に筒抜けになる。隠そう隠そうとしても、いずれ露わになる。古臭い昭和のやり方でやっていると、時代から取り残されるだけだ。

 

情報は「隠す」から「出す」方向へ。裏で操る「黒幕」が暗躍する時代から、何事にもオープンスタンスで臨む「丸腰」が輝く時代へ。着実に変わりっているニーズを理解し、しっかり応えるこれからの世代こそ、人々の支持を得て活躍していくのだ。

 

「むむむ、ムオオ~ン」

 

おじさんは、何か動かされるところがあったか、慟哭した。

 

「おふぅ、この年になって、ようやく自分の時代遅れっぷりに気づかされるとはな・・」

 

憑き物がとれたかのように、おじさんは澄んだ瞳を向けてきた。「この札束、返してもらうな」

 

ざんねんマン、やや未練ありげに封筒を眺めた。まあセンセイ、諭吉さん数枚ぐらいだったら、選別代わりってことで世間的にもOKかと・・

 

「なあに甘っちょろいこと言ってやらぁ。『黒幕』のいらない世の中とあっちゃ、こんな『袖の下』も出る幕はないってもんさあ」

 

百人以上は詰まっていたであろう諭吉の団体が、膝元からもろとも去っていった。小粒のヒーロー、小金持ちになった妄想をかき消すのにしばし必死となった。

 

元・センセイのおじさんは、来たときとはうってかわって軽い足取りでドアの向こうへと去っていった。おじさん、再就職できるのかなあ。

 

ざんねんマンの心配もなんのその、おじさんはちょっと違った形ながら見事にカムバックを果たすことになった。

 

黒塗りのハイヤーを乗り回し、「黒幕」ぶりを発揮していた元・センセイ。ざんねんマンとの、子供顔負けの口喧嘩を通じて、何か憑き物がとれたかのように澄んだ瞳を取り戻した。

 

両者の邂逅から数週間後。オフィス街から一本奥に入ったところで、蝶ネクタイを付けた元・センセイの姿があった。

 

「いらっしゃいませ」

 

低く落ち着いた声は、静かな世界に浸りたいビジネスパーソンカップルたちをじんわり温かく迎え入れていた。

 

グラスを手際よく拭きながら、さりげなく注文を待つ。口数は少なく、しかし最大限の気遣いを払いながら。カウンターの一人一人は、無言でたたずむセンセイの存在に気づいていないかのようでもあった。

 

センセイは、古巣の稼業に戻ることをあきらめた。あそこはもう、若い世代に託すべきだろう。俺なんかがかきまわす時代じゃない。すっぱり、未練を絶った。一方で、自分の持って生まれた個性を活かしたいとの思いを抑えることはできなかった。模索した末にたどり着いたのが、この仕事場だった。

 

今、一介のバーテンダーとして働いている。学生時代にちょっとだけバイトしていた。そのときの経験を生かし、人づてに知り合った店のオーナーに拾ってもらうことができた。

 

これまでさんざん「闇」「裏」の世界をひた走ってきた。秘密に秘密を重ね、ときに泥をすするようなこともしてきた。どこか後ろめたさもあった人生の経験は、意外にも新たな世界でプラスの方向に働くようになった。

 

秘密は決して漏らさない。気配りをきかせることができる。贈り物のポイントをわきまえている。人心の機微を相手にする、お酒の世界に欠かせない魅力だった。

 

相手の懐にすっと入っていける気安さは、間もなく常連客たちのハートをつかんでいった。口数こそ少ないながら、世渡りで苦労している若者には、実践的な処世術をさりげなく提言した。仕事でミスを犯し、取引先に菓子折り持っていくビジネスマンには、品物の選び方や差し出すタイミングを指南した。会社のドロドロした派閥争いの話を漏らされることもたびたびあったが、自分の肚一つにすべてを抑え込み、それがますます客の信用を集めた。

 

年がたち、ためたお金で独立した。人様には語れぬ闇を秘めていたセンセイは、誰からも慕われるバーのマスターとして本来の輝きを発揮し始めた。そこにはかつてのような近寄りがたい「黒幕」の面影はなかった。すっかり角がとれ、誰の心をも捉えて離さない「丸腰」そのものの魅力で満ち溢れていた。

 

人生を一周まわり、新たに生まれ変わることに成功した元・センセイ。かつて罵倒もした小粒ヒーローに心から感謝し、後に店に招いてたらふくご馳走した。

「これもあなたのおかげです」

 

一方のざんねんマン。すっかり景気も良くなったセンセイの姿にゲスな根性を揺り動かされたか、「諭吉さんを持て余してたら私がぜひ使いまわしてしんぜましょう」と小粒っぷり全開で馳走をねだるのであった。

 

 

~お読みくださり、ありがとうございました~