おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 ~第33話・人生訓はいつ、誰の胸に響くか分からない(上)~

「実績を積む極意」

 

垂れ幕にしたためた演題に、経営陣の期待が垣間見えた。

 

とある食品加工メーカーが開いた、新入社員研修会。大ホールに集結した若手約50人の表情には、一様に期待とほどよい緊張の色がにじんでいた。

 

「えー本日は、会社組織におきまして着実に成果を出すための心構えにつきまして、皆さんに考えていただきたいと思います」

 

人事部長の小手川が、壇上から新人たちに語り掛けた。「それでは早速、講師の方をご紹介しましょう。先生、さ、どうぞ前へ!」

 

静まり帰った会場の後方で、着なれないスーツに身を包んだ男が立ち上がった。人助けのヒーローこと、ざんねんマンだ。ややうつむきがちに、照れた様子で歩みを進める。手作りの仮面に生活感が漂う。

 

「ざんねんマン先生におかれましては、人助けのプロとして、この激動の時代に安らぎをもたらさんべく、日夜活躍していらっしゃいます。皆さんご存じかと思いますが、先生の人助け成功率は、100%です。よいですか。100%なのです。なぜ先生が完璧な実績を積み上げていらっしゃられるのか。その点につきまして、お話を伺い、わが社のこれからを担う皆さんの糧にしていただきたいのです」

 

小手川が熱を込めて新人たちに語り掛ける。「本日はわが社の無理なお願いを快くお受けくださいまして、本当にありがとうございます、先生」

 

ステージで握手を求められる。講師なんて、生まれて初めてだから慣れないよ。こっぱずかしいな。でも俺、カッコいいかな。ウヒョヒョ。自尊心をくすぐられ、はしたなくニヤけるざんねんマンに、講師の風格を期待するのは無理な注文であった。

 

壇上のマイクに立つ。ええ、みなさま、初めまして。私は人助け専門のヒーローです。新人です。私らの業界では、すでに諸先輩の皆様が活躍されていらっしゃいます。日本ですとウルト〇マン様、アメリカですとバッ〇マン様が雲の上の存在です。歴戦の猛者たちであふれておりまして、私のような者はとても畏れ多いのでございますが、まあ小物なりに若干のお役には立てるんじゃないかと思いまして、日々お仕事をさせていただいております。

 

少しずつ、過去の出動歴を語り始めた。

 

初めて人助けに向かったときのこと。海辺でおぼれかけた少年の救出劇、といきたかったが、実は泳ぐのが大の苦手で、見かねて奮起した少年に助けてもらったこと。

 

いま一歩花開かない、若手の仏師から救いを求められたときのこと。手作りスーツで登場したら、「神仏がこれほどみすぼらしい姿とは」と心底がっかりされたこと。それなのに、しばらくしたら「固定観念の呪縛から解き放たれよ」と力強く宣言し、創造力あふれる作家へと脱皮されていたこと。

 

夜中に落ち武者の幽霊と遭遇したときのこと。うなされたし、怖かったけど、「幽霊だろうが何だろうが関係ないですから!おじさんは、おじさんですから!」と言い返したら、なぜか分からないけど「ありがとう」といって成仏してしまったこと。

 

残念なことに、どのエピソードをとってみても、「人を救った」と胸を張れるような活躍ぶりは見えないのであった。

 

ざんねんマンが上気して語るほど、会場はしらけた空気が広がっていった。「たまたま結果がついてきたってことじゃないの」「憧れるヒーロー像じゃないよな」「このおじさんみたいな、頼りない管理職にはなりたくないわ」

 

小声でささやき合う新入社員たち。共通するのは、落胆と軽蔑だった。

 

あ、これで私の出動歴は以上です。ご清聴、ありがとうございました。

 

まばらな拍手が、若者たちのせめてもの反発を表わしていた。人事部長の小手川も、企画倒れを悟ったとばかりにうなだれた。

 

一応、新人たちのために質問タイムが用意されていたが、手は挙がらず。盛り下がった空気の中、ざんねんマンは気まずそうにステージを降りた。

 

今日の今日こそは、やってもうた。大失敗だ。誰を助けることも、できなかった。僕はやっぱり、へっぽこ人間だ。

 

つまらない与太話から解放されたとばかりに、くつろいだ空気が漂いはじめた会場に、一人、放心の体で椅子に腰かけたままの男がいた。

 

「これだ、俺が目指すべきは、こんな生き方だ」

 

ざんねんマンも、人事部の小手川も予想しないところで、冴えない体験談が希望の光をともしていた。

 

~(下)に続く~来週末出動!