おじさん少年の記

いつまでも少年ではない。老いもしない。

【ざんねんマンと行く】 ~第39話・口下手な居酒屋大将のささやかなる挑戦(中)~

そうだ、今日はこの大将を助けないといけないんだった。悦楽の世界からふと我に返ったざんねんマン、無言でうつむく大将の頭頂部を眺めながら、策を練った。

まず、話をしようにも会話が続かない。どうしたもんか。こうなったら、独り言作戦でいくか。

ざんねんマン、一人でぶつぶつと思ったこと感じたことをつぶやいていった。

あー、ここの料理、とっても美味しいなあ。でも、なんかちょっと寂しいなあ。話、したいなあ。やっぱり、コミュニケーションって大事だよなあ。

下を向きながらもしっかりと聞いている勝は、ざんねんマンの一言一言にピクピクと体を震わせて反応した。

(そうなんだ、コミュニケーションが、大切なんだ。それは、分かっているんだ。でも恥ずかしくって、できないんだよ)

勝は心の中で答えた。その気持ちを汲み取ったかのように、ざんねんマンは続けた。あー、確かに世の中には口下手な人っているよなあ。まあ、無理強いしたってきついだろうしなあ。だったら、やり方変えたらいいかもなあ。

例えば、気持ちを口ではなく文字で伝える。暖簾に書く。看板に書く。メニュー表に書く。今日の気持ち、料理に込めた思い。読んでもらえるかは分からない。リアクションがくるあてもない。逆に引かれるかもしれない。それでも、何もしないよりはましだ。人柄を、料理にかける思いを、分かってもらうためには、やってみて損はない。

ざんねんマンの、聞こえよがしにつぶやくアドバイスは、勝の鼓膜にジンジンと響いた。そうだよな、このまま無策でいてもジリ貧だ。書くのはちょっと恥ずかしいけど、しゃべるのに比べたらまだましだ。いろいろ、試してみることにするか。

熱燗にも手を伸ばし、すっかり出来上がったざんねんマンをなんとか玄関まで送りだした後、勝は大きく深呼吸した。「明日から、挑戦だ!」


~(下)に続きます~